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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第五章 黒南風(くろはえ)
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第110話 双頭の将

 知らぬ間に。

 いつの間にか。

 人生の中で、その言葉を使う事態がいったい何度起こるのだろう。


 ブルーは右の手のひらある赤紫の玉を眺めていた。

 これがなにかは分かっている。

 伝言オーブだ。

 大抵のエルフならオーブは作れるし、伝言オーブはさほど難しくはない。

 だからこれも自分が作ったのだと思い込みたいのだが。


(なんで赤紫……?)


 エルフがオーブを作る時、種族によって違う違う色が付く。

 長老の話によると、種族の持っている魔力が影響して、無色透明の水晶をそれぞれに染めるらしい。ラシアールが作るオーブは、多少の濃淡の違いがあれど薄い青だ。

 そして赤紫は……。


 なぜこれを持っているのだろう?

 いつ自分はこれを手に入れたのだろう?

 中にはどんな幻影が込められているのだろう?


 様々な疑問が浮かんでは消える。

 中身を見れば、いつの間にか、知らぬ間になにが起こったのか分かるかもしれない。そう思って一瞬オーブを握りしめたものの、急に怖くなった。


 見るな!

 頭の中でだれかが叫ぶ。


(とにかく、しまっておこう)


 椅子に腰かけ、机の前に座っていたブルーは、少し椅子をずらし、引き出しに手をかける。しかしすぐにそこが施錠されていることを思い出した。

 引き出しの鍵は、机上にあるインク瓶の下に隠してある。その瓶を持ち上げ、小さな真鍮製の鍵をつまみ上げ、引き出しの鍵を外した。

 これら一連の動きに妙な既視感がある。そのことに疑問を抱きつつも引き出しを開くと、またもやギョッとなった。

 赤紫のオーブが二つ。

 まるでブルーを睨みつける目玉のごとく、引き出しの中で鈍く光っているのだ。


(なんで!?)


 見てはならないものを見てしまった。

 きっとなにか良くないことが起こっているに違いない。

 どうしていいか分からず、持っていた三つ目の玉を投げ入れる。引き出しを閉ざし、ふたたび施錠し、その小さな鍵をインク瓶の下へと置く。

 途端、今しがた目にしたすべての記憶に、ゆっくりと霞がかかっていった。


 数秒後__


(……あれ? えっと、なんだっけ?)


 少し考えてから、隣の部屋に行こうとしていたのだということを思い出した。

 それに、なぜだか分からないがこの部屋にはいたくない。

 逃げるようにして執務室から出たブルーに、背後から話しかけてきた者がいた。


「あっ、ブルー。いいところで会った」


 驚きのあまり、体も心臓も跳ね上がる。

 振り返るとそこに、幼なじみが立っていた。


「な、なんだ、お前か。脅かすなよ」


 内面を見透かされないように、久しぶりに会った友に微笑んで、拳で軽く胸を小突く。それが長年二人の間でかわされてきた挨拶である。


 ここはラシアールの詰所として使われている建物で、あの魔物襲撃事件で破壊された魔法学園の跡地にある。部屋は魔将軍の執務室を含めて五つしかない。しかし急場凌ぎにしては良くできていて、外壁もソフィニアらしく白い漆喰。さすがに宮殿のような華美な装飾はなかったけれど、素朴な造りはラシアールらしい。特に床と天井が木製なのがブルーは気に入っていた。

 通称“ラシアール館”と呼ばれるここに来るのは、魔法軍の兵士か、もしくは配送に携わっている者である。もっとも配送業務の方はギルドの直轄で、ブルーが関知することはない。

 幼なじみはもちろん魔法軍の兵士であり、立場上はブルーの部下でもある。だが子どもの頃に二人でソフィニア中を走り回った仲だ。急に上官ぶった態度になどできるはずもなく、今まで通りの付き合いをしていくつもりだった。だから肩ほどしかない相手を見下ろし、ブルーは明るく答える。


「久しぶりに飲みに行こうってか?」

「いや、将軍としてのお前に、言っておきたいことがある」

「なんだよ、改まって。つーか、お前に将軍とか言われるとこそばゆい」

「あのさ、南門の件で……」

「うわっ、バカ!」


 ブルーは慌てて怒鳴りつけた。


「いいじゃんか、ここは宮殿じゃないんだし」

「なんのための箝口令(かんこうれい)だ。俺の立場も考えてくれよ」

「へいへい、それじゃ仕方ないね、将軍様」


 ふて腐れたような顔をして、友人は立ち去ってしまった。

 最近こうしたことが多くなってきたなとブルーは思った。

 人間社会と共に生きるのは大変なことなのだと改めて実感する。人間は上下関係を好むけれど、ラシアールはもともと部族長以外に上も下もなく、強いて言うなら年上さが年下を指導するぐらいだった。

 けれどこうして人間の作った役職に就くと、仲間との間に見えない壁のようなものができてしまっている。それが少々寂しかった。


(にしても、あいつ、もしかして俺のいないところでベラベラしゃべってんじゃね?)


 南門での“ライネスク大侯爵暗殺未遂事件”は箝口令(かんこうれい)が布かれ、特に宮殿内では噂話でも厳しく罰すると通告が出された。これはひとえに、セシャール人らの耳に入ることを恐れた措置だった。

 もちろんブルーもすぐさまラシアールたちに警告はした。にも関わらずこれだ。


(面倒は起こすなよ、頼むから……)


 フッと息を吐き、天井を見上げる。真新しい楼台の上で、ロウソクの炎が不安げに揺れていた。

 従姉妹であるジュゼとの縁でユーリィと関わるようになって以来、様々なことが変化した。ソフィニアはもちろんのこと、ブルー自身も変わらざるを得なくなった。


(ただのブルーの方が気楽だったんだけどなぁ)


 それを受けてしまったのはラシアールの力がどうしても必要だと言われたから。

 ブルーが一番信用できるとも。

 そんなことを言われて断れるはずもなく、分不相応な身分を手に入れた。

 しかし自分の執務室はなんだか居心地が悪く、仲間たちの集う大部屋に行こうとした矢先だっただけに、ブルーは出鼻をくじかれたような気分になった。


(参ったなぁ……)


 今日は予定されていた“接見の義”も中止。表向きは長旅の疲れあるだろうからと客人を気遣った理由だが、本当はあの事件が原因だった。

 幸いライネスク大侯爵には怪我はなかったが、アーリングは部下がやられたことで相当怒っていた。今日中には犯人を捕まえると息巻いていたが、果たしてどうなることか。

 ラシアールも捜査協力をすると申し出たが、けんもほろろに断られた。


(いわゆる英雄のプライドってやつ?)


 けれど俺にもプライドはある。

 陸軍と魔軍は、帝国の双頭なのだと。


(やっぱ俺も動くか)


 その時、ふたたびブルーを呼び止める声がした。


「ブルー将軍、ちょっとお待ち下さい」


 振り返らなくてもだれだか分かる。

 首を巡らせると、案の定、立っていたのは又従姉妹のアーニャで、古くからの友人でもあった。

 彼女の髪型は幼い頃からずっと変わらない。まるで幼子のように、黒い髪を首元で切りそろえられている。エルフということも含めて人間にはそれが可愛らしいと映るらしいが、エルフから見れば美人というわけではなかった。しかし目元のホクロに色気がある。


「アーニャ、将軍なんて呼ぶなって」

「だってそう呼ばないとダメなんでしょ? さっきミランが怒って、あなたのことを将軍って呼ぶように、みんなに命令してたよ?」

「あいつ……」


 友人が根に持つタイプだと言うことを忘れていた。


(二回はおごらないと、機嫌が直らないかもなぁ)


 しばらくは嫌味のように“将軍将軍”呼ばれるんだろうと想像できるだけに、毎度のことながらまったく面倒臭い男だと、ブルーは思った。


「でも、気にしなくて良いと思うよ」


 アーニャもそれはよく分かっているから、慰めにもならない言葉で慰められた。


「分かってるって。んで?」

「あ、えっとね、あなたに言いたいことがあったんだった」

「例の件のことなら、勘弁してくれよ? ミランともそれで喧嘩になったんだから」

「ああ、それで納得」

「納得って?」

「ミランがなんで怒ってるかってこと。まあいいわ、それはあとで言う。それよりもアタシが言いたいのはあのデブのことよ!」


 デブと言われるようなほど太った者がラシアールにいただろうか?

 思い出そうと眉をひそめたブルーに、アーニャはあきれ顔で文句を続けた。


「あのモデストとかいう人間、アーリング士爵の甥だかなんだか知らないけど、ホントむかつく」

「アーニャは移送任務に行ったんだっけ」

「エルフを馬鹿にしてるのが顔からにじみ出てるのよ、デブのくせに!」


 いや、それ、デブ関係ないだろ。

 と思ったものの、もちろん言わない。

 アーニャは怒ると猛獣になるのだ。


「生意気なお坊ちゃんってのは知ってるよ」

「生意気じゃなくて最悪。いくら捕虜だからって、あんな扱いはないよ。中には百歳を越えてるのだっていたんだから。水が欲しいって彼女たちが訴えてもガン無視。自分は馬の上で食べたり飲んだり、やりたい放題だってのに。兵士も完全にだらけきってて、武器も持ってないヤツもいたんだよ? こっちはククリの襲撃がいつ来るか、ヒヤヒヤしてたのにさ。あんなのがいたんじゃ、ククリとの和睦なんて千年経っても無理だね」


 まくし立てるアーニャを前に、自分に飛び火してこないことを祈りながら、ブルーは黙って聞いていた。


「アーニャの言いたいことは分かった。その件に関しては、大侯爵に忠告してみる」

「アーリング士爵の甥なんでしょ? あの子が言えるかな……」

「ひ弱そうだけど、彼の気の強さは話してたことあるよな?」

「そうじゃなくて。彼、自分は人間って思ってるんじゃないかって。だからエルフの言うことなんて気にしないかもしれないって思っただけ」

「そういうことは言うなよ。人間とエルフが上手くやっていけるように、大侯爵も頑張ってんだからさ」


 ラシアールは一族の特徴とも言える黒髪のおかげで、他の種族と間違われることもなく、ソフィニアでは人間とも上手くやっていっている。けれど多くの貴族が差別意を抱いているのは想像がついた。


「まあいいわ、まだ始まったばかりだしね。皇帝陛下に期待しましょう」

「俺たちが人間社会に風穴を開けてやるぐらいな気分でいようぜ。ククリみたいなのばっかりがエルフじゃないって」

「あ、それよそれ。ミランが怒っていたのは南門の……」

「おいおい、アーニャまで命令違反を犯すのかよ」


 これではラシアールが噂を振りまいていると、ジョルバンニかアーリングに指摘されそうだ。もう一度、みんなに注意しておこうかとブルーが考えていると、


「そうじゃなくて。いえ、そうなんだけど。でも噂話をしようって言うんじゃないの。ミランは人間の兵士から気になることを聞いて、それをあなたに伝えようとしてたのよ」

「気になることって?」

「あの事件の犯人は、ラシアールかもしれないって」

「なんだそれ!?」


 いくらなんでもそれは酷すぎる。

 それと同時に、そんな噂はあるからアーリングから協力を断られたのだと納得した。


「大侯爵を助けた人間が言ってたらしいよ。名前忘れたけど、移送の時にも来た男」

「あいつか!!」


 タナトス・ハーン。

 いつも不機嫌な顔をして、エルフが嫌いだと公言も(はばか)らず、ジョルバンニ議長の犬になった男だ。


「あの人、性格悪そうね。目つき悪いし、時々嫌みったらしく笑ってるし」

「なんでラシアールのせいにしようとしたのかは、確かめてくる」

「確かめるじゃなくて文句を言いなさいよ。絶対にアタシらじゃないんだから」

「分かってるって」


 そう答えて、ブルーは近くにある螺旋階段を駆け上がった。

 建物そのものは一階しかないが、その中央にブルー一人のためだけに塔が建っていた。昇った先にはブルーの使い魔が待機している。皇帝になにかあった時、すぐに魔将軍が駆けつけられるように、ユーリィが配慮してくれた。おかげで、仲間たちのようにソフィニアの外に使い魔を隠す必要もない。

 本当はみんなで使いたいが、使い魔とはいえ上空を多くの魔物が行き交うのはとんでもないとジョルバンニらに反対され、ブルーも仕方がないと諦めた。


 やがて塔のてっぺんに到着し、天井部にある木製の小さな扉を押し上げた。空には星が見え始めている。

 這い上がるように狭い穴から出て、待っていた使い魔のそばへ行く。といってもそれほど広くはない。周りはレンガで囲まれていて、下からでは魔物の姿は見えないようになっていた。

 ブルーの使い魔はポノバチという寄生獣だ。変幻自在の液体のような魔物をして、他の魔物の体内に入り、意のままに動かす能力を持つ。

 今はククリから奪い取ったランガーという、鷲の頭と馬の足を持つ魔物の中にいる。少し前このランガーも使い魔にしようと考えたブルーだったが、結局は踏みとどまった。

 欲張るとろくなことにならない。ワーニングがそう教えてくれた。

 茶色の羽毛に包まれた馬のような背に乗ると、途端に四枚の翼が動き、魔物がフワッと浮き上がる。街を見下ろせば、あちこちで明かりが灯っていた。


 その後は寝支度を始めた街の上を飛び、宮殿の上空まで来ると一気に下降。前庭に降り立ち、使い魔をそのままにして、早足で建物の方へと向かう。

 毎度おなじみの登城だというのに、巡回兵らが慌てたような素振りで近付いてきた。


「ブルー将軍、いったい何事ですか?」

「用があるから来たけど、なんか問題?」

「こんな時間になんのご用かと思ったので……」

「ちょっとね。ってか、君に説明する必要はないよ」


 明らかにブルーより年下の兵士は、やや不愉快そうな目つきになった。しかし彼からしてみれば、せいぜい同い年ぐらいにしか見えないのだろう。

 いずれにしても三十五を過ぎたエルフと、二十歳そこそこの人間では、どちらに年功があるかなど今考えている場合ではない。


「すぐ帰るから大丈夫」


 そのまま庭を抜け、兵士用の通用口から正面玄関の方へ廻り、二階まで続いている広くてなだらかな階段を上がり、さらに芸術的な螺旋を描く階段を使って、ようやく三階へとたどり着く。するとまた、階段の横に立っていた衛兵に呼び止められ、同じ質問を浴びせられた。


「ブルー将軍、いったい何事ですか?」

「何事かなければ通れないのかよ……」

「大侯爵はもうお休みになられたので、急用でなければ明日改めてお願いします」

「寝るのには早いよなぁ」

「は?」

「用があるのは大侯爵じゃなくて、彼の警備に就いてる男の方ね」

「ハーンに?」


 兵士は廊下へと顔を向け、遠くに薄ら見える人影をちらりと見た。


「アレか。んじゃ、そういうことで」

「ちょ、ちょっとお待ちを!」


 よくよく考えたら、地位が低い者に気を使う必要なない。年功序列が当たり前だったので年齢で優劣を測ったけれど、自分は曲がりなりにも将軍ではないか。

 広い廊下の床は、敷き詰められた白と茶色の石で、幾何学模様が描かれている。中央には白い大理石の柱が、ところどころに立っている。天井から下がっているシャンデリアは金ピカで、左手の窓はステンドグラス。

 人間の欲深さと虚栄心で飾られた廊下に居心地の悪さを感じつつ、ブルーは足早に目的の人物へと近付いていった。


次はユーリィ編になると思います。わりと早く投稿できる気がします(気のせいの可能性有り)

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