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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第一章 地吹雪
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第1話 天子の苦悩

《はじめに》


シリーズ五作目ではありますが、この話から読めるように書いてあります。最初の数話は前作までの流れなどの説明を軽く入れてありますが、重要な部分は必要に応じてその都度書いてありますので、軽く読み流して下さい。よろしくお願いします。


 何度でも誓おう。

 この魂は、君だけのためにある。

 永遠の愛を誓おう。

 たとえ朽ち果てても、全ては君のために……。




 切れ切れの雲が、水色の空を低く流れている。風は穏やかではあるが、わずかに冬の香りがした。

 刹那、雲間から太陽が顔を出す。差した光は弱くても、眼に入ればやはり眩しい。だから無意識に右眼だけを閉じてしまった。

 そんな行為に、ヴォルフ・グラハンスは改めて思い知った。あのことを自分はまだ完全に受け入れていないのだと。

 左と同じ栗色だった右眼。今や黄色へと変色したこの眼には、過去と未来が眠っている。もしあの魔物と魂がひとつになれたなら、完璧な守護神となるはずなのだが……。

 漠然ばくぜんと冬空を眺め、ヴォルフはしばし未来に思いを馳せた。

 すると一陣の風がとがめるように、青銀色の長い髪をかき乱す。おかげでなぜこの場にいるのかを思い出した。

(あるじ)を探しに来たのだ。

 気を取り直して、空から下へと視線を落とす。そこには屋根飾りに寄りかかり、うつらうつらしている少年が座っていた。

 刺激しないようにゆっくり歩み寄る。にもかかわらず気づいた彼は、驚きの声を漏らして身じろぎをした。


「おい、動くな」


 バランスを崩し、少年は座っていた場所から落ちかける。


「わっわっわっ」


 慌てて腕をつかみ、ヴォルフはその落下を食い止めた。

 こんなふうに冷や冷やさせられるのは、いったい何度目だろうか。

 少年の名はユリアーナ・ライネスクという。あとひと月で十七歳になる彼は、落ちそうになった体を元に戻そうと必死にもがく。天光にきらめく金色の髪が揺れ、左耳にかけられたひと束が、その白い頬にはらりと落ちた。


 ヴォルフ・グラハンスは、同性であり、身分も違うこの少年を深く愛していた。

 だが彼の外見を見ればこの感情をだれもが納得をするだろう。もうすぐ十七になるというのに、相変わらず見た目は可憐だ。わずかに吊り気味の眼を、長い睫毛(まつげ)が縁取っている。白目が少ない瞳は青い宝石。下唇がやや肉厚な口は色気があり、小振りな鼻はとても形が良い。(あご)まである糸のような金髪は常に輝いているし、肌は透き通るほどに白く、触れれば心地よさすら感じる滑らかさ。

 まさに“金の天子”というあだ名に違わぬ美しさが彼にはある、口を開かなければ。


「って、ヴォルフ、脅かすなよ! 落ちるだろ!!」

「こんな場所に逃げているのが悪い」


 ユリアーナ、通称ユーリィが座っていたのは宮殿の屋根。最上階の窓から抜け出してきたらしい。履いている白い靴下が薄汚れていた。


「だって、もう本気で嫌なんだ」


 口をとがらせ文句を言って、彼はヴォルフへと手を差し伸べる。それを引っ張ると、華奢な体はあっさり持ち上がった。


「ま、嫌なのは分かるけど……」

「また午後も、なんちゃら侯爵とかいう奴が来るんだってさ。いい加減に僕の見物は止めろと言いたい。そんなことをするぐらいなら、自領地の面倒をみればいいのに」


 ぷりぷり怒る彼を支えて、ヴォルフはゆっくり宮殿内へと導いた。

 大都市ソフィニア。その南側にあるここは、旧王族たちが暮らしていた宮殿だ。

 屋根から景色が一望できる。雲の間をぬって、渡り鳥らしき一群が飛んでいく。季節外れの蝶が目の前で舞っている。一年を通して穏やかな気候のソフィニアではあるが、冬の優しさは感じられた。

 しかし少し視線を落とせば、小春日和ののどかさなど追い払ってしまうほどの、ソフィニアの現状が垣間見えた。


 三ヶ月ほど前、大陸の南にあるこのソフィニアとその周辺は、一万近くの魔物に襲われた。たった一昼夜で命を落とした民の数は、五十万人近くにのぼる。この人数は、ソフィニア地方およびガサリナ地方に住んでいた者の約五分の一だ。広いとは言いがたい大陸であるから、その数は全人口の十分の一にもおよぶ。もちろんこの街も多くの建物は破壊され、人々は怪我をしなかっただけマシという状態だ。

 原因はイワノフ一族の内部紛争。その覇権をめぐりユーリィの父イワノフ公爵とベレーネク伯爵が、悪辣な手段で互いをつぶそうと企んだのだった。

 事件の発端を作ったベレーネク伯爵は死んだ。ユーリィの父であるイワノフ公爵は幽閉されている。それでも悲劇はまだ続いていた。

 先々月から大勢の民が押し寄せている。魔物たちが貴族も民も動物も関係なく命を奪ったから、領主を失い、家族を失い、家畜を失った難民が、生きるすべを求めて続々とこの街を目指しているというわけだった。


「貴族連中は、こんなに治安が悪化した場所に、よく来る気になるよなぁ」


 窓まで来るとユーリィはふと振り返り、街の様子をうかがった。


「アーリングが警衛しているんだろ?」

「いくら英雄だって持ち駒が少なければどうにもならないよ。あの戦いで兵士の数はかなり減ったからね。一応ラシアールたちが手伝ってるみたいだけど。それにアーリングとその配下は今、ギルドの連中の御守だ。知ってるだろ?」


 ラシアールとは先の戦いで活躍したエルフ族のことだ。


「いずれにしても、領民を放っておいて僕なんかに会いに来る奴らは、ろくなやつじゃないってことだけは分かってる」


 少年は視線を戻し、小一時間の逃亡から宮殿へと帰還した。

 貴族たちがわざわざ彼を“見物”に来るのにはワケがある。

 ひとつは、彼がソフィニアおよびガサリナ地方を実質支配していたイワノフ家の者だから。とは言っても彼は妾腹(めかけばら)である。その白目の少ない瞳はエルフの血が混ざっていることを意味し、十七歳よりも幼く見えるのは、寿命の長いエルフの成長が遅いせいだ。彼の場合、祖母がエルフというだけだが、その血が強く出てしまったらしい。

 そしてもうひとつは、魔物と戦うユーリィの勇姿を多くの民衆が目にしたことだった。彼らは“金の天子”と彼を呼ぶ。今やユーリィことユリアーナ・ライネスク侯爵は、本人の意に反し、ソフィニアにおいて絶大な人気を誇っていた。


「ギルドはいつまでイワノフにこだわるつもりでいるんだろう。さっさと潰して、初志を貫いて欲しいのに」

「つまり革命時に戻ろうってことか」

「うん。だってマインバーグ提督は、王族や貴族の支配に反発して革命を起こしたわけだろ? 今回のことも結局、親父やベレーネクが民衆を“物”としか考えなかったからさ。だから民衆のためにもギルド政治をすべきだと思う」


 ギルドとは、もともと各職業の組合だったが、革命軍の提督マインバーグがそれを再編し、市民の手によって政治を行える組織に作り変えた。二五〇年前のことだ。

 革命は大陸の北にある都市フェンロンで起こったが、それが南部にあるソフィニアにまで飛び火して現在に至っている。


「君がマインバーグの信者だって知らなかったな」

「信者ってほどでもないけど……。でもフェンロンに行きたいのは提督が作った街だからかな、やっぱり。貴族社会の嫌なところ、たくさん見てきたから。僕はソフィニアが完全なギルド国家になって欲しいんだよ」


 壮大な構想。だがそれが一朝一夕には叶わないことは、彼自身もそしてヴォルフも知っている。それでも若き侯爵は改革を望みつつ、窓の下に置いてあった上質の靴に片足を突っ込んだ。

 ソフィニアのギルドは貴族たちを全て滅ぼしたわけではない。民衆の大半を占める農民を中立派だった貴族に任せ、ギルドは産業と流通を(にな)うという役割分担で、その負担を軽減しようと試みた。

 ところが、ユーリィの先祖がしだいにギルドへの影響を強め、彼の曾祖父が諸外国への政略結婚という形で、その権力を確固たるものにしてしまった。

 それでも形式上、イワノフはギルド貴族の一つに過ぎない。大陸を混乱させた公爵家は廃絶されても文句はないどころか、ユーリィ自身もそれを強く望んでいるのだ。


「ギルドがイワノフにこだわるのは、やはり北西諸国との関係があるからか?」

「らしいね。特に今はこんな状況だから、大きな変革は危険だって。イワノフだけじゃなく、多くの貴族はいろんな国と血縁関係にあるだろ? だから全てが収まるまでは、波風が立つようなことはしたくないらしい。革命みたいなことをしちゃうと大義名分ができて、どっからか討伐隊がやってくるかもしれないってギルド連中は恐れてる」

「気持ちは分からなくもないが……」

「貴族がろくでなしばかりだから街も元に戻らないし、僕も自由になれない」


 可憐な顔を歪ませて、ユーリィは自分が置かれた微妙な立場に対する(いきどお)りを(あら)わにした。

 彼は貴族社会から離れることを強く望んでいる。庶子という立場上、本来なら身分など与えてもらえないのだが、父であるイワノフ公爵がユーリィの才知にこだわり続けた。さらに先の戦いの混乱を収めるため、彼は嫌々ながら侯爵という地位を得ることを選択した。


「そんなに焦ることはないさ」


 ヴォルフはまだ怒りが収まらない少年の腰に腕を回し、細い体を引き寄せる。

 柔らかい髪にキスを一つ。花のような香りを感じるのは、恋するが故だろう。

 そう。ヴォルフ・グラハンスは、同性であり、身分も違うこの少年を深く愛していた。


「許される限り、俺は君と一緒にいる。ま、許されなくても一緒にいるけども」


 微妙な立場にあるのはユーリィばかりではない。ヴォルフは隣のセシャール王国の出身である。その上、先祖はあの革命時にギルド軍と戦ったセシャールの英雄だった。

 ユーリィは胸の中で顔を上げると、片眉を大きく動かし、それから強引に体を引きはがした。


「昼間から暑苦しいな、お前」


 相変わらずつれないが、これはいつものこと。ベッド以外ではだいたいこんな態度だ。もっともベッドの中でも似たようなもの。体の関係はあるが、そう易々とは抱けなかった。

 成長が遅いエルフは、生殖時期においても人間とは大きく違う。生粋のエルフは二十五、六歳頃にならなければ、男も女も生殖能力がない。それ以前でも性的興奮をするらしいが、強要を重ねると死ぬことがあるという。

 それはユーリィにも当てはまった。

 肌を重ねた直後から体調は悪化していき、本人が興奮すればするほどそれははっきり表れる。終いには体は痙攣し、体温は低下して、さらに呼吸困難。それからほぼ丸一日、彼はベッドから起き上がることすらできなくなる。


「これでも一応、慰めているつもりなんだけどなぁ」

「へぇ、いつでもどこでも欲情するからだと思ってた」

「愛情表現と呼んで欲しい」


 その言葉をどう感じたのか分からないが、ユーリィは窓枠に掛けてあった薄緑のマントを手に取った。まんべんなく金糸の入ったそれは、豪華としか言いようがない。付いている金具を、そろいの上着の右肩にあるフックに掛けると、あっと言う間に美しい貴公子が現れた。


「さて、見つかっちゃったし、そのなんちゃら侯爵と会うか、嫌だけど」

「じゃあ、俺は早く街が戻るように、アーリングを助けに行ってくるか」

「それダメ。午後は一緒にいてもらう。なんかキレそうで怖いんだ」

「君が? まさか……」


 以前ならともかく、数々の苦難を乗り切り、すっかり成長した彼が容易(たやす)くキレるとヴォルフには思えなかった。


「その侯爵にじゃなくてセグラス・ジョルバンニに、だよ。分かるだろ? それに案内してもらわないと絶対に迷う」


 美しきこの貴公子は、希代(きだい)の方向音痴でもあった。


★大陸地図


挿絵(By みてみん)

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