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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第五章 黒南風(くろはえ)
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第116話 曖昧な記憶

「オレはよぉ、すげぇ、ムカついてるンだ」


 呂律の回らない口で友人は文句を言った。もう三度目だ。


「って、聞いてンのかよ ブルー?」

「ああ、聞いてるって」


 と言いつつ視線を逸らす。

 けれど正直うなずきたい気分ではある。なぜならブルー自身も心底腹を立てていた。それでも同意しないのは、ライネスク大侯爵のことを考えているからこそ。ただそれ一点だけだ。


「そもそもなんでラシアールが犯人だって、決めつけるんだつーの。オレらが殺るなら矢なんて面倒くさいことしねーし。オレらなら使い魔で……」

「ミラン、そろそろ止めろってば」


 ブルーはそう言って、店内にさりげなく目を走らせた。

 二人がいるのは、ソフィニアの裏通りにある小さな飲み屋だった。店内はカウンターしかなく、並べてある酒も安物ばかり。しかも客はエルフ、それもラシアールだけだ。

 しかしだからと言ってなんでも語っても良いわけがない。あんな大事件があった直後に、魔将軍が人間の悪口を言っていると噂にでもなり、これ以上建国前に足並みが乱れたら、ジュゼやユーリィに顔向けができなくなる。だから他の客が聞いているのではと気が気でなかった。


「あーあ、ホント面白くねーな。やっぱベーグの言ったとおりだ」

「ベーグ……? 誰だっけ?」

「その冗談も面白くねーな。あいつはお前が連れてきたんじゃねーか」

「え、俺!?」


 ブルーにはそんな記憶は一切なく、ミランこそ冗談を言っているんだろうと反論しかけた時、新たな客が入ってきた。ミランは入口の方へと顔を向ける。途端、渋くなった顔がほころんだ。


「噂をすれば、ほら」

「あいつがベーグ……?」


 わりと小柄な男だ。エルフの中でも平均身長が高いラシアールとすれば、かなり低いだろう。黒い髪は全体的に長く、前髪は目を覆い隠すほど。とても兵士とは思えないが、軍服を着ていないので、部下かどうかは分からなかった。

 入口で立ち止まったその男は、ブルーたちに向かって軽く片手を上げ挨拶をすると、そのまま近付いてくる。その様子はまるで数年来の友人のようだ。


「こんばんは、ブルーさん、ミランさん」

「よぉ、ベーグ。相変わらず鬱陶しい前髪だな」

「せめて個性的って言ってくださいよ、ミランさん」


 穏やかな様子の男を、ブルーは目を細めて見つめていた。

 声の調子からすると、歳は三十手前だろうか。まだ成人して間もなそうだ。ミランとの会話から分かるのは、彼がずいぶん前から自分の周りにいるというということ。

 それなのになぜ、見覚えがないのだろうか?


「しかし、よくここにいるって分かったなァ」

「アーニャさんが教えてくれましたよ」

「ったく、あの女、いつも余計なことを喋りやがる」

「あ……、もしかして来ちゃダメでしたか?」

「いやいや、そういう意味じゃねーよ。言葉の文ってヤツさ。ほら、座れよ」


 そう言ってミランが一つ隣にずれると、男はなんのためらいもなく間に腰を下ろし、ブルーへと微笑みを向けた。


「どうしました、ブルーさん?」

「えっと、一つ聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「はい、どうぞ」

「いったいお前はだれだ……?」


 するとグラスに口を付けていたミランが、ぷっと酒を吹き出した。


「大丈夫か、ブルー? こいつはお前の……」

「きっとブルーさんは酔い過ぎちゃったんですよ。そうでしょ、将軍?」


 子供のような手が肩に置かれた。

 刹那、男が何者かという記憶がゆるゆると蘇ってくる。

 彼はベーグという名の親戚であり、ひと月ほど前にソフィニアに帰ってきたのだ。


「あ、思い出した……。そんなに飲んでないんだけどなぁ。悪かったな、ベーグ」

「全然気にしてませんよ」


 ベーグは子供のようにクスクスと笑って、酒を注文した。

 それからまた、ミランの人間に対する悪口が始まった。それに対してベーグは自分の体験などを話して、さらにミランを煽っていく。


「分かりますよ、ミランさん。ボクも以前宿屋で、ランプもロウソクもなかったことあります。エルフだから魔法でなんとかできるだろうって」

「あるある。俺もずっと前に生肉が出されたことがあった。自分で焼けって」

「でも泊めてくれたのは良い方で、エルフだからって断られたことがあります」

「ガサリナが酷いよな、特に。セシャールの影響だろうけど。あの国じゃ、エルフは奴隷以外認めないそうだから。物資の移送で行った時、こっちはソフィニアから来たっていう公文書も持っていたのに、矢を構えた兵士にずっと狙われててさ、すげー気分悪かった。な、ブルー、お前もあるだろ?」

「あー、まぁ、えーっと」


 強く同意はできない。けれどミランもベーグもそれを期待するように睨むから、否定もできなかった。


「なんだよ。なんか中途半端な返事だな?」

「俺にも立場ってものが。ってか、もう止めようぜ、こんな話」

「やっぱりお前、人間に腑抜けにされたのか?」

「いや、そうじゃなくて……」


 今日はもう帰ろう。

 言いかけたところで、ベーグが思わぬことを口にした。


「色々考えると、あの方も今後どうなるか分かりませんよね?」

「あの方?」

「ええと、ライネスク大侯爵、つまり新皇帝ですよ。エルフの血が入っていると言っても四分の一だけ、それもジーマ族でしょう? ジーマは昔から強い者になびく種族ですからね。人間の方がずっと強いと分かれば、ボクたちラシアールだって……」

「それ以上はダメだ」


 強く遮ったのはブルーではなく、ミランだった。彼は手にしたグラスをカウンターに起き、ベーグ越しにブルーを見る。その顔を決まり悪そうな表情が浮かんでいた。


「ブルー、お前の言うとおり、この話はもう止めにした方がイイな」

「だから言ったろ?」

「ああ、悪かった」


 ミランもちゃんと分かっていた。人間への不平不満がユーリィにまで及んでしまえば、ソフィニアは手の付けられない状態になることを。

 ラシアールだって人間たちと争いたいわけじゃない。もし人間が差別的意識を表さなければ、元来明るく穏やかな種族だからちゃんとやっていけるはずだとブルーは信じていた。


「そろそろ帰ろう、ミラン」

「えっ、もう帰っちゃうんですか?」

「俺らは明日も仕事があるからね。もしまだ飲みたいなら残っててもいいぜ」


 了解したと腰を上げたミランにブルーは、金は自分が払うから先に行けと手で合図を送り、店の外へと追い出す。これ以上ベーグと話をさせるのはマズいと感じていた。

 素直に従って出ていくミランを見送り、店主に銀貨を数枚手渡してブルーも立ち上がりかけたところで、ベーグに手首をつかまれた。

 見かけによらず力が強い。覗き込むと、前髪に隠れた青系の瞳が異様に光っている。

 その光にブルーはゾクリとするものを感じ、なにも言わずに彼を見下ろした。


「そうだ、ブルーさん。伯父からまたオーブが届いたんですよ」


 ベーグの伯父はブルーの遠い親戚だ。名前も顔もよく覚えていないその伯父から、最近定期的に伝言オーブが届くようになった。

 内容は他愛のないものばかりで、親族のことを懐かしむようなことを語っているばかり。そして最後には必ず、ソフィニアに帰りたいと訴えていた。


「君の伯父さんって、足が悪いんだっけ?」

「そうそう。だから長旅ができないんですよ」

「なんだったら、俺が迎えに行ってもいいんだぜ?」

「あ、今は住んでいるところを離れられないので」

「へぇ、そうなのか」


 薄ボンヤリとした理由だが、ブルーはなぜか納得してしまった。

 ベーグは上着のポケットに入っていた赤紫の玉を、ブルーへと差し出す。その完璧な球体は、差出人の魔力がとても強いことを示していた。


「いつも思うんだけど、なんか珍しい色だよなぁ……」

「普通だと思いますよ」


 ベーグにそう言われると、なんだかそんな気がしてくる。なにかが間違っているという意識も、ブルーの中からスッと消えていった。


「そうだよな、普通だよな」

「でも今夜中にちゃんと見て下さいよ。じゃないとまた、ボクのことを忘れちゃうかもしれないし。伯父さんもずっと前に一回会っただけだから、ブルーさんが忘れないか心配していました。そうだ、次はもう少し強いのにしてもらおう……」

「強いのって?」

「あ、こっちの話です」

「そういえば、その伯父さんってなんて名前だっけか?」

「えっと、ロ……」

「ロ?」

「ロッシュ伯父さんです」


 そんな名前だっただろうかと首を傾げていると、ベーグはもう一度ブルーの手になにかを握らせた。

 それは革の封筒だった。貴族でもない限り珍しい代物だ。差出人の名前が記されているかと表裏をひっくり返して眺めたが、茶色の皮には記名どころか封蝋も押されていなかった。


「これは?」

「まず伝言の方を先に見て下さい。そうすれば詳しいことが分かると思います」

「へぇ……」


 よく分からなかったが、酔いも回っていて考えるのが面倒になった。

 早く自分の部屋に戻って、横になりたい。ここ最近は嫌なことばかりで精神的に疲れが溜まっているから、なにも考えずに眠りたかった。


「寝る前に絶対にオーブを見て下さいよ」

「分かってるって」


 ベーグがそう言うのなら仕方がない。

 寝るをちょっとだけ我慢すればいいのだ。

 ブルーはあくびを噛み殺し、小さくうなずいた。


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