第122話 破壊の衝動 後編
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『美しきものを汚したいという衝迫に
ひたすら身をゆだねてしまおうか
地獄にふさわしいこの魂を堕とすために』
――ムハ・ツィリル詩集『破壊の衝動(後半)』より
“ハシゴを降りたら細い通路がありますので、右手の方に道なりに進んでください”
その指示に従って、二人は通路のような薄暗い場所をゆるゆると進んだ。
すれ違うのも苦労するほどの幅しかない。両側の壁はゴツゴツとした岩盤で、足元も非情に悪く、穴に足を突っ込んだり、石を爪先で蹴飛ばしたりで散々だった。明かりはところどころで灯っている皿形のオイルランプのみ。洞穴風に小さな炎たちは窪みの中で心細げに揺れている。その一つ一つを吹き消し、背後に深い闇を作っていった。
そうしてしばらく歩いていくと、ようやく扉が見えてきた。
耳を近づけて確認したが、向こう側に人の気配はない。渡されていた鍵で注意深く解錠して 怖ず怖ずと扉を開ける。途端に人の声がして、慌ててランタンの明かりを消した。
入った場所は見張り部屋だと教えられていた。壁際に生木で作ったようなテーブルと椅子が薄明かりに見える。テーブルの上には酒瓶と汚れた皿が乱雑に置かれていた。
入ってきた通路の向かいも扉が一つ。さらに右手には扉のない穴があり、声と光はそこから漏れてきていた。
“ここだな”
タナトスの囁きに女は小さくうなずき、椅子に当たらないよう恐る恐るといった様子で声のする方へと近づいていく。その後ろをタナトスも注意して壁際を続いた。
やがて女は、壁の陰に身を潜めるようにして立ち止まる。その背後にタナトスも立ち、そっと向こう側を覗き込んだ。
ずいぶん明るい空間だ。薄闇に慣れていたせいで、光が何倍にもなって目を刺激した。眩んだ視覚に耐えつつ見つめていると、徐々に十人ばかりがたむろしているのが見えてきた。その中にいる数人の兵士が手にしているランタンが光源のようだ。
「……ええ、その点に関しては以前に比べて、少々時間はかかっています。けれど採石量がさほど落ちたわけではありません」
聞こえてきた声は、昨夜の男と同じもの。
「以前ですか? 以前はエルフたちが魔法で穴を開け、その後、人間が掘削を行っていました。ですが大雑把な作業だったので水晶ごと破壊してしまうことが多かったのですよ。この鉱山がむやみに広く深くなっているのもそのせいです。現在は人夫たちが手作業で丁寧に掘っているので、先ほど見ていただいた大きさの水晶も、以前の倍は採れるようになりました。人夫は五百名ほどいます。そのうち十名がエルフ時代からここで働いていて、彼らを監督に起用しています」
説明は長々と続く。
「地下水はさほど出ませんね。むしろ掘削および洗浄用の水が不足しているぐらいです。魔法ですか? そうですね、今のところその予定はありません。ソフィニアではエルフ奴隷は使っていませんから。ああ、捕虜をですか。申し訳ない。政治的なことは私には……」
「奴隷は考えてないよ。それにセシャールでは、エルフ奴隷は足を片方切り落とすんだろ、逃げないために。そんなこと僕はしたくない」
棘のある少年の声が、石壁に反響した。らしいと言えばらしい返事に、タナトスは鼻で笑う。その笑いに虚しさがあることも同時に感じていた。
「ええと、この先に掘削現場を見下ろせる場所がありますので、ご案内します。ただ非常に狭く、一度に三人しか入れないのですが、大侯爵、まずはセシャールの方々に見ていただくということで、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「ならばそう致します。案内はここにいるフェザルに。彼は鉱山の管理を直接担当していますので」
聞き慣れない声がモゴモゴとして、やがて数人が離れていく足音がした。改めて覗き込むと、人減ったせいか、巨漢とその半分もない少年の姿が兵士たちの間から垣間見られた。
前に立つ女がタナトスの方へと振り返り、フードの下から大きな茶色い瞳を覗かせ、不安げな表情をした。
不安なのは俺の方だ。エルフの女と一緒にこんな危ない橋を渡らせる身にもなってみろ。そんな思いを込めて、タナトスはアーシャを睨みつけた。
(チッ、俺一人でやれるのに)
議長の命令で事故として処理しなければならないらしい。そのために様々な指示を受けた。しかしそれがどのような結果に繋がるかまでは教えてはもらえなかった。
“結果はお楽しみですよ。むろん失敗する可能性はありますから、一応次の手段は考えています。もしも彼が猛者であったのならね”
はてさてどのような結果になるのか、期待半分といったところで、いざとなったら自分の手でと思いつつ、事の成り行きを二人でそっと見守っていた。
「それにしても、ここは薄暗くてジメジメとしたところだな」
巨漢の不平が聞こえてくる。どんな表情をしているかは、想像に違わないだろう。
「だから上で待ってろと言ったのに」
「叔父の言いつけ通り、ちゃんとお守りしますよ」
「へぇ……」
少年の表情も間違いなく想像通りに違いない。
「戻ってくるまでに長くかかりそう?」
「そうですねぇ、一緒に行ったフェザルはセシャールの採掘技術を知りたがっていましたので、多少時間はかかると思います。アグレムさんは以前、採石についての書籍を出版している方なので」
「あ、そうなんだ」
「ご存じではなかった?」
「本人がなにも言わなかったからね。セシャールのことを詳しく調べるまではまだ手が回らないんだ。それに正直に言えば、ここに来たいと言ったのも嫌がらせなのかとちょっと思っていたし」
「ああ、なるほど」
それからしばらくは、これと言ってなにかが起こるわけでもなく、時間だけが過ぎていった。このままではセシャールの二人が戻ってきてしまう。それとも、このタイミングではなかったのかと、タナトスは首をひねった。
その時だ。
どこからともなく駆けてくる足音が響いてきた。ちょうどホールにいる者たちがやって来た方向だろう。何事かと驚いた様子で、兵士たちはランタンを持っていない手に剣を持ち、現れる者を待ち構えた。
暗闇から姿を現したのは一人の兵士。軍服の肩には金のラインが入っている。ということは士官クラスらしい。
相手が判明すると、兵士たちは構えていた剣を下ろした。しかし緊迫した空気はまだ漂っている。その慌てぶりから、切迫したなにかが起こったのだと皆が感じ取ったせいだろう。
「何事だ!?」
モデストが威嚇するように声を荒げた。
「お取り込み中すみません。歩兵たちがあちこちで殴り合いの喧嘩を始めて、上は大騒ぎとなっています。止めようとしてもなかなか言うことを聞かず、このままでは大騒乱になるやもしれません」
これはマズいことになった。あの男が行ってしまったら、計画はすべて狂ってしまう。
しかし__
「そんなことはお前らでなんとかしろ」
そうだ、そういう男だ。
こんな時すぐに行動を起こすような者なら、そもそも暴行事件は起こらなかった。
「ですが、司令官に来ていただいた方が早いと思います」
「こんなことも解決できない部下がいると知られたら、僕が恥を掻くんだぞ」
いったいだれに対して恥を掻くというんだ。
一番恥を掻いてはいけないだろう相手は、すぐ隣で無表情に巨漢を見上げている。なにも言わないのは、デブを信用しているわけではないだろう。面倒臭いか、それとも別のことを考えているか。その表情を見て、前者だとタナトスは感じ取った。
モデストも少年の視線は意識しているらしい。だがデブに対する少年の評価は、とうの昔に地の底にあるはずだ。
それすらも分かってしまう。
(あのガキが分かり易いだけだ)
心の中の言い訳はますます激しくなり、それが分かるだけにタナトスは自分が自分で嫌になった。
それはともかく、果たしてどうなるだろうと固唾を飲んで見守っていると、一人の兵士が発言の許可を求めてきた。
「なんだ、バルジン?」
「バルガンです。よろしければ自分が行きましょうか」
壮年期は過ぎて、初老と言ってもいい声だった。その落ち着いた口調に、顔は見えないその男がどんな兵士なのか、軍部にいたタナトスにはすぐに分かった。
腕が立ち、下からの信頼も熱く、冷静な判断もできる。足りないのは身分と出世欲だけという、兵士になるべくして生まれてきた厄介な相手だ。モデストほどではないが、タナトスも下より上を重視する質だったので、軍隊にいた頃はこういうタイプは苦手だった。
「お前が行って、なんとかなるのか、バルジン」
「なんとかします。ただここにいる者を数名、お貸し下さい」
「なんだ、お前一人でやるんじゃないのか。偉そうなことを言ったわりに大したことがないな」
「では一人でやりましょう」
デブの煽りに意地になったのか、兵士はそう答えて歩き出そうとした。
すると、それまで黙っていた少年が初めて口を挟む。
「ちょっと待て。一人で行くのが不安なら、遠慮することないから連れて行けよ」
「なにをおっしゃる。そんなことをしたら、この場の警備が……」
「ああ、その点ならご心配ありません。奥に行く通路の扉はすべて閉ざしていますが、念のために、施錠と不審者がいないかの確認は、先ほど彼らにしてもらいました。人夫も、下で視察のための掘削をしている数名以外は、今日は休みを取らせています」
男の言葉に、モデストはうぐぐと口の中で唸り黙ってしまった。
モデストの方が正しいことは知っていたタナトスではあるが、不審者として暗がりにいる身として、兵士たちが減ることにもちろん異存はない。
「じゃあ、全員連れていけ、僕が許可をする、バルガン。その代わり早急に対処して、僕たちが上に行った時にはきちんと収めてろ」
「ありがとうございます、大侯爵」
一度敬礼をした兵士は、仲間たちへ体を向けた。
「オリアン、ジェドス、サジャ、三人は俺と一緒に。ミダ、ヨーシャル、お前たちは洞窟の入口を見張るんだ」
「あ、ランタンは全部持っていくなよ」
「はっ!!」
威勢のいい男たちの返事が内部に響き渡り、足音が重なり合うようにして離れていく。人が消えた床には、ランタンがいくつか残してあった。
すると、ふて腐れたたようにそっぽを向いているモデストに、あの男が声をかけた。
「そうそう、司令官。今夜の夕食についてちょっとご相談したいのですが」
「肉が出るんだろうな?」
「ええ、その予定ですが、実はご相談が……」
声を落とし、タナトスたちのいる方へ背を向け、男たちはコソコソと話し始めた。そんなことをする必要はまったくないのだが、そういう雰囲気をあえて作ったのだろう。
今がその時だと。
一人取り残されたような少年は、キョロキョロと周囲を眺めている。
女も分かったらしく、タナトスの方を振り返ると目で合図を送り、数歩前に出た。
「どうかお助けください……」
聞こえるか聞こえないか、そんな僅かな声に反応し、少年が二人の方へ顔を向けた。
サッと足を引き、タナトスは急いでその場を離れる。
今はまだ見つかるわけにはいかなかった。
ポケットから預かった鍵を出し、入ってきた扉の向かい側を解錠する。中へと滑り込み、内側からもう一度鍵を掛け直す。ここまでは予定通りだ。あとは彼らが予定通りの行動をしてくれるかどうか。
背後から生臭さを伴った風が吹いてきて、灯してあったランプの明かりが、ざわつくように揺らめいている。
“きっとククリたちが、不審者を消すために閉じ込めていたのでしょうね”
笑いながら言った男の声が耳の中で反響し、タナトスはゾクリとした。
(いや、俺が闘うわけじゃない)
しかし腰に装備している剣を確かめずにはいられなかった。
気を取り直して扉へとふたたび顔を戻すと、コインほどの小さな窓の前を、黒い物が通り過ぎていくのが見えた。女が着るローブだろう。ややあって扉が開かれる微かな音が聞こえてきた。
果たして彼は来るのだろうか?
期待と不安を胸に待つことしばし。色の薄いなにかが通り過ぎていく。
それが少年の髪だと分かった時、複雑な感情がタナトスの心に飛来した。
やっと来たかという安堵。
なぜ来たんだという怒り。
心のどこかでまだ引き返せると思っているのかと鑑みる。もう戻るつもりなどないというのに。
そんな気持ちを振り払い、小窓から外の様子を窺った。
向かい側にある開いた扉の前に、少年の影がある。あとは彼が、女の誘いに乗って奥に足を踏み入れるかどうかだ。しきりに背後を気にしているのは、やはりためらいがあるからだろう。息を殺し、タナトスはその一挙手一投足を見守り続けた。
やがて__
少年の輪郭が、薄暗い闇の中へ一歩、二歩と入っていった。
(覚悟を決めてやるさ)
音を立てないように扉を開け放ち、椅子を避けて正面の闇へと飛び込んだ。
気配を感じ取ったのか、少年が首を巡らせようとしている。だがタナトスの方が早かった。背後から片手で口を塞ぎ、もう一方の手は鳩尾の辺りに回し、力一杯締め上げる。
わずかなうめき声を上げ、少年は一瞬で意識を失った。
腕の中にある少年の顔は、苦しげな表情が浮かんでいる。闇すらも汚すことができない透き通る頬に、無意識に手のひらが行く。
「あの……」
指先が肌に触れた瞬間、聞こえてきた囁きに、タナトスはビクリと肩を震わせた。
いつの間にか奥から女が戻って来ていた。慌てて指を引っ込め、代わりにポケットから鍵を出す。
「早く扉を」
女はなにも言わずそれを受け取ると、半開きになっていた扉を閉めて鍵を掛けた。
ここまでが言われていたことだ。あとは少年をこの場に放置し逃げろという指示だった。
「大侯爵は……?」
「心配するな、気を失ってるだけだ。傷つけてはいない」
ついうっかりそんなことを言ってしまっていた。
あまりにも心配げな囁きのせいだ。またしても言い訳が一つ増え、タナトスは心で舌打ちをした。
「あの男にとって、大侯爵は守るべき人ではないのね……」
「自ら進んでこの場にいるくせに、今さらなにを」
闇に紛れて見えない相手を睨みつける。
「これは大侯爵の為だって言われたから。でも貴方が、貴方だけじゃなく私も、大侯爵を傷つけないって保証、あの人にあった? きっと守りたいのは自分たちの地位なのよ」
「シッ、声が大きい」
これだから女は嫌だ。
今ごろになってウダウダと言い始めるなど、マヌケにもほどがある。
このガキが皇帝にさせようなんて、だれも必死になっているわけじゃない。そこに都合のいい人形があったからだ。ジョルバンニは闘鳥などともっともらしいことを言っていたが、口から出任せに決まっている。そんなことは俺だって最初から分かっていた。
それなのに、このガキはノコノコと扉をくぐり、俺の手を患わせる。
なにもかも俺の意志じゃない。お前が俺を堕としていくんだ。
「そろそろ行きましょう。いつまでもここにいたら危ないわ」
「分かってるさ」
手探りで壁の位置を確認してから、腕にある少年の体を横たえようとしたその時、金属の擦れるような音が聞こえてきた。女がランタンに火を灯そうとしてるのだ。
「止めろ、小窓から光が漏れるだろう」
「でも……」
「それに彼が目を覚ます。強く殴ったわけじゃないから」
「そう」
諦めたのか、音はしなくなった。
下半身を先に下ろし、背中、首へとゆっくりと手を滑らせていく。最後に頭を下ろそうとすると、手の甲をむき出しの岩に擦ってしまった。
冷たく、そしてゴツゴツとした感触。その上に少年が横たわるのだと思うと、ゾクゾクとする。できるなら、その姿を見てみたい。闇の中でいくら目をこらしても、薄らと白い肌が見えるだけだ。
相変わらず、甘い香りが漂ってくる。
それすらも、男の生臭い匂いで汚したかった。
「どうしたの? 早く行きましょう」
「君だけ先に行ってくれ」
「え……!?」
「大侯爵が気になるんだろ? 俺が最後まで見守っててやるよ」
「だったら私も……」
「ダメだ。君はラシアール。バレたらヤバいことになる。その点俺は、この国の者ではないから、なにかあってもすぐに逃げられる」
「だからこそ一人にしておけない。この国にとって、彼がどんなに大切なのか分からないから」
「分かるさ、唯一無二の存在だってことぐらい」
指先でその頬をなぞり、滑らかな感触を楽しんだ。
「大丈夫、傷つけはしない。もしそのつもりなら、さっきやっていたさ」
「でも……」
「行け。ほら、奴らがやって来た」
扉の向こうから二人分の足音が徐々に近づいてきている。
“分かったわ”
その言葉を最後に、女の気配は遠ざかっていた。それに代わってモデストたちの声が聞こえてくる。
「しょうがない皇帝陛下だな。本当にこっちに来たのか?」
「先ほどここへ入っていくのが見えましたから。ですが扉の鍵は閉まっていると兵士たちから報告があったので、すぐに出てくると思っていたのですが……」
「だけど扉が開いてるじゃないか。やっぱり兵士どものやることは当てにならない。どうせ上だってどうにも手が付けられなくなって、僕に泣きついてくるに決まってるさ。そうなった時はもちろん僕が解決するけど」
「ええ、頼りにしています」
心にもないだろうことを、あの男はサラッと言ってのけた。さすがはジョルバンニの手下である。
「それで、この奥にはなにがあるんだ?」
「なにもないですよ。見張り用のベッドが置いてあるぐらいです」
「ベッドか……」
その呟きにどんな意味があるのか分からなかった、次の言葉を聞くまでは。
「昨夜言っていたことは本当なんだろうな?」
「ああ、彼が男もいけるってことですか? あくまでも噂ですよ。本当かどうかは分からないので、あまり期待なされずに」
「な、なにを言ってる。期待なんてしてない。そんなのはマヌハンヌスの戒律違反だ」
「ですよね」
「だが、向こうがそういう感情を持つのなら別。もしそうなったら、色々立場がよくなるだろう?」
なにを言ってやがると、タナトスは鼻で笑った。
頬に触れていた手を滑らせ、細い首先へと持っていく。その皇帝陛下の命は今、俺が握っているのだと思いながら。
「でも母親は美貌で男をたぶらかす女だから、油断はできないだろうな」
「大侯爵はとてもお優しい方だと聞きましたよ。今はご年齢に見合わない地位を手にされ、きっと必死なのでしょう」
たぶらかす?
そんなもんじゃない。
この細い体には、奈落へと堕とす魔物が潜んでいる。
だからこうして口づけをしなくてはいられなくなる、この唇に、この頬に。
「なんにせよ、お美しい方ですからね」
「まあ、綺麗なことは認めるが」
その綺麗な者を、俺がこうして汚している。
舌先で頬の舐め、首筋を舐め、タナトスは劣情に酔いしれていた。
「それにしてもなかなか戻ってこないな」
「寝ていらっしゃるのかもしれませんね」
「僕が起こしてこようか?」
「ああ、そうしていただけると助かります。私はセシャールのお二人をお待ちしなければなりませんので」
「別にかまわないよ」
モデストの舌なめずりが聞こえてくるようだ。
だがあんなデブにも、ましてや魔物にも渡すものか。
“ん……”
微かな喘ぎ声が、タナトスの高ぶりに油を注いだ。強引に唇をこじ開け、舌で口内を舐り続ける。欲情は止めども無く内から溢れてきていた。
遠くでモデストの恐怖に満ちた悲鳴が聞こえる。
目的は達成されつつあるようだ。
しかしそんなことはどうでも良かった。
「……ユリアーナ、お前が欲しい」
気づかぬふりをしていた感情が、抑えていた欲望が、言葉となる。
今その願いが叶うのだろうか。