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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第六章 炎天
135/208

第135話 謀略

 男は怒っていた。

 いや、怒り狂っていた。

 なぜ自分がこのような目に遭わなければならないのか?

 その怒りをなにかにぶつけようと、古びたテーブルの上にあるカップに右手を伸ばしかける。すると、だらりと垂れた薄汚れた袖が目に入り、それがますます激高の原因となり、椅子に座ったままテーブルごと蹴り飛ばした。

 激しい音が室内に響く。床を擦ったテーブルの上ではカップが倒れ、茶色い液体がダラダラと滴った。


「どうぞ、気をお鎮め下さい」


 そんな騒動に動揺することなく、部屋の片隅にいた男がたしなめた。黒いローブが薄闇と同化しているせいで、存在自体が幻のようだ。


「ならばいつまで待たせるのだ! まさかやつらとの協定を守るつもりか!?」


 荒ぶった男は、吠えるようにして薄闇へ怒鳴り散らす。


「理由は二つ。一つは貴方の体調が長いこと宜しくなったことです」

「まるで俺が悪かったような言い方だな!?」

「腕を落とされ、傷口が感染して高熱が治まらなかったのですから当然です。エルフの私からすればとてもお強いと感心するばかりですよ。それよりももう一つが重要。以前私が予告したとおり、現在ソフィニアがかなり混乱している状態にあるということです」

「ならば早く、この機に乗して一気に……」


 しかし顔をすっぽり覆った黒いフードがゆるゆると横に揺れた。


「申し訳ありませんが、今しばらくのご辛抱を」

「なぜだ!?」

「貴方の望みは我々とククリの世界を創ることではなく、復讐なのでしょう?」


 復讐という言葉に、いきり立っていた男は突如冷静さを取り戻したようだ。浮かせた尻を椅子に戻し、背もたれへと寄りかかる。その姿は二ヶ月前とはまるで別人だった。

 乱れた髪、血色が悪い肌、飛び出した頬骨、口元を覆い尽くす髭。自尊心という衣をまとった貴族は消え、野垂れ死んでいく者がここにいる。しかし湖水色の相貌だけは、二ヶ月前よりも狂気に満ちた光を放っていた。


「そう復讐だ。皇帝などにさせやしない!」

「今ソフィニアには我々の仲間が潜伏し、足元から崩そうと画策していますから、それを待ってからでも遅くはありません」

「あの化け物は、色仕掛けで相手を操る魔法と使うと聞いた。もしそれが本当なら遅すぎやしないか?」

「遅いことはありませんよ」


 言いあぐんだローブの男は、エルフ特有の赤い瞳を闇に光らせ、顔を上げた。


「「仰るとおり、あの子どもには他を魅せる力は確かにあるとは思います、魔法かどうかは分かりませんが。だとしても、数日遅れたところで変わりはしませんよ。それよりも貴方の体調の方が問題です。我が息子の力を取り込むには、やはりそれなりの体力が必要になるでしょう」

「本当に死んだお前の息子を呼び寄せられるんだろうな?」

「それは間違いなく」


 そう言ってエルフは男の横を通り過ぎ、背後の扉の前へと立った。

 

「あの狼魔に“時の穴”をこの屋敷に開かせたことはお話しましたね?」

「失敗した話か」

「息子本人を呼び寄せるのは無理だというのは予想していたこと。しかし穴が消える間際、“空間切断の術”を入れた水晶を投じ、小さな穴は残しました。古い魔法書にあった秘法です。一か八かでしたが、どうやら成功したようです」

「だからどうした。その穴から息子を呼ぶのか?」

「ええ、息子の魂と力を。“召喚の術”を使えばそれも可能でしょう。けれどせっかく呼び寄せても器がなければ、過去へと引き戻されてしまいます」

「つまり俺に、その器になれと?」

「お嫌ですか?」


 一瞬ためらったものの、男は首を横に振り、それを否定した。

 もうこの人生は諦めたに等しい。

 地位も名誉も片腕も失い、今さらそれを取り戻そうという気力も失せた。

 ならば最後の復讐にあの悲劇をもう一度起こし、この世を壊すのも面白い。むろん人間もエルフもすべてだ。

 まずは呪っても呪い尽くせないあの化け物を地の底へと堕としたい。

 できれば、その名を口にするのも憚れるような方法で……。


「先ほど、お前たちの仲間がソフィニアに潜んでいると言ったな? それは内部から引っかき回そうという算段だな。つまり奴らの仲間になっているエルフ連中に手を出しているわけだな?」

「そうです」

「貴族どもは?」

「エルフでは今のところ厳しいですね」

「ならば、俺に良い考えがある」


 ここ二ヶ月怒りを抱えたまま熱にうなされていたが、冷静な気持ちを取り戻した今、やけになったまま身を滅ぼすのは勿体ないという気持ちになった。

 もっと冷静に、もっと冷徹に。俺ならやれるはずだ。

 死ぬのはそれからでも遅くはない。


「ソフィニアにいる貴族の中に、俺の昔の仲間がいる。あの化け物を虐めたいた頃の仲間だ。今は大人しくしているようだが、俺よりもえげつない。そいつに手紙を書いて、あの化け物をどうにかしてもらうというのも、面白いな……」

「どうにかとは?」

「昔あいつを裸にして、四つん這いで鞭を打って楽しんだことがある。継母からは許可を得ていたし、酔っ払った勢いでね」

「なるほど……」

「化け物とはいえあの見た目だ、あの頃よりも楽しめるんじゃないか、あの男も」


 その想像が脳裏に浮かぶと、男は快い気分になってきた。

 他を魅せる力があるというのなら、その力を存分に発揮してもらおう。そして手込めにされた女のようにボロボロにして、全てを奪う。

 あの白い肌を汚し、人には見せられないような姿にするかと思うと、愉快でしかたがなかった。


「せいぜい泣いてもらおう、女のように」

「そうですね……」


 エルフの声にはどこか非難が混じっているような気がして、男は扉の前にたたずむ黒いローブを睨み付ける。先ほどの自信に満ちた気配とはどこか違っていた。


「不服か?」

「そんなはずはありませんよ」

「それならいいが。よし、今から俺が手紙を書く。それをある男に渡すように仲間に指示しろ」

「ええ、わかりました」


 くつくつと笑った男の耳に、エルフの小さな呟きが聞こえてきた。


「それでもきっと泣きませんよ、残念ながら……」


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