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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第六章 炎天
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第147話 似て非なる者

『汝、いかなる闇にも触れてはならぬ。必ずや汝も闇に染まるであろう』

                 ――マルハンヌス教外典『双世記』第三章より



「少々、貴方のことを買いかぶっていましたよ」


 部屋に入ってきた男は、呆れた口調でそう言った。

 場所はまたあの地下室だ。陽光もほとんど入らない穴蔵のようなところに籠もらされているタナトスにしてみれば、不機嫌に相手を睨むしか他にない。しかもほとんど眠れなかったせいで、苛つきと疲れが最大限に溜まっている。もちろん椅子から立ち上がる気にもなれなかった。


「報酬を返してもらわなくてはいけないかもしれませんね」

「いった何のことを言ってる?」

「あの女の息の根を止めなかったことです」

「ああ……」


 魔法を警戒しすぎて、急所をわずかに外れたという覚えがある。しかし昨日死ぬか明日死ぬか程度の誤差だ。見下げる視線を睨み返し、強気な姿勢は崩さなかったタナトスだったが、あまり効果は得られなかった。


「次は報酬を少々割り引かせてもらいますので」

「どうぞ。それより相手はもう決まってるのか?」

「候補何人か。貴方に依頼するかどうかも含めて、検討しています」


 言葉の中に脅し文句以上のなにかがある。言った口元には得体の知れない笑みが浮び、そして消えていった。

 このバレクという男は、ジョルバンニの従兄弟だという。細く鋭い双眸、少々高すぎる鼻、色艶のない唇、痩けた頬は、双子と言ってもいいほどよく似ている。違う点と言えば黒髪のバレクに対してジョルバンニはくすんだ草色の髪であることと、眼鏡をかけていないことぐらいだろうか。


(歳も違うか。ジョルバンニは少し斜視だしな。それでもよく似てる)


 凝視されていることに気づいたバレクは、眉間に皺を寄せて不快を表現した。


「なにか?」


 その様子を見て、タナトスは昨夜の話をふと思い出した。ジョルバンニではなく自分に従えというようなニュアンスの言葉だ。あれが撒かれた餌なのだとしたら、触手を伸ばすふりをするのも悪くない。ただし本当に食らいつくかどうかは、匂いを嗅いで判断する。


(さて、どう切り出すか……)


 しばし頭の中で作戦を練り、なるべく表情を崩さずにさりげなく尋ねた。


「ジョルバンニ議長はどうしてる?」

「持病が悪化して、夜は具合が悪いようですが、お元気ですよ」

「へぇ、夜に……」

「議長になにか?」

「あんたがした“犬”についての話が気になってね」


 バレクの右の小鼻がわずかに膨らんだのを見て、タナトスは内心ほくそ笑んだ。


「気になるとは、たとえば?」

「たとえば、あんたと議長がよく似ているということ。血の繋がりがあるから多少似るのは当たり前にしても、雰囲気までそっくりなのは議長に媚びてるせいなんだろうかとか」

「考えすぎです。雰囲気が似ているのはジョルバンニ家の教育方針によるものでしょう」

「家訓? だがあんたはジョルバンニ姓じゃない」

「バレク家はジョルバンニ家の分家。一族の家訓として、言葉遣いや感情を表に出さないことを教え込まれます。商家であるが故の処世術ですね」

「年下の当主に従うのが気に入らないとか」


 すると、バレクは薄い唇をゆがめて、さもおかしそうに笑い出した。


「なにがおかしい?」

「その下世話な想像は面白い。しかしセグラス・ジョルバンニの手腕は素晴らしいものだと、私はちゃんと認めていますので」


 どうやら作戦は成功したようだ。自尊心が強そうな男を怒らせないようにして、いかに話を聞き出すかは、意識している相手を褒めすぎず貶しすぎず、引き合いに出すのがコツだ。慇懃無礼がジョルバンニ一族の家訓なら、これが長年高慢な連中を相手にしてきたタナトスの教訓だった。


「議長の運が良かっただけじゃないのか?」

「一年前にイワノフ家の庶子がいずれ権力を握ると予想していたのは、彼一人でしたね」

「ソフィニアを占領されたんで、そう思っただけじゃないのか?」

「それよりずっと以前です。イワノフ公が庶子である次男に執着しているという事実を知った時だと言っていましたね。その後イワノフ家に不穏な動きがあるという噂を耳にした彼は、貴族と癒着していたギルド上層部と手を切ったようです」

「へぇ、なんでまた?」

「本人曰く、真の王者なら腐った玉座には座らないだろうとのこと」

「議長はかなりの理想主義だな」


 その理想の先にあるのが闘鳥であることをタナトスは知っている。しかしバレクがそのことを知っているかどうか分からなかったので、あえて口にはしなかった。


「で、あんたは理想主義の議長を蹴落としたいと願っているんだな」

「そんなことを言いましたか?」

「じゃあ、あんたにはなんの野心もないってワケか」

「先ほど私は、議長の持病が悪化しているとは言いました。再来年、彼は議長の椅子には座っていないと私は考えています」

「つまり?」

「私は、彼の後継者に相応しい者になりたいだけですよ」


 ようやく本音らしきものが染み出してきた。もう少し突っつけば、もっとドロドロしたなにかが出てくるかもしれない。それこそがタナトスの望んでいる闇だ。

 両手を血に染めてしまった今、もう引き返せないことは分かっている。ならば、周りにいる者を引きずり落とすのも悪くはない。

 あのクソガキが光り輝くのなら、俺は地の底で闇を作り続ける。

 どうせ相容れない場所にいるのなら、なおのこと……。


「もう質問はおしまいでしょうか?」

「そうだな。あ、いや、最後に一つ。あんたが本当に欲しいのは議長の椅子か、それともガラス屋か、どっちだ?」


 バレクの薄っぺらい笑みに、下品な色が浮かんでは消える。その一瞬の変化を見逃さなかったタナトスは満足した。

 ジョルバンニと良く似ているが、この男には俗欲的な気配を感じていた。ジョルバンニから発せられる冷え冷えとした空気もない。そばにいるだけで丸呑みにされそうな威圧感もない。所詮、偽物は偽物に過ぎず、それを隠すために薄っぺらな仮面を被っているだけの男だ。


(地位も名誉も欲しくて欲しくて堪らないって匂いがするぜ。嫌いじゃないけどな)


 闘鳥などとワケの分からないことを言うヤツより、よほど人間らしい。人間らしいからこそ、なんとかできそうだという期待も持つことができた。


「では、数日中にまた来ます。次の仕事はその時に」

「俺の想像では、身なりの良い小バエどもだと思っているが、どうだ?」

「さあて、どうでしょうね」


 手のひらを返して分からないという身振りをしたのち、扉の方へ行きかけた男だったが、おもむろに歩を止めて振り返った。


「そういえば、貴方と一緒にいた若い憲兵を先ほど釈放しました。念のために行き先を聞いておきましたが、どうしますか?」


 まるで今思い出したというような口調だ。しかしこれはバレクがたびたび使う戦法で、“犬”の話をした時もそうだった。こう何度もやられれば馬鹿でも分かる。重大な話であることを隠すために、わざとさりげなさを装っているのだろう。

 しかし気づかぬふりをして、タナトスは眉をわずかに動かし、男を見返す。


「どうしろと?」

「それは貴方の自由です。仕事ではないので、もちろん報酬は出しません。けれど見られたんですよね?」


 暗にやれと言われたことは理解した。ジョルバンニも使う手口だ。けれどあの斜眼ほどの威力も迫力もない。おかげでタナトスは、自分でも馬鹿みたいだと思うほどヘラヘラと笑うことに成功した。


「一応聞いておきますよ、一応」


 その時すでにタナトスの脳裏には、ある考えが浮かんでいた。この薄暗い穴蔵から抜け出して、深い闇を作り出す素晴らしい妙案だ。




 それから数時間後、ソフィニアの北地区にある小さな共同住宅から、一人の青年が出ていこうとしていた。ただし彼はすぐに通りに出ようとはせず、入口付近できょろきょろと辺りを窺っている。

 昨夜の事件でかなりの被害が出た北地区ではあるが、この辺りはほとんど無傷だったために、人通りはそれなりにあった。戒厳令が解かれたせいもあり、行き交う人々の表情は暗くはない。ここ数ヶ月の間に様々なことがあったせいで、慣れっこになってしまったのかもしれない。しかしその青年だけは怯えた様子である。なにかを警戒するようにしばらく左右を確認していた彼は、やっと通りへ出て右手へと歩み出した。数ブロック進み、細い路地を通り過ぎようとしたその時___


「うぁっ!!」


 背後から襲いかかったタナトスが、青年の襟首を掴んで路地へと引きずり込んでいた。


「やめ―――」

「黙れ!」


 抵抗する隙など与えず、顔を建物の外壁に押しつけ、同時にナイフを首へと当てた。


「騒いだら殺す」


 途端、青年は抵抗するのを諦め、全身を硬直させたまま動きを止めた。

 裏路地とはいえ人通りがないわけではないが、憲兵の制服を着ているおかげで、騒ぎ立てる者はいない。だからと言ってここで殺すわけはないのだが、大人しくなった相手の無力さがタナトスは面白かった。


「どうして……」

「用がある」

「オレも……口封じするつもりですか……」

「して欲しいか?」


 壁に押しつけた頭が、小刻みに横に震えた。

 本当はそれも考慮にある。実際にするかどうかは、この青年の出方次第だ。さてどうなるかと期待を持ちつつ、タナトスは相手を引きずるように歩かせ、さらに狭い路地へと押し込んだ。


「よ、用ってなんですか?」


 陽光すらほとんど届かない薄暗い場所で、互いの顔もよく見えなかった。しかし震える声が、青年の気持ちを表している。もう抵抗はされないだろうと青年の首からナイフを離し、代わりに耳元へと口を近づけた。


「あの伝言はどうした?」

「そ、側近には伝えましたよ」

「側近って、藍鼠色の髪をした男か?」

「ええ」

「どんな反応だった?」

「なにも……。腹を立てていたぽいけど」

「やっぱりそうか。さすがに報酬依頼を他人に頼んだのは間違いだった」

「報酬!?」


 素っ頓狂な声を出した相手を、シッと言って黙らせた。

 ここからは上手く話を繋げなければならない。次の言葉を吟味しつつ、タナトスはゆっくりを説明を始めた。


「お前に頼んだ“忘れるな”は、報酬を払ってくれという意味だ」

「報酬ってなんだよ!?」

「むろん暗殺の報酬だ。皇帝陛下の犬として、暗殺を何回かさせてもらってね。あの女も仲間だったが魔将軍に告げ口をしそうなので、口封じをしただけだ」

「暗殺って、ユー……陛下がアンタに命令したって意味か? そんなの嘘だ」

「数日前にはイワノフ公爵をやったぜ? そろそろ父親が邪魔になったそうだ」

「嘘だ! ユーリィはそんなことしない!」


 やはりそうか。

 この青年は皇帝と直接面識があり、親しい間柄でもあるらしいと想像していたが、その言葉で想像が確信に代わり、タナトスは楽しくなった。


「嘘だと思うなら別にそれでいい。お前を殺すか、手先にするかは任せると言われたんで、この場で殺すのみだ」

「オレを殺せって、皇帝が……?」

「帝国のために一殺多生もやむを得ず、という方針らしい。ただしお前は知り合いだから、選択する余地を与えたいんだろう。ま、俺は金がもらえるなら、どうでもいいけどな」


(さてどうなるかお楽しみだ)


 薄闇に笑みを浮かべ、タナトスは足元にあったネズミの死骸を蹴り飛ばした。



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