監禁(文字数制限なしお題小説)
お借りしたお題は「地下室」「ピザ」「桜」です。
右の頬に滴り落ちる何かで俺は目を覚ました。
そこは建てつけの悪い扉から僅かに漏れる光で、辛うじて周囲の状況が把握できる部屋。
地下室だ。
その漏れてくる光ですら、寿命が近い蛍光灯なのか、チカチカと瞬いているのがわかった。
微かに外から聞こえてくる小鳥のさえずりが朝の訪れを教えてくれた。
俺は後ろ手に手首を縛られ、足首は鉄の枷で括られている。
桜があちこちで満開になっている季節になったとは言え、日が当たらないここに一晩中いたのに、よく死ななかったと思う。
氷点下にはならなかっただろうが、俺の体力次第では、命を落としていた可能性は否めない。
どうしてこんな状況なのか、記憶を呼び起こすのに時間がかかった。
あいつだ。あの女のせいだ。
こんな所に俺を閉じ込めただけはなく、置き去りにしやがって。
俺にどんな恨みがあるんだ? あいつとは結婚の約束までしたんだぞ。
そんな事をいくら考えても仕方がないと結論し、俺は芋虫のように身体を動かして扉に近づこうともがいたのだが、ある地点まで行くと、ガキンと音がして、進めなくなった。
足枷に鎖が付けられており、それが奥にある鉄骨に繋がれていたのだ。
まるで折檻されている犬だ。
「くそ!」
つい汚い言葉を吐いてしまった。するとその時、高めの靴音が少しずつ近づいて来るのが耳に入った。
間違いない。あいつだ。
「生きてる?」
あいつはそう言って扉を開いた。
胸の谷間がはっきり見える目の醒めるような赤いVネックのセーター、むっちりした太腿が剥き出しのデニムのマイクロミニ。
艶艶したふくよかな唇。泣き出しそうに見える垂れ目はいつも潤んでいて、程よくウェーヴのかかった長い黒髪。
日本のどこでアンケート調査をしても、間違いなく美人の部類に入る女だが、今はそんな事はどうでもいい。
「おい、どこに行ってたんだ、さくら!?」
俺は婚約者であるが、同時に殺人未遂者でもあるそいつの名を呼んだ。
「ごっめぇん、遅くなって。親友が始めたピザ屋がピンチだって言うから、客を装って入店したら、今度はお客がたくさん来ちゃってさ。仕方がないから、厨房を手伝っていたのよ」
さくらは謝罪の気持ちが米粒ほどもない顔で釈明した。
「ほら、お腹空いたでしょ? 手伝ったお礼にピザをたくさんもらって来たから、機嫌直してよ、たっくん」
さくらはそう言いながら俺の目の前でしゃがみ込んでピザが入った箱を見せた。
俺はピザより目の前の絶景が気になってしまった。
「ま、まあ、いいや。でも、今度から緊縛プレイ中にいなくなるのは勘弁してくれよな」
俺は魔の三角地帯に視線を釘付けにしたままで言った。
「わかったよ、たっくん」
お詫びのつもりなのか、さくらがキスをしてくれた。
もうどうでもよくなってしまう自分が情けなかった。
という訳でした。