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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第五章 黒南風(くろはえ)
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第125話 英雄の反逆

 鉱山からの帰り道は酷い状態だった。もともとモデストのために急きょ集められた部隊だ。辟易とした音楽隊の演奏は、実は足並みを揃えていたのだと悟れるほどに、行進がままならない。

 しかも復路には二台の馬車が加わった。一台はユーリィとバレクを、もう一台はモデストの無残な遺体を運ぶ馬車だ。そのせいで部隊は間延びをしてしまうだろうことは、出発前から予想がついていた。

 それなのに、司令官がいなくなった部隊の指揮をだれも執りたがらないのだ。モデストの副官的役割を果たしていた数人も、モデスト死亡の責任を取らされるのを嫌がり、結局ユーリィが恫喝して、交代制で部隊をまとめることとなった。

 彼らが恐れているのは自分ではない、アーリングだ。

 僕はまだ軍部を、いや、この国を掌握できていない。


(アーリングを抑え込めなければ、先はないのかもしれない。“いずれ”なんて甘いことを考えている余裕はないのかも)


 自分にあるのは、虚勢と威嚇だけ。

 それをユーリィが強く実感したのは、鉱山を離れて三日目の夕方、道程の半分ほど来た時だった。

 牧草地と麻畑が広がる丘陵地を、八体の魔物が転げて、間延びした部隊へに襲ってきた。分厚い甲羅のあるクロドファイドという赤茶色の魔物だ。大きさは馬程度で最近では滅多に出現しない。しかし滅多に起こらないことが逆に、緊張感に欠けた兵士たちを慌てさせた。体を丸め、球のように転がって攻めてくる敵に、騎馬兵たちは右往左往し逃げ惑った。歩兵らの何人かは剣を構えていたが、一人二人でどうにかできる敵ではない。

 そんな兵士たちの混乱をよそに、馬車三台はラシアールの使い魔に守られつつ疾走を続けた。


「ククリの使い魔じゃなさそうだけど、クロドファイドに下手に手を出したらマズいな」


 ユーリィは馬車の窓に張り付いたまま、言うともなしに呟いた。

 戦う意志は完全に失った兵士たちは、散り散りに逃げ回っている。悲鳴、怒号、馬のいななきが絶えず聞こえている。


(くそ! フェンリルがいてくれれば。クロドファイドは火が効くのに)


 指揮官をしっかり決めれば良かった。

 歩兵の一部だけば、なぜか統率が取れた動きをして、敵一体と果敢に戦っているようだ。とはいえ、五百人ほどいた兵士たちのほとんどは、蜘蛛の子を散らすがごとく。騎馬兵に至っては、半分以上はその姿がない。目を転じると、さきほど降りてきた丘の坂道を数頭の馬が駆け上がっていた。


「戦ってる兵士たちの援護をするぞ!」


 どうにも耐えられずにユーリィが叫ぶと、バレクがそれを制した。


「なりません、大侯爵!」

「このまま放置しているわけにもいかないだろ!?」

「使い魔ではないようですから、腹が満ちれば消え去ります。この半年ばかりソフィニアは家畜や野生が減り、そのせいで現れたのでしょう。クロドファイドは内臓を好みますから。ほら、あのように」


 バレクが指さした窓の外を眺めると、ちょうどクロドファイドが倒れた兵士を押さえ込み、トカゲのような口で腸を引っ張り出していた。


「う……」

「だから我々は逃げるべきです」

「兵士を犠牲にしてか?」

「兵士数十人の命と引き替えにするほど、貴方の命を軽んじるわけにはいきません」

「僕の命なんて……」


 言いかけて口をつぐみ、そして唇を噛んだ。

 以前なら普通に言えた言葉が、喉の奥で引っかかる。


(いや、僕が兵士と同じなわけがない)


 酷い感情だと分かっている。これでは選民意識を抱いていたモデストと変わらないではないか。

 それでも自分の命が、腸を喰われて死んでいるあの兵士と同じだなんて認めたくない。たとえ他のだれがそう思っていようと、自分で認めるなとプライドが訴えていた。


「分かった。でも、ラシアールには指示を出す」


 馬車の横を飛ぶラシアールの使い魔を指さして、ユーリィはきっぱりと言い切った。ついで窓を開け、巨大な蜂に乗っている若いエルフへ大声で叫ぶ。


「おい!! 火を操る使い魔はいないのか!?」

「い、います!」


 エルフは背後にチラリを見やる。それに釣られて窓から顔を出すと、黒い鳥のようなコウモリのような姿の魔物が、後ろの馬車の上を飛んでいるのが見えた。


「なんで死体なんか守ってる!? 後ろの馬車は放っといて、歩兵たちの援護をしろって伝えるんだ!」

「でも御者がっ!」

「御者はお前が避難させろ! それと敵が兵士を襲っていても、助からないと判断したら一緒に焼き払ってもかまわない! 前の馬車は高台に逃がせば、クロドファイドは追いつけないはず!」


 実際あの魔物を見たのはこれが初めてだったが、昔読んだ本の記憶を頼りに、ユーリィは指示を出した。


「僕らの馬車を守るのは一人ずつでいい。あとは全員、敵を抑えるんだ。一体一体確実にいけよ」

「了解です!!」


 飛び去っていくエルフを見送って、ユーリィは車内を顧みた。


「バレク、馬車を止めさせろ」

「な、何をおっしゃる!? 我々も彼らと一緒に高台へ……」

「もし何かあって、次の指示ができない場所にいたら困る」

「ですが……」

「言うとおりにしろ!!」


 命令通りに停まった馬車から、ユーリィはしっかりと戦局を見ようと馬車を降りた。


 その後戦闘は半時ばかり続いた。逃げる歩兵たちを魔物たちが追い回し、それをラシアールが防いで、さらに炎を放つ。すると火は分厚い甲羅に燃え移り、魔物たちは追いかけるのを止めて、火を消すためにその場で転げ回った。


(火が効くってそういうことか……)


 つまり動きを止めているその隙に倒せということだ。所詮適当に読んだ本で得た知識だから、実戦ですぐに通用などするわけがない。ラシアールたちは何が起こってるのか分からず、その様子を黙って眺めていた。


(何やってるんだよ、あいつら。今が攻撃のチャンスだろう)


 遠目に眺めて、ユーリィはイライラした。できれば自分も参戦したい。しかし地下での出来事を思い出して必死に耐えた。

 クロドファイドたちはよほど腹を空かせているらしい。背中の火が消えた途端、ふたたび兵士たちに襲いかかった。そこでラシアールの使い魔が炎を放って、ようやく彼らは自分たちが何をすべきなのか気がついた。

 何度かの攻防戦ののち、最初の一体が倒された。続いて二体目はあっさりと片付き、三体目を攻略している間に、こともあろうに他の一体がモデストの遺体を乗せた馬車の馬に襲いかかった。


「大侯爵、馬車に!!」


 かなり近い場所での出来事に、バレクが慌てて叫ぶ。一瞬、馬を助けるべきか迷ったユーリィだったが、渋々とバレクに従った。

 魔物に狙われた馬は、逃げようと暴れ回った。横倒しになった馬車に、クロドファイドが激突して大穴が開いた。モデストの遺体が地面に投げ出されたが、どうやら死体に刃興味がないらしく、敵はお構いなしに遺体を押しつぶした。


(うわっ……)


 これはマズい。

 肉塊と化した遺体を見てユーリィは少々焦る。アーリングがモデストをどれほど可愛がっていたか分かるだけに、非常にマズい。

 その予感が当たったのは、わずか一日後のことになる。


 やがて戦闘は突如終わりを告げた。

 倒しきれなかった四体の魔物が引き上げていったのだ。腹が満ちたのかもしれない。夕闇の影を落とし始めた草原のあちこちに死体が転がっている。その数は十九。ほとんどは腹に大穴を開けられて、内臓を根こそぎ食べられていた。

 しばらくして戻ってきた騎馬兵たちは、またもや言い訳を繰り返したが、ユーリィは片手を上げて戯れ言を停止させた。

 そのうちに四方に散っていた兵士たちも三々五々に戻ってきた。全員がいるかどうか点呼など取る余裕はない。二度目の攻撃がないとだれが言い切れようか。

 ユーリィは部隊の再編成した。役に立たなかった騎馬兵の指揮はラシアールに託し、歩兵たちはあのバルガンという男に任せた。戦っていた兵士たちをまとめていたのが彼だと知ったのちの最善策だ。


(あの男は使えるかもしれないな……)


 的確に兵士たちへ指示を出すバルガンの姿を見て、ユーリィはふとそんなことを考えた。


 遺体は乗っていた馬車にすべて詰め込み、自分たちはセシャール人と同車して、すぐに出立。行軍は夜が明けるまで続けられ、朝日が昇る頃にようやく小さな城へと到着した。

 城はサイコスキ子爵の居城であった。子爵はギレッセン男爵暗殺事件の折に、勝手に領地に戻った貴族の一人だ。

 領地に戻ったことへの自己弁護を繰り返すサイコスキ子爵にイラッとしたものの、休憩場所と食事を用意するなら不問にすると切り返すと、子爵はユーリィたち四人にそれぞれ部屋を用意し、兵士たちには城の庭を開放し、さらに食事まで出してくれた。

 だが長居はできなかった。

 半日の休憩後、すぐにソフィニアに向けて出発し、一昼夜かけて移動し続け、ようやくガーゼ宮殿の門をくぐったのだった。



 しかし宮殿に戻っても、心安まる時間を与えてはもらえなかった。

 甥の死を知り、肉塊と化した遺体を見た時、アーリングの怒りは凄まじいものだった。謁見室に現れた将軍の形相は地下にいた魔物を彷彿させるものがあった。無残な甥の死体を見た直後だったからだろう。赤毛は乱れ、太い眉の下にある大きな目は血走っていた。なぜこんなことになったのかと唾が吐き飛ばし、彼はユーリィやバレクに詰め寄った。

 そこで事の成り行きをバレクが一通り説明すると、アーリングはますます激高した。


「知らなかったで済まされるか!!」

「本当に遺憾でございます。あの部屋も何度も入って確かめたのですが、これといって不具合はございませんでした」


 もちろんそんなことでアーリングが静まるはずはない。


「だったらなぜ、甥が入った時に床が外れたのだ!?」

「たぶんですが、体の大きい司令官が乗られたことにより……」

「まるで甥が悪かったような口ぶりだな?」

「滅相もございません」

「しかも兵士たちの死体とともに馬車に詰め込むとは、死者に対して冒涜が酷すぎやしないか!? 甥はそこまで悪行をしたというのか!」


 アーリングの威嚇にバレクは首をすくめ、助けを求めるようにユーリィを見た。


「すまない、アーリング。僕が少し考え無しだったんだ」

「ええ、そうでしょうとも! 貴方はいつだって身勝手な行動をなされる。それによって他の者がどれほど迷惑するか考えもせずに! 甥は貴方に殺されたようなものだ、ライネスク大侯爵」

「言いすぎですぞ、アーリング将軍」


 たしなめたのはジョルバンニだったが、アーリングはまったく収まらなかった。


「いいえ、この際ですので言わせていただきます。あの悲劇のあと、確かに大侯爵はこの国をまとめようとご尽力されていたことは分かっております。しかし皇帝陛下として、本当にその資質がお有りかどうか、戴冠式の前にもう一度考えさせていただきます」


 捨て台詞のようにきっぱり言い切ってアーリングが退出したのち、謁見室に静寂が訪れた。室内にいるのはユーリィの他に、ジョルバンニ、バレク、その他ギルドの三人、ミュールビラー侯爵、セーガル子爵という小男、ブルー将軍、そしてリマンスキー子爵令嬢の十人。しかしアーリングの言葉にそれぞれがそれぞれに思うことがあったらしく、だれも口を開こうとはしない。だが時々交わされる視線でのやり取りが、ユーリィを落ち着かない気分にさせた。


「もし急用がないのなら、しばらく部屋に戻って休みたい。凄く疲れているから」

「分かりました」


 ほぼ全員が立ち去っても、なぜかエルナだけが残っていた。

 なにか言いたいことがあるのだろうかと彼女を見る。彼女の着ている赤いドレスが、昨日見た兵士の腸の色を彷彿させて落ち着かない。

 そんなことを思っているとエルナに気づかれたくなくて、ユーリィは急かすように彼女に尋ねた。


「なに、なんか用?」

「なんだか疲れてるなって思って」

「だからそう言ったろ?」


 少々語尾が強くなったせいで、エルナは気後れをした表情をした。


「ごめん……」

「ううん、いいの。でもどうしても貴方に伝えなければいけないことがあるから」

「伝えたいこと? 僕に?」


 するとエルナは扉の前に立つ二人の警備兵たちを気にしつつ、少々声を潜めると、


「昨日ね、私の部屋にお爺さんが現れたの」

「お爺さんが現れた!? まさか幽霊……」

「違う違う。あ、でも違わないかも。だって煙に包まれて、私、最初は幽霊だって思って叫んじゃったんすもの」

「それ、リュットだ! そうだろ? 地の精霊の?」

「名前は言わなかったから。でも貴方に伝言して欲しいって」


 伝言と聞いて、ユーリィの心臓は跳ね上がった。

 きっとヴォルフについて、何か伝えに来たのだ。

 いい知らせだろうか。

 それとも……。

 不安と期待で、エルナを食い入るように見つめる。


「“十日もすれば、魔物はそなたの元へ戻れる”」

「ホントに? ホントにそう言ったの!?」

「ええ、そうよ」

「そっか……」


 ようやく戻ってくるんだ。

 久しぶりに心が踊る。


「嬉しそうね、ユーリィ君」

「そ、そうでもないさ」


 言っているそばから口元が綻ぶから、嘘がすぐ見破られたのだろう。エルナも微笑んで、それからなぜか寂しそうに視線をゆっくりと横へ反らした。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもない。それよりね、もう一つ言わなくちゃいけないことがあるの。前に貴方が会いたがっていたバルターク子爵」

「あ、うん」

「貴方にお目にかかれるのは光栄だと喜んでましたわ」

「そう」

「時間はいつでもいいそうです。貴方のご都合が良い時で。でも……」


 エルナは眉を顰めて、扉の方へと視線を移す。


「またなにか起こるかもしれないわね」

「……うん、たぶん」


 アーリングをどう沈めるか。それが今一番の問題だった。


「じゃあ、私、先に部屋に戻るわね」


 そう言ってエルナが歩き出そうとしたその時__


「大侯爵! ライネスク大侯爵!!」


 両開きの分厚い扉を激しく叩く音ともに、廊下側から大声が聞こえてきた。

 警備兵たちは剣の摑んで、警戒を露わにする。エルナも驚いて一歩足を引いていた。

 しかしユーリィにはその声の持ち主がだれだか分かっていた。

 「大丈夫だ」と言いつつ、手のひらを上げて合図した。兵士たちは少々戸惑いながらも剣から手を放し、扉の片方をゆっくりと引き開けた。

 果たして、その向こうに立っていたのは、肩から腕にかけて白い布をグルグルと巻いたディンケルである。まだあの時の傷が癒えてないようで、その姿は痛々しい。けれどそんなことは意に介した様子もなく、兵士たちを押し退けて室内へと駆け込んできた。


「どうした、ディンケル!? って、怪我はもういいの?」

「ほとんど傷は塞がりましたので」


 強面の男は慇懃に頭を下げ、布の巻かれた腕を軽く動かした。


「そう、良かった」

「良くありません!!」

「な、なに……?」


 気圧されて一歩下がる。

 ディンケルがこれほど慌てるのは、よほど大変なことが起こったのだとユーリィは理解した。


「士爵が、アーリング将軍が指揮官たちを集めて、ソフィニアにいる兵士をすべてゲルルショールフォンベルボルト城へ連れていくとおっしゃっています」

「なんだよそれ!?」


 ゲルルショールフォンベルボルト城とはユーリィが幽閉されていた城だ。そんな場所に兵士を連れていく理由が分からなかった。


「もしやモデスト氏を亡くされ、正気を失っているやもしれません」

「みんな、アイツに従うって?」

「迷っているようです」

「お前は? お前はどうなんだ、ディンケル?」


 ここに知らせに来たということは、彼は残るだろうことは分かっている。けれどその口からきちんとその決断を聞かずにはいられなかった。


「もちろん自分は貴方の命令でないのなら、従うつもりはありません」

「僕はそんな命令していないよ」

「そうだと思いました」

「ディンケル、アーリングのところに行って、勝手な行動は僕が許さないと言っていると伝えるんだ。もう一度話し合いたいから、ここで待っていると」

「はっ!」


 しかしアーリングは現れず、そればかりか勝手に屋敷へと帰ってしまった。

 ジョルバンニはすぐに拘束しろと訴え、ミュールビラー侯爵は自分が仲を取り持つと言ってきたが、ユーリィはどうしようかと迷っていた。

 中途半端な忠義心なら、この先もこうしたことが起こりうる。だがモデストの件で罪悪感があり、アーリングを罰する気も起こらなかった。


 そうこうしているうちに、事態は急転した。

 その晩はアーリングの屋敷の周りに、念のためにと数人の兵士を配置していた。けれどすぐにアーリングが行動にでるとは、さすがのユーリィも思ってはいなかった。

 ところが真夜中過ぎ、街外れにある軍の駐屯施設から、兵士五千人を引き連れた司令官四人が、屋敷へと集まってきたのだ。街は大騒動となった。騒ぎを聞きつけラシアールも駆けつけた。ユーリィにも急報が入った。

 急いで、ジョルバンニとディンケルを執務室へ呼び、対策会議を開いた。


「指揮官は何人残ってる?」

「司令官は十二人で、そのうち五人が師団長として各地に駐屯しています。ですので……」

「お前を含めて三人か」

「はい」


 ジョルバンニはすぐに、残った司令官で兵士を出し、ラシアールとともにアーリングらと対峙させるべきだと訴えた。


「まさか街中で戦争を始めさせるつもりか?」

「しかし反逆を黙って見過ごすわけにはいきませんよ、大侯爵」

「そうだね」


 見過ごすつもりはないし、もうアーリングも自分も引き返せない場所にいると、ユーリィも悟っていた。


「ディンケル、今よりお前にソフィニア軍の全指揮権を与える。すぐに残った指揮官をここに来るように伝達しろ」

「まさか本当にソフィニアで戦争を!?」

「僕に絶対の忠誠を誓わせるだけだ。これ以上、裏切り者を増やしたくはないからね。街には戒厳令を布き、夜間のみならず一切の外出は禁止させる。ディンケル、残った兵士の正確な数を早急に調べろ。それと武器防具を整えるんだ。ジョルバンニは金を用意」

「お金ですか?」

「兵士たちに一時金を渡す。一人頭の金額は日当分ぐらいでいいよ。アーリングに流れないよう歯止めをしたいだけだから。ああ、それと仲間に加わった司令官の自宅を調べろ。ソフィニアにあるようなら、その家族は自宅軟禁の処置を。ま、たぶんいないと思うけどね」


 ユーリィの指示にディンケルもジョルバンニも一々うなずいているものの、表情はなぜか曇ったままだ。

 やがてディンケルが戸惑いの理由を言葉にする。


「あ、あの、大侯爵。アーリング将軍らは……」

「アーリングのことは放っておけ。あいつはたぶん、こっちが手を出してきたら反撃するつもりだろう。英雄として、反逆者の汚名を着せられるのを嫌だろうからね」

「しかしもしも逃げられでもしたら、どういたしますか?」

「逃げたければそうすればいいさ。けど万が一あいつから仕掛けてきたら容赦はしない」


 そうならなければいいなと、ユーリィは心から願った。


 その願いが通じたかのように、アーリングの反逆軍 ――ジョルバンニはすでにそう呼んでいた―― はソフィニアを破壊することもなく、街から出て行った。


 五千人のソフィニア兵士に囲まれて、同じく五千人の兵士たちが行進していく様は、あまりにも異様だったと、のちの歴史書にも記されている。どちらも防具を着け、剣を手にし、まさに一触即発の有様だったという。昨日まで味方として寝食を共にしてきた兵士たちは、こうして運命を違えることとなった。



 数日後、ゲルルショールフォンベルボルト城はアーリング率いる反乱軍に占拠された。


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