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Stage.3 Close encounter

 あれから大急ぎで出発の準備を整えた俺達は、店内での休憩もそこそこに次の行動を開始した。やはり、こんな状況では『何が起きるか予測できないから、ここで時間を無駄にする訳にはいかない』という判断が働いたからだ。

 その結果、今は店内の商品を使って動くようにした2台のバイク(原付)に分乗して最初の目的地である平浜市の中心街(大半が行政地区とオフィス地区で占められている)を目指している。

 ちなみに、俺は春菜の運転するバイクで優衣が沙希の運転するバイクに乗っているのだが、そうなったのはバイクショップを出る際に沙希が『身長の近い者同士で乗った方が楽なのよ』と言って一方的にペアを決めてしまったからである。

 ただ、それが純粋にバイク移動における効率を考慮しての発言なのは分かっていたので、俺達も2つ返事で彼女の提案に従った。そうして暫くは何事も無かったのだが、俺の提案で出来るだけ人通りの多い場所を避けるようにして路地を走っている時に事件は起きた。

「お願い! 助けて!」

「ちょっ、いきなり――!」

「うおっ!?」

 いきなり別の路地から人(声から判断すると女性)が勢いよく飛び出し、俺と春菜の乗るバイクの進路を塞ぐようにして両手を広げて立ち止まり、大声で助けを求めてきたのだ。

 当然、それに対応できるほど彼女はバイクの運転に慣れておらず、急ブレーキを掛けてハンドルを反射的に切った為にバランスを崩して派手に転倒してしまう。

 おかげで俺達は2人揃って硬いアスファルトの上に投げ出されてしまうが、あまり速度を出していなかった(多分、時速10kmも出ていなかったと思う)ので大怪我は免れた。しかし、それでも痛いものは痛い。

「うぅ……」

 ほとんど声にならない呻き声を俺は上げ、アスファルトに打ち付けられた箇所を手で擦りながらゆっくりと上体を起こし、まずは涙で霞む目で自分の体の状態を一通り確認した。すると、痛みはあるものの切り傷や擦り傷が幾つかあるだけだった。

「とりあえず、体は無事みたいだな……」

 自分が無事だったので気持ちにも余裕が出てきたのか俺は春菜の事が気になり、小声で呟きながら彼女の姿を探して辺りを見回す。だが、俺よりも先に彼女は立ち上がっていたらしく、優衣や沙希に加えて転倒する原因となった人物(予想通り女性)と話していた。

 流石に話している内容までは聞こえないが、どうやら彼女も無事らしい。そして、そんな風に彼女達の様子を眺めていると、俺が眺めているのに気付いた春菜が手招きしてくる。

 なので、俺は未だに痛む体の所為で速くは歩けず、その事に対して悪態を吐きながらではあったが、やや重たい足取りで彼女達の下へと向かった。

「くそっ、こんな目に遭うなんて、とんだ厄日だぜ……」

 ところが、そんな俺に対する沙希の反応はあっさりとしたものだった。

「ちょっと、時間が無いんだから早くしなさいよね」

「おい、それだけかよ」

「それだけ文句を言える元気があるんだったら大丈夫でしょう」

 彼女の反応に少しむかついた俺は睨むようにして言葉を発するが、それなりに付き合いの長い彼女には何の効果も無かったらしく、あっさりと聞き流された挙句、これで終わりとばかりに視線まで逸らされてしまう。

 その為、聞こえない程度の小さな舌打ちをすると、憂さ晴らしに文句の1つでも言ってやろうと思って事故の原因となった女性に視線を向けて観察を始めた。

『多分、俺達よりは年上だな。それに、見た目も悪くない』

 俺は声にこそ出さなかったが、出会ったばかりの女性の頭のてっぺんから爪先までを順繰りに見ていき、外見から彼女が何者なのかを推測しようとした。だが、まるで見当がつかない。

 なぜなら、制服やスーツのように職業を推測し易いものでは無く私服としか思えない格好で、20歳前後に見える外見と相まって女子大生から休日の社会人まで何でも当て嵌まりそうだったからだ。

 ただ、誰に訊いても『美人だ』という答えが返ってきそうなルックスと服の上からでも分かる日本人離れした抜群のスタイル、確実に170cm以上はありそうな高身長は大きな特徴だった。

 すると、そんな俺の視線を“彼女が人間かどうかを疑っている”と勘違いしたらしい優衣が訊いてもいないのに答えてくれた。

「心配しなくても彼女は普通の人間だよ」

「そうか」

 俺は全く違う事に思考を巡らせていた為、かなり素っ気ない返事になってしまったが、それについては何も言われなかった。そして、この際だから彼女に未だ名前すら知らない女性について訊こうと口を開きかけた時、俺は自分達が非常に危険な状況に陥っている事に気付いて慌てて警告を発する。

「全員、武器を構えろ。敵が来た」

 それと同時に俺は転倒した弾みで手放してしまった武器(実際は、ただのゴルフクラブ)を大急ぎで回収し、いつでも攻撃に移れるよう身構える。そして、接近中の“生ける屍”の数や距離、自分達の状態を素早く確認して頭の中で対応策を決めた。

『数は8体だが、完全に囲まれてるな……。それに、この状況だと逃げても戦闘は避けられないし、結局は全部を相手にする羽目になりそうだ。なら、唯一の移動手段であるバイクを確保しておく為にも此処で迎撃するしかないか』

 これから進む予定だった道には2体、俺達がバイクで走ってきた方向からは3体、見知らぬ女性が飛び出して来た道からも3体の敵(生ける屍)が迫ってきており、まだ多少の距離はあったものの見事に囲まれていた。

 一応、敵との交戦を回避して逃げるという選択肢もあるのだが、その場合はバイクを置いていく事になる上に最低でも2体の敵は処理(斃すか足止め)しなければならず、その間に他の敵に追いつかれるのは確実だった。

 ちなみに、バイクは2台ともエンジンが掛かっていないので、俺達が跨ってエンジンを再始動した頃には近付かれて攻撃を受ける可能性が高い。それに、転倒した方のバイクのエンジンが1回で掛かってくれる保障は無いし、1人だけとは言え人数が増えたのも素早い行動をするには不利に働いている。

 なので、この場に留まって戦う事を俺は瞬時に決断したのだが、その方法も同じくらいリスクの高いものだった。

 なぜなら、迫りつつある敵がフィクションの世界と同じ存在であれば頭を潰さない限り斃せないだろうし、普通の人間よりも遥かに強い力を持っている事になるからだ。そして、1度でも噛まれれば、めでたく化け物の仲間入りである。

「とにかく、まずは頭数を減らすのが最優先だ。だが、決して1人では戦うなよ。体勢を崩す役と止めを刺す役、その2つに別れて2人1組で連携して斃すんだ」

「分かったわ」

「あんたに言われなくても分かってるわよ」

「こ、怖いけどやってみる……」

 俺からの指示に対し、春菜・沙希・優衣の順番で次々に返事が返ってくる。それは3者3様の返事だったが、とりあえずは俺の指示に素直に従ってくれるようだ。

 ただし、3人とも表情は硬く、生前の面影(内臓が露出していたり体の一部が無かったりするが、一目で人間だったと分かる姿)を色濃く残す化け物を前にして酷く緊張しているのは明らかだった。

 しかし、それについてはどうする事も出来ないので俺は彼女達から視線を外すと、敵の動きを監視しつつ隣に居る未だに名前すら知らない女性に声を掛ける。

「で、あんたは戦えるのか?」

「まさか、あんな化け物相手に素手で戦えと……?」

 最初から期待はしていなかったが、見るからに困惑した表情を浮かべて逆に訊き返されてしまった。ただ、今の彼女の発言は“武器があれば戦える”とも採れるものだったので余裕があれば詳しく聴いていたのだが、そんな暇は無かったので俺は彼女を戦力外として扱う事にした。

「なら、俺達の後ろで邪魔にならないよう大人しくしててくれ」

「ええ、ぜひ、そうさせてもらうわ」

「みんな、今の話は聞いたな? 彼女を守りながら各個撃破で戦うぞ!」

 こうして方針の定まった俺達は直ぐに戦力外と判断した女性を守るように2人1組で陣形を組み、敵と戦う体勢を整えたのだった。なお、敵の接近に気付いた時の立ち位置の関係から俺は沙希とペアを組み、春菜は優衣とペアを組んで互いに戦力外の女性を背中に庇うような格好となっている。

「まずは、あの3体からだ。先頭のは俺達が殺るから春菜たちは左の奴を頼む」

「うん、分かった。こっちは任せて」

 そう言うと俺は女性が飛び出して来たのと同じ路地にいた3体の敵の内、最も近くまで接近していたサラリーマン風の格好をした化け物に狙いを定める。そして、敵を見据えたまま沙希にも指示を出す。

「そっちの武器の方が向いてるみたいだし、止めを刺すのは任せたぞ」

「それぐらい、あんたに言われなくても分かってるわよ。それよりも、中途半端な事して逆に手間を掛けさせたら許さないんだから」

「ああ、そうですか……」

 こんな調子だったが、それが彼女なりの気の遣い方だと分かっていた俺は自分の役割を果たす事だけを考え、ゴルフクラブのグリップを両手で強く握り締めると大分近くまで迫っていた敵の側面に素早く回り込み、こちらに反応して向きを変えて襲ってくる前に右足の膝裏に遠心力を利用した渾身の一撃を叩き込んでやった。

「このっ――!」

「がぁっ……」

 すると、敵は大きくバランスを崩して地面に膝をつき、俺の狙い通りに無防備な恰好となる。だが、人体というのは思っていた以上に硬さと弾力のバランスが絶妙で、殴った時の衝撃で手が痺れてしまう程だった。

 そして、敵が再び立ち上がろうとしたところを狙い、完璧なタイミングで沙希が金属バットを勢いよく振り下ろす。

「はああああっ!」

 次の瞬間、“ゴンッ”という感じの鈍い音が響いて敵が地面に突っ伏すが、まだ完全に死んだ訳ではないらしく、低い呻き声を上げて起き上がろうとしていた。

「うぅ……、ぁあ……」

「ああ、もうっ! しつこいわね!」

 その為、彼女は鬱陶しそうな表情で悪態を吐いたものの、間髪入れずに金属バットを敵の脳天目掛けて振り下ろして止めを刺した。これには流石の化け物も耐え切れず、自らの頭から流れ出したドス黒い血の海へと沈んで動かなくなる。

 なので、俺は3体目の敵が居る方を向いて顎にゴルフクラブによる一撃をお見舞いしてやるが、やはり威力不足だったらしく、ちょっとした時間稼ぎ程度の効果しかなかった。すると、春菜たちの方も敵を1体斃したようで、その事を告げるのと同時に次の行動を尋ねてきた。

「こっちも斃したけど、次はどうするの?」

「さっきと同じだ! とにかく、後ろの彼女を守りつつ1番近くにまで迫ってる奴から順に各個撃破してくれ!」

「ねえ、本当に、それで大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ。今のペースなら、なんとか切り抜けられる」

「そう……。だったら、良いけど……」

 こうして指示を出した後、やや不安そうな声で彼女が尋ねてきたが、それに対して俺は『大丈夫だ』と言ってやった。勿論、その言葉には何の根拠も無い。ただの気休めだ。しかし、ここで不安を煽るような事を言っても意味は無い。

 だからこそ、あえて希望的観測を口にしたのだが、どうやら俺の嘘は速攻で彼女に見破られてしまったらしい。なぜなら、相変わらず険しい表情をしたままだったからだ。だが、それでも何も言わずに指示に従ってくれたのは、俺の事を本当に信じているからなのだろう。

「あ、あの……、智宏君も気を付けてね……」

 そして、それは優衣も同じだった。弱々しく震えるような声から不安で堪らないのは明らかだったが、こちらの指示に単純に従うだけでなく、俺の事を気遣うような言葉まで掛けてくれる。だが、俺達が2体の敵を斃している間に思ったよりも接近され、かなり包囲網が狭められていた。

 その結果、俺は敵との位置関係を意識するあまり周囲への警戒が疎かになり、次に起きた出来事に咄嗟に反応する事が出来なかった。

「全員、その場を動くな!」

 それは完全な不意討ちだった。その為、俺だけでなく敵も含めた全員が思わず動きを止め、声が聞こえてきた方を反射的に振り向いてしまう。すると、そこには銃を構えた1人の男性が居た。

 ちなみに、彼は俺達がバイクで走ってきたのと同じ方向から姿を現したようなのだが、こうして大声で叫ばれるまで全く接近に気付けなかった。ところが、本当に衝撃的な出来事は、この後に訪れた。

 どういう事かと言うと、その男性は今までに1度も見た事が無いような速度と精確さで射撃を行い、俺達を包囲していた敵の6体を瞬く間に殲滅してしまったのだ。しかも、彼の放った銃弾は確実に急所を捉えていたらしく、斃された6体の敵は地面に倒れた後はピクリとも動く事が無かった。

「全員、無事か?」

 敵が全滅したところで彼から声を掛けられた。一応、このような状況では当然の台詞なのかもしれないが、あんな光景を見せつけられた後では正直反応に困る。だが、ここで眼前の人物と敵対しても俺達に勝ち目が無いのは事実だった。

 そんな事情もあってか、俺達は誰一人として警戒心を緩める事なく武器を構え、正体不明の人物を無言で見つめていた。そして、そのまま奇妙な沈黙が1~2分ほど続いたのだが、このまま睨み合っていても事態は変わらないと考え、こちらから仕掛けてみる。

「助けてくれた事には感謝するが、あんたは一体、何者なんだ? さっきの射撃、どう見ても素人じゃなかったぞ。それに、どんな思惑があって俺達を助けた?」

「ちょっ、ちょっと……」

 俺は少しだけ前に進み出ると、警戒している事を態度で示しながらストレートに質問をぶつけてみた。ちなみに、眼前の人物は銃を構えている以外は特に目立つ特徴が無く、僅かに彫りの深い顔だったが何処にでも居そうな雰囲気の男性で、額の傷と服の汚れを除けば本当に地味な外見をしている。

 だから、こんな状況で無ければ証券マンかIT企業の社員だと勝手に判断していた(余談だが、30歳前後に見えたのも関係している)だろう。ただ、身長だけは180cm近くありそうだった。

 そんな相手に対して俺が真正面から質問をぶつけた所為か、春菜が慌てたように何かを言おうとする。だが、目の前に居る男は気にした様子も無く淡々と質問に答え始めた。

「訳あって正体は明かせないが、俺は君達の敵じゃない。信用できないのは分かるが、それだけは神に誓っても良い。それから君達を助けた理由だが、この辺りの土地勘が無いから情報が欲しかったのと、ここを通過したかったからだ」

 ところが、肝心の正体については『言えない』ときた。はっきり言って、これで信用してもらえると思っているなら大間違いだ。なのに、俺達を助けた理由については一応、筋だけは通っている。そして、そんな俺達に対して彼は更に言葉を続ける。

「証拠は無いが、ここは俺を信じて欲しい」

 俺達を信用させる為なのか、そう言って彼は銃のセーフティを掛けるとホルスターに収めて交戦の意思が無い事を態度で示した。当然、それを見た俺は必死で思考を巡らせて彼の真意を探ろうとするが、あまりにも情報が少な過ぎて無理だった。

 結果、俺達は彼の提案を受け入れるしかなくなる。なにせ、あれ程の戦闘技術がある以上、どう考えても対立するのは愚の骨頂だったからだ。

「とりあえず、敵では無さそうだし、もう少し詳しく事情を説明してくれないか?」

 そう告げて俺も武器(何度も言うが、所詮はゴルフクラブ)を下ろし、後ろに控える春菜たちにも目配せをして武器を下ろすよう指示を出した。

 もっとも、警戒を解いた訳ではないので相変わらず俺達の周囲には緊張感溢れる重苦しい空気が漂っている。しかし、そんな事は些細な問題だったらしく、眼前の人物は日常会話でもするかのように普通に話し始めた。

「まず最初に断っておくが、俺はアンデッドじゃない。この額の傷は硬い物にぶつけて出来た傷だからな。そして、ここからが本題なんだが、俺には行きたい場所があって此処を通る必要があったんだ。そしたら、君達が襲われてるのを目撃した」

「ふ~ん、なる程ね……。なら、俺達を見捨てて自分の目的を優先させる事も出来たんじゃないか?」

「ああ、それも1度は考えたんだが、あのアンデッド共が居なくなるまで待つのも効率が悪そうだったからな。直ぐに選択肢から外したよ。それに、こんな状況下では君達は貴重な情報源のようだし、土地勘の無い場所で行動するには案内役が必須だろう?」

 意外にも彼は俺の挑発するような質問に対し、俺達を見捨てる選択肢があった事をあっさりと認めた。もし、ここで彼が綺麗事や理想論を口にしていれば“やはり、信用の出来ない人物”という評価を下していただろうが、明らかに自分に不利になるような発言を躊躇いも無くした事は逆に評価できた。

 もっとも、そこまで完璧に計算した上での発言や、銃による武装と高度な戦闘技術を有するが故の優越感があった可能性も否定できない。だから俺は、それらを意識した上で次の質問を投げ掛ける。

「なら、あんたに協力する事で、どんなメリットが俺達にはあるんだ?」

「俺もアンデッドとの戦いに参加する。さっきの一件で君達にも理解できたと思うが、これから先、今の武器では対処できない事態に遭遇した時に役に立てる。それと、もう1つは移動手段の提供だ」

 そう言うと彼はポケットから車のキーを取り出して俺達に見せ、さらに話を続ける。

「そこにあるバイクは君達が乗ってきたものなんだろうが、それだと5人で移動するには少し不便だろう。だが、そこへ車が1台追加されれば人や荷物を今よりも多く運べる。どうだ? 決して悪い話じゃないと思うが……」

「確かに悪くない話だけど、あたし達と貴方の目的が同じとは限らないんじゃない? ちなみに、あたし達の目的は家族の安否確認と安全な場所への脱出よ」

「なら、その問題はクリアだな。俺の目的も安全地帯への脱出だ」

 ここへきて沙希が話に加わって相手の目的を尋ねるが、偶然にも似たような目的だった為に直ぐに話は纏まった。もっとも、いま彼が話した目的が本当かどうかは俺には分からないが、少なくとも初っ端から今後の予定を巡って対立するような事は無さそうだ。なので俺は、もう1つの懸念について尋ねた。

「あんたの戦闘技術を疑う訳じゃないが、弾切れになった時の対策はあるのか? 戦場ならともかく、こっちでは弾の補充は期待できないぞ?」

 それは、しごく当然の疑問だった。確かに、彼の射撃技術は特筆に値するが、弾切れになれば宝の持ち腐れである。なにせ、どんなに高性能な銃と高度な射撃技術を併せ持っていても、肝心の弾薬が無ければ能力を発揮できないからだ。ところが、彼の回答は何とも心許無いものだった。

「残念だが、それに関しては現地調達以外の方法が思いつかない。一応、予備のマガジンは後2本あるが、それを撃ち尽くしたら終わりだ。だから、そうなる前に何処かで補充したいんだが……」

 そうは言っても、ここは個人が銃を所持する事を厳しく制限された日本だ。当然、ガンショップのような便利な店舗は存在しない。まあ、この状況なら例えガンショップがあったとしても銃や弾薬は全て持ち去られているだろうから、あまり期待は出来ないが無いよりはマシだ。

 そうなると、警察・自衛隊・在日米軍・狩猟関係者・暴力団(ここが所有しているのは違法)などから調達するしかないが、どう考えても正攻法で銃や弾を入手できる可能性はゼロだった。だから、それを聞いた俺は小さく溜息をついて呟いた。

「ハァ……。つまり、弾薬を節約しつつ身近にある物を武器にするしかない訳か……」

「一応、材料さえあれば簡単な爆発物も作れるが……」

「何が必要かは知らないが、そこら辺の店で直ぐに手に入る物じゃないんだろう?」

「まあ、そうだな」

 このように決して楽観視できない状況を受け、互いに口調が重たく暗いものとなる。しかし、話を聞いた限りではデメリットも小さそうだったので、俺は暫定的なものとしてなら彼と行動を共にする事に賛成だった。

 ただし、それは俺個人の考えであり、最低でも春菜・優衣・沙希の意見を聴く必要(まだ詳しい事情は知らないので、ここで出会った女性については除外)があったので彼女達に尋ねる。

「俺は提案を受け入れようと思うんだが、お前達はどうする?」

「あたしも賛成よ。でも、まだ完全に信用した訳じゃないから何かあったら即、別行動を取らせてもらうわ」

 最初に沙希が意見を述べるが、あくまでも条件付だったのが彼女らしかった。そして、今まで静かにしていた春菜と優衣も彼女に続くように意見を述べる。

「行動を共にするだけなら良いわ。ただし、私達の目的は変わらないから、それだけは忘れないで」

「えっと……、短い間かもしれませんが、よろしくお願いしますね」

「そんなに警戒しなくても君達の邪魔はしないさ。で、そちらのお嬢さんは?」

 そう言って目の前に立つ男性は俺達の後ろに居た女性にも声を掛ける。

「助けを求めた私が別行動なんてする訳がないでしょう。だから、一緒に行くわ。ところで、いい加減、あなたの名前ぐらい教えてくれてもいいんじゃない?」

「それは……」

 どうやら彼女も俺達と行動を共にするみたいなのだが、その彼女に名乗るよう求められた男性が何故か答えに詰まっている。そして、それが俺に微かな疑念を抱かせる事となった。

 なぜなら、さっきは『正体を明かせない』と言っていたが、名前を訊かれたぐらいで答えに窮する理由が思い当たらないのだ。それに、もし正体を隠したかったとしても適当な偽名を名乗れば済む(万が一、証拠の提示を求められても『身分証は持ち歩いていない』とでも言えば誤魔化せる)話である。

「だって、いつまでも名無しだと不便だもの。それとも、名前すら秘密にしなきゃならない特別な事情でもあるの?」

 もっとも、そんな風に深く考えていたのは俺だけだったらしく、名前を尋ねた女性は軽い調子で更に言葉を続け、その言葉に春菜たちも小さく頷いていた。すると、少し迷うような仕草をしてから彼が静かに口を開く。

「いや、特に隠すような事情は無いが……。えーと、確か……、トール……。トール伊達……、そう、伊達トオルだ」

「へぇ~、結構、あなたの雰囲気に合った名前じゃない。まあ、それはそれとして、その顔で私より年下って事は無いから呼ぶ時は『伊達さん』でいいわよね」

「あ、ああ、そうだな……」

 これは俺の気のせいだったのかもしれないが、いま考えたような口振りで彼が名乗る。だが、女性の口調や態度に目立った変化は無く、完全に自分のペースで話を進めていた。しかも、今度は俺の方に視線を向けて喋り出した。

「それで、君は私の事、どの程度知ってるの?」

「はぁ?」

 彼女の言っている意味が全く分からず、俺は随分と間抜けな返事を返してしまう。俺の名誉の為にも最初に断っておくが、彼女とは初対面の筈だ。すると、彼女は見るからに呆れた表情で大きく溜息を吐くと、伊達さんへ同じ質問をする。

「ハァ……、そうなんだ……。じゃ、じゃあ、伊達さんなら知ってるわよね?」

「いや、悪いが全く知らない」

「そんな……、嘘でしょう……」

 ところが、彼にも真顔で『知らない』と返され、彼女は大きく肩を落として俯いてしまった。どうやら、彼女は多少なりとも知名度のある人物なのかもしれない。勿論、未だに俺の頭の中には彼女と一致する有名人が出て来ないので、本人が思っている以上に世間一般では知られていないのだろう。

 そして、そんな風に考えている間に立ち直ったのか、再び顔を上げた彼女が頼んでもいないのに自己紹介を始める。

「私は新島明日香。“ASUKA”って芸名で活動してる現役のグラビア・アイドルよ。だから写真集だって今までに2冊は出したし、テレビにもレギュラーで出演してるわ。まあ、ローカル局の深夜番組だけど……」

 最後の方は小声になってしまって微妙に聞き取りづらかったが、そこそこ知名度のある人物だったのは理解できた。そして、同時に俺が初見で感じた外見的特徴にも納得のいく答えが出たし、どうして俺と伊達さんに真っ先に尋ねたのかも分かった。

 もっとも、彼女が期待していたような答えは返ってこなかったので、確実にプライドは傷付いただろう。だからと言う訳でも無いが、俺は今後の事を考えて形だけでもフォローはしておいた。

「まあ、基本的に俺はバラエティ番組やアイドル関連のネットは見ないし、マンガ雑誌や週刊誌も買わないからな。だから、どうしても芸能関係の話題には疎くなるんだ」

「そう言えば、あんたってゲームと戦争にしか興味がないもんね」

「おい、人聞きの悪いこと言うなよな。まあ、当たってるけどさ……」

 折角のフォローも沙希の一言で台無しになる中、伊達さんも静かに理由を述べた。

「実は、つい最近まで海外に居た上に長期滞在だったから、あまり流行とかには詳しくないんだ。期待を裏切ったみたいでスマン」

「別にいいわよ。そんなに気を遣わなくても……。逆に空しくなるだけだから……。それよりも、あなた達の事を教えてくれる?」

「ああ、そうだな。俺は――」

 そう新島さん本人が締め括ったところで新たに出会った2人についての話題は終了となり、彼女に促される格好で俺達が順番に名前を告げて今後に備えるのだった。


 この時の俺は、ある意味で最大のピンチを迎えていた。

「だって、いつまでも名無しだと不便だもの。それとも、名前すら秘密にしなきゃならない特別な事情でもあるの?」

 こうして世間話でもするかのように女性に名前を訊かれた俺は咄嗟に対応できず、次の言葉に詰まってしまう。なにせ、今の俺は記憶を失っていて自分が何者なのかさえ分からないのだ。当然、他人に名乗れるような名前など持ち合わせていない。

 だが、このまま誤魔化せるような雰囲気でも無くなっていたので、さり気なく時間を稼ぎつつ目線だけで周囲の様子を窺いながら使えそうな情報がないか慌てて探した。すると、何故か頭の中に人名らしき単語が急に浮かび、ほぼ同時に『伊達クリニック』と書かれた看板も目に入る。

「いや、特に隠すような事情は無いが……。えーと、確か……、トール……。トール伊達……、そう、伊達トオルだ」

「へぇ~、結構、あなたの雰囲気に合った名前じゃない。まあ、それはそれとして、その顔で私より年下って事は無いから呼ぶ時は『伊達さん』でいいわよね」

 完璧には平静を装えなかった上に即興で名前を作った為、流石に今回は怪しまれるかと思ったが、そんな俺の懸念は幸いにも杞憂に終わる。

「あ、ああ、そうだな……」

 あっさりと受け入れられた事に俺は若干、戸惑いつつもチャンスを逃さないよう彼女に話を合わせる。その結果、どうやら彼女の興味は男子学生へと移ったらしく、その隙に俺は小さく溜息を吐いて気持ちを落ち着けさせてもらった。

 もっとも、この後も記憶喪失の俺には答えるのに困る質問が出たが、それについては長期の海外滞在から帰国したばかりで流行に疎い振りをして疑われるのを回避する。

 ただ、この場で考えた仮初めの名前に俺自身が全く馴染んでいないのと、1つ嘘をつく度に複数の嘘を塗り重ねるような悪循環に陥っているのが大きな不安材料として心に重く圧し掛かっていた。


ようやく主要メンバーが全員揃い、本格的なサバイバルへと突入させる事が出来るようになりました。とは言っても、物語が大きく動くまでには、もう少し時間が掛かりそうです。

なお、次回も今回と同じ6人が中心のエピソードになります。

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