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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第四章 蜃気楼
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第105話 捨て駒 前編

『あの領民たちを見てみろよ、きみ。彼らがああして毎日同じことを繰り返し、僕らの懐を潤してくれていると思うと、実に愉快じゃないか?』

          ――戯曲『ロロット子爵夫人』第二幕 ハルツァー男爵台詞より




 新兵の頃は、なにかを強要させられるということはよくあることだった。

 毎日、数往復の水運び、防具の手入れ、何十頭もの馬の世話、その他諸々。まだ十代だったタナトスにとって、それを苦痛と思う余裕すらなく、日々必死に過ごすことで精一杯だった。


(防具の手入れは嫌いじゃなかったな)


 防具の手入れはそれなりに手間が掛かる。

 剣や槍は、まず魔物などの体液を丁寧に拭き取り、錆びをすべて落とし、ペリオ草の油を二度塗りする。柄の革が破れていたらそれも縫う必要がある。弓の弦は張り直したのちに試し撃ちをして調整する。矢はシャフトが曲がっていないか、矢先が傷んでないか、羽根が汚れていないか、ひとつひとつ丹念に目視した。

 防具もまた武器と同じ。実家が武器屋だったため、防具の手入れは他の新兵よりも詳しかったし、そのせいで重宝がられ、地位向上にも繋がった。


 平民出身の中でタナトスは一番の出世頭だった。隊長と呼ばれるようにもなった。

 だたし他に数人いる隊長はみな貴族の血を引いていて、彼らにすればタナトスは新兵と大きな違いはなかった。

 貴族にとって兵士はあくまで兵士であり、場合によっては領民より酷い扱いをされる。なぜなら領民は税を納める財布であり、兵士は金がかかる防具にすぎないのだ。


(いわゆる捨て駒ってやつだ)


 ここまで考えて、ようやく目の前にある現実へと意識を戻す。

 ベッドにある毛布の下に枕を入れた少年が、さらにカーテンの後ろに椅子を運んでいる。他二部屋でもしたその行動を白目で見ないため、タナトスはあえて過去に意識を飛ばしていた。


 ロウソクが二本だけが点いている室内は薄暗い。広さはタナトスの部屋の三倍ほどか。王族たちが使っていた部屋の一つらしい。隣にある大きなリビングは大廊下と繋がっていた。リビングを挟んだ向かい側には、客間と召使いが待機するの小さな部屋の扉がある。すべてを合わせればタナトスの実家より広いだろう。

 こうしたワンセットの居住空間は、この階には二十ほど並んでいる。しかしすべて同じ作りではなく、先ほど入った所はリビングが半分ほどで、その代わり絵やピアノなどがある部屋が付いていた。

 しかし作りこそ違っているが共通点はある。どれも主がいないということだ。この階で唯一暮らしているのは、あの少年だけだった。


「おい、ハーン。お前も突っ立てないで手伝えよ! 時間がないんだから」

「なにをされているのか不明なので、手伝いようがありません」

「勝つためには偽計と奇襲をする必要なんだよ。僕がベッドやカーテンの後ろに隠れていると思わせるように」

「ああ、なるほど。で、奇襲……?」

「敵は三人。二人が捜索し、一人が扉の前で待ち構えているはず。たぶんジークリットがその見張り役をするだろう。だからまず捜索兵のフィリップとアラムにはトラップで引き留めて、その間にジークリットを扉の前から退かす」

「すごぉーく簡単そうな作戦です」

「うるさいな、分かってるよ、難しいってことぐらい。だから今考えてるんだ」


 タナトスの前まで来た少年は、口をとがらせ文句を言った。


 使われていない部屋は、掃除がしてあってもどこか埃臭い。どうにも鼻がむずがゆくなり、タナトスは一つクシャミをする。すると少年は偉そうな態度から一変して、タナトスの顔を覗き込んだ。


「風邪?」

「いえ、なんでもありません」

「ホントに?」

「嘘をつく理由がありますか?」

「まぁ、ないけど……」


 彼の顔はなるべく見ないと決めていた。またあの魔性にあてられるのは真っ平ごめんだと。そもそもエルフみたいな者だから、そういう魔法を使っている可能性もある。

 それでも目の端には入ってしまう。椅子を部屋の端まで運んだせいか、白い頬がほんのり上気していた。


「それより先ほどの奇襲ですが、少女を脅すって手もありますが?」

「脅すのはちょっと可哀想だ。まだ怯えてるし」

「敵の子供だったのなら、気にしなくても良いと思いますけどね」

「そんなこと言ったら、僕にだって……って、そんなのはどうでもいい。そもそもジークリットが怯えて叫んだら、フィリップもアルムも飛び出してくるじゃないか」

「どうでもいいのは、こっちのセリフだぜ……」

「お前、心の声がダダ漏れしてるぞ」

「それは気づきませんで。失礼しました」


 少年は口の中でなにかぶつぶつ文句を言ったものの、話を元に戻す。そういう態度がタナトスを苛つかせることも分からずに。


「アシュトがそばにいるから、あいつをなんとかすれば……」

「胸のない少女がお好きらしいので、例の変装をなされたらいかがです?」

「着替える時間なんてないだろ。ってか、どっから服を出せって言うんだよ」

「魔法で」

「お前、使ってみろ」

「ご冗談を」

「だったら適当なこと言うなよ」

「むしろ適当にゲームを終わらせろよ……」

「おい、また心の声が――」


 その時、幸いにも少年とのくだらない会話をノックが止めてくれた。開かれたチョビ髭を生やした奇妙な男が顔を出す。審判役の従者だ。


「あのぉ……ユーリィ様……?」

「なんだよ」

「そろそろお時間は宜しいでしょうか?」

「まだ作戦会議中」

「ですが、お子様方が待ちきれなくなってきたご様子で……」

「分かった。すぐ隠れる」


 慌てて部屋を出ていく少年のあと、やれやれという気持ちでタナトスは付き従った。

 だがリビングで出てすぐ、少年はきょろきょろと辺りを見回している。


「なにかお捜し物でも?」

「いや……別に……捜しているってわけではなくて……」

「まさかと思いますが、廊下がどちらか分からないとか――」


 言いかけたタナトスの横を、チョビ髭がパタパタと通り過ぎ、右手にあった扉から出ていった。


「あ、廊下はそっちか」

「やっぱりか!!」


 本当にイライラする。

 金のためとはいえ、こんなクソガキの子守りをいつまで続けなければならない?

 これならジョルバンニを相手にしてた方がマシだ。小賢しい腹の探り合いはあるが、エルフなんかの相手をするよりずっといい。

 やはりあの時に帰れば良かったのか。防具の手入れは嫌いじゃなかったのだから。毎月金貨三枚で買う苦痛と、数百の武器を磨く毎日とどちらが――――


「やばっ。まだ隠れ場所決めてないのに、シュウェルトのやつ、行っちゃったし。しかたない、ここに隠れるか。ハーン、ボケッとしてないで早く来いよ」


 命令とあればしかたがない。少年は今のところ自分の金蔓なのだから。

 それに、この苛つきさえ治まれば、少しは楽になるはずだ。


長くなりそうだったので二話にしました。

後編は近日中(たぶん今日か明日)に投稿します。

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