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Stage.1 Survival start②

 幸い、目的地であるバイクショップの前までは生死を問わず、俺達以外に誰とも出会う事なく4人全員が無事に到着できた。

 もっとも、学校を脱出してから此処まで慎重に歩いても10分と掛かっていないので、最初から人と会う確率が低かった部分もある。ただ、付近に人の気配がしなさ過ぎるのだけは気になっていた。

「さて、とりあえず目的の場所には着いた訳だが……」

 まず、外から店の様子を眺めた俺が困惑したように呟く。それに続いて春菜・優衣・沙希も口々に感想を漏らすが、全員が“ある事”に懸念を抱いているのは明らかだった。

「荒らされてる上に妙に静かだけど、本当に大丈夫なの?」

「でも、中に入らないといけないんでしょう?」

「気乗りしないのは分かるけど、こうなった以上は覚悟を決めて行くしかないんじゃない?」

 そう言いつつも彼女達が俺に最終的な決断を下すよう視線で訴えてくる。やはり、どう見ても略奪か襲撃を受けたとしか思えない感じで破壊された痕跡があり、店内の明かりも消えて薄暗くなっている所へ入るのには抵抗があるのだろう。

 それに、人の気配がまるで感じられないとは言え、それだけで中に人が居ないと安易に判断する事は出来ない。

 しかし、店内へ入ってキーやガソリンといったバイクを動かすのに必須となる物を入手しなければバイクは動かず、ここへ来た事自体が完全に無駄となってしまう。だから、俺もリスクを負う覚悟を決めて1つの決断を下す。

「中に入ろう。最初に店内を制圧し、安全を確保した上でキーやガソリンといった物を手に入れてバイクを使えるようにする。そしたら、ここから脱出だ。ただし、何が起きるか分からないから充分に注意し、必ず2人1組で行動するんだ」

「じゃあ、私と優衣がペアね」

 どういう訳か俺が決断した後の春菜の行動は早く、早々に優衣とペアを組んでしまった。なので、こっちは自動的に沙希とペアを組む事となり、まるで『あんたが前に出て頑張れ』と言わんばかりの視線を彼女から向けられる。

 だが、その割りに彼女は手にした金属バットを竹刀のように構えると、俺の近くへと寄って来て直ぐに援護できる態勢を整える。どうやら、この編成でも特に文句は無いみたいだ。そして、なんだかんだ言いつつも、こうして行動を共にしてくれる辺りに彼女本来の性格が表れていた。

「とりあえず、俺達が先に中へ入って安全を確認してくるから、2人は俺が呼ぶまで此処で見張りをしててくれ。それと、可能なら簡単なバリケードを作って入口を塞いでくれると助かる。バイクの準備には多少、時間が掛かるかもしれないからな」

「なら、こっちは任せてくれて大丈夫よ。ちゃんと与えられた役目は果たすから」

「それより、2人の方こそ気を付けてね」

 俺が春菜と優衣に指示を伝えると彼女達は2つ返事で承諾してくれた。ただし、俺自身は沙希から『早くしろ』と急かされる。

「ちょっと、いつまで待たせるつもり?」

「ああ、悪い。直ぐに準備するから、あと少しだけ待ってくれ」

 そう言った俺はリュックの中から急いで懐中電灯を取り出し、それを左手に持って直ぐに使える状態にしてから彼女に向かって小さく頷き、準備が整った事を伝える。そして、今までにないくらいの緊張で心臓の鼓動が極限まで速まる中、ついに店内へと足を踏み入れた。

 だが、店内は不気味な沈黙に包まれたままで誰の気配も感じられない。なので、俺は勇気を振り絞って移動先を見据えると、懐中電灯で暗がりを照らしながら壁際を少しずつ奥へと進んで行く。

「俺は進行方向を警戒するから沙希は側面の警戒を頼む」

「任せなさい」

 俺は彼女に指示を出すと右手のゴルフクラブを強く握り締め、いつでも振り下ろせるようにしておく。ただ、限られたスペースを有効活用しようと店内にも複数のバイクが置いてある所為で見通しがかなり悪く、こういった長物を振り回すのにも向いていない事が少しだけ気懸かりだった。

 そして、個人経営の店なので店内スペースは決して広くない筈だが、この時ばかりは15mにも満たない僅かな距離が500mぐらいに感じられ、想像以上に神経を擦り減らした果てに目的の場所へと辿り着く事となった。

「沙希、バイクを動かすのに必要なものを探しておいてくれ。その間に俺は、そこのドアを封鎖しておくから」

「いちいち指示されなくても、それぐらい分かってるわよ」

 店の奥にあるカウンター(伝票の整理や会計を行う備え付けの長机)へと辿り着いた俺達は、素早く互いの役割を決めて次の作業に取り掛かった。

 当初の目的であるバイク関連の必需品の捜索を彼女に一任し、俺は店内から奥の自宅へと繋がっていると思われるドアの前に椅子やホイール付きのタイヤといった重量物を積み上げて粘着テープで固定して即席のバリケードにする。

 それから最後に、ドアノブを回しながらドアを押したり引いたりして簡単には開かない事も確かめておいた。そして、改めてゴルフクラブと懐中電灯を手にすると、カウンター脇に設置してある棚の中を漁っている彼女に一言だけ声を掛ける。

「念の為、もう1度だけ店内を回ってくる」

「そう。気を付けなさい」

 案の定、彼女は振り向きもせずに素っ気なく答えただけだった。もっとも、そんな反応を返されるのは想定の範囲内だったので、俺も大して気にする事なく自分の役目を果たす方に意識を集中させる。

 そうして今度は最初に店内を移動した時とは反対の壁際を慎重に進み、物陰やバイクの下といった見落としそうな場所や高い位置にある物なども入念に調べながら道路に面した店の正面へと近付いて行く。

 その結果、途中でガソリンやエンジンオイルの入った容器が並べてある可燃物専用らしい棚とバッテリーは発見できたもののキーは見当たらず、特に警戒を要するような出来事にも遭遇しなかった。

 ちなみに、それほど広くない店内をこうして歩き回っているにも関わらず、未だに誰とも遭遇しないのは本当に人が居ないからなのかもしれないが、それでも俺は万が一の可能性を考えて最後まで気を抜かないようにしていた。

「春菜、優衣。そっちは問題ないか?」

 そうして一通り店内の捜索を終えた俺は、最初に与えた指示に従って入口の所で見張りに就いていた2人に声を掛けた。ちなみに、彼女達は店頭に並べてあった商品の原付を数台移動させて即席のバリケードを築いて入口を封鎖し、その背後に陣取って道路の左右を警戒していた。

「ええ、今のところ特に変わった様子は無いわ。それはそうと、あんたの方こそ目的の物は見付かったの?」

「流石に全部という訳じゃないが、とりあえず幾つかは見付けたよ。それで、残りは沙希が探してる」

「そうなんだ……。て言うか、沙希ちゃん1人にして大丈夫なの?」

「当たり前でしょう。それより、見付けたわよ。これで良いのよね?」

 そんな風に俺と春菜が話していると、いつの間にか傍まで来ていた沙希が手にした鍵の束を目線の高さぐらいの所で掲げ、それを俺達に見せつけるようにしながら会話に割って入ってきた。なお、彼女が手にしていたのは間違い無く、ここの商品でもあるバイクのキーだった。

「どうやら、これで全部揃ったみたいだな。そこの棚に燃料やバッテリーなんかはあるから、後はどのバイクを使うかだが――」

「それなら、もう決めてあるわ。あれよ」

 俺が店内を見回しながら話し始めると、それを遮るような形で沙希が声を上げ、やや大型のバイクが並んでいる所を指差した。当然、そこに俺達全員の視線が集中する。

「あれって結構、大きいけど大丈夫なの?」

 横に置いてある他のバイクと比較して明らかに大きい為、優衣が少し不安そうな表情を浮かべて尋ねてくる。しかし、それに対してはバイクを選んだ沙希自身が余裕のある表情を浮かべて説明する。

「問題ないわ。確かに、見た目は大きくて扱い難そうだけど、あれも一応は原付よ。だから、運転方法なんかもそこにあるのと変わらないの。それに、最初から2人乗り用として作られてるから、この人数で行動するには便利でしょう」

「へぇ~、そうだったんだ……」

 まるで暗記している教科書でも読むかのように淡々とした口調で彼女は説明したのだが、優衣の方は素直に感心していた。

 まあ、それは別にどうでも良いとして、沙希の的確な判断を下せるところには助けられてばかりで、いくら感謝しても足りないぐらいだ。だが、そうなると次は必然的に『運転を誰に任せるのか』という話になってくる。

 一応、この2人乗りの原付は2台あるので俺達全員が移動するのに問題は無いが、これを乗りこなせる人間が2人いるかどうかが分からない。

 流石に、こんな状況なので無免許で乗っても構わないのだろうが、それ以前にバイクに乗れなければ宝の持ち腐れだ。ちなみに、俺は二輪だと自転車しか乗った事が無いから、とても扱い切れるとは思えなかった。

「で、これを誰が運転するんだ? 一応、最初に断っておくが、俺は無理だぞ」

「心配しなくても、あんたには初めから期待してないわ」

「ああ、そうかよ」

 あまりにストレートな沙希の物言いに、こっちも思わず語気を強めて言い返してしまう。だが、彼女は気にする素振りさえ見せず、さっきと同じ調子で話を進める。

「1台はあたしが運転するからよ。それで、もう1台なんだけど――」

 ここで彼女は言葉を切り、春菜と優衣を交互に見やる。すると、春菜が覚悟を決めたような表情で言葉を続けた。

「なら、もう1台は私が運転するわ。免許を取ったばかりのペーパーだけど、1度も乗った事がない人よりは信頼できるでしょう」

「そう。じゃあ、これで決まりね」

 そんな感じで、この問題も思ったよりあっさりと片付いてしまった。ただ、春菜と沙希の2人が『バイクに乗れる』と言ったのは少々意外だったので、俺は半ば興味本位で理由を訊いてみた。

「お前ら、いつの間にバイクなんて乗れるようになったんだ? そんな様子なんて、まるで無かったのに……」

「春休みに教習所に通って、そのまま一気に取ったのよ。だって、何かあった時に便利じゃない」

「別に公道を走らなければ免許はいらないんだから、その気になれば何処でだって乗れるわ。ま、あたしの場合はモトクロスの練習場で覚えたんだけどね」

「マジかよ……」

 俺は特に考えもせずに軽い気持ちで訊いたのだが、2人の想像を超える返事に対し、そう呟くのが精一杯だった。そして、やや呆れたような感じでバイクの準備をするよう指示を出そうと思った矢先、今まで会話に参加しないで聞くだけだった優衣が緊張したような声を上げる。

「みんな、ちょっと待って。誰か近付いて来るわよ」

 その瞬間、さっきまでの雰囲気が一変して周囲に流れる空気が張り詰めたものとなり、それぞれに武器を構えて彼女の指し示す方向に目を凝らす。すると、確かに彼女の言う通り、こちらに近付いて来る人影があった。

 ただ、ここから確認できる人数は1人だけで足取りもしっかりとしているので、俺が最初に目撃した敵の特徴とは一致しない。もっとも、だからと言って『敵じゃない』と断言できないのも事実だった。

 なぜなら、極限状態になれば生き残るのに必要な物資を巡って争いが起きたり、他人を犠牲にしてでも生き延びようとしたりする者が現れるのは必然だからだ。

「ねぇ、あれってウチの生徒よね?」

「うん、そうみたいだけど……」

 俺が色々と思考を巡らせていると春菜と優衣の会話が耳に入り、近付いて来ているのは同じ学校の生徒である事が判明する。しかし、彼女達の様子に少し違和感を憶えた俺は条件反射のように、その理由を探そうとする。そして、自分と彼女達との感覚のズレと共に理由に気付いた。

 なにせ、その人物が着ていた制服は返り血かなにかで派手に汚れており、こんな状況でなければ確実に不審者として警察に通報されているレベルだったからだ。

 なお、そんな姿を見ても俺が直ぐに違和感を抱く事がなかったのは、趣味の関係で普通の人は見ないもの(主に実際の戦場や紛争の地で撮られ、そこで起きている生々しい現実を捉えた画像や映像で、不快感を与えるという理由から日本のメディアでは積極的に使われない)を多く見ていて慣れていたからだ。

「つうか、あれって大樹じゃん」

 あまりに見慣れない姿になっていたので気付くのが少し遅れたが、いま注目を集めているのは俺の知り合いでクラスメイトの大樹だった。

 なお、俺が帰宅部なのに映研の部室に自由に出入り出来るよう真っ先に取り計らってくれたのも彼だ。そんな訳で、さっきの一言で俺と近付きつつある人物が知り合いだという事も即座に全員へと伝わり、それぞれに反応を示す。

「なによ、あんたの知り合いじゃない」

「そう言えば、たまに一緒に居るのを見かけるわね」

「でも、智宏君の友達なら少し安心かな」

 沙希・春菜・優衣の順に呟くが、最初にアイツの姿を見つけた時に比べると僅かに彼女達の警戒心が緩んでるようにも思えた。そして、向こうも俺達の存在に気付いたのか、接近するスピードが少しだけ上がった。

「よう、智宏。お前、無事だったんだな」

「当たり前だろう。それより、お前こそ大丈夫なのか? かなり凄い格好になってるぞ」

「ああ、これは別に関係ないさ。俺の血じゃないからな」

 軽く息を切らせながらも俺達の居る場所へと辿り着いた大樹と言葉を交わす。当然、顔見知りで攻撃的な態度も見せていない事から俺達は武器を下ろしていたが、あくまでも即席のバリケードを間に挟んでの会話だった。

「ところで、智宏たちもバイクで街を出るつもりなのか?」

「いや、まだ決めてないんだ」

「じゃあ、俺と一緒に来るか? それとも、他に予定が――ゴホッ、ゴホッ!」

「おいおい、なに急に咳き込んで――」

 普通に話していた途中、いきなり大樹が顔をしかめて大きく咳き込む。それを俺は最初、単に体力が回復してない所為だと思ってからかおうとしたのだが、本当に辛そうな表情をしていた事で少し考えを改め、彼の様子を探るように頭の天辺から爪先までを詳細に観察してみる。

 すると、ある1つの事実に気付いた。初見では強烈なインパクトのある盛大に返り血を浴びた服装のおかげで見落としていたのだが、彼の右腕に真新しい応急処置の痕があったのだ。

「なあ、大樹。1つ訊いて良いか? その腕のケガ、どうしたんだ?」

「ん? ああ、これか? ちょっと逃げる時にやられちまってな……。でも、掠り傷程度だし、どうって事ないさ」

 そう言って彼は視線を逸らしながら乾いた笑いを浮かべるが、何かを隠しているのは直ぐに分かった。俺は決して他人の心情を読むのが得意な方じゃないが、コイツが視線を逸らす時は大抵、なにか後ろめたい事を隠そうとしている時だ。だから、俺は間髪入れずに追及する。

「いい加減、嘘をつく時の癖を見破られてるのを認めろよ。その傷、“人じゃなくなった奴”にやられたんだろう?」

「さ、さあ……、俺には何の事だか……」

 俺が思い切って隠してる事をストレートに指摘してやると、彼は見るからに動揺して口篭る。そして、それと同時に再び場の空気が重苦しいものになった。

 まだ確証は無いが、俺と春菜と優衣の3人は『化け物になった人間に殺られた人間も化け物になる』という事を疑っているし、この雰囲気から察すると沙希も自力で気付いた可能性が高い。その証拠に、沙希に至っては既に武器を構え直しているくらいだ。

「ああ、そう、そうだよ! 逃げる時にゾンビみたいになった奴に捕まって噛まれたんだ。けど、直ぐに振りほどいたし、そんなに痛みも無かったから――」

 俺達4人が放つプレッシャーに根負けしたのか、大樹はムッとしたような表情を浮かべると、少し語気を荒げるような口調で自分が襲われた時の状況と此処へ辿り着くまでの出来事を話してくれた。

 それによると、あの教師の誰か(多分)が殺される生放送が学校中に流れた直後、文字通りパニックになったそうだ。みんな自分が助かりたい一心で好き勝手に行動し、それが更に被害を拡大させてしまったらしい。

 そんな中、たまたまコイツは騒ぎの中心から少し離れた場所に居たおかげでパニックには巻き込まれずに済んだが、最後の最後で脱出ルートの選択を誤って噛まれたらしい。そして、彼の話を一通り聞き終えた頃には、なんとも言えない気持ちが俺の心を支配していた。

「やっぱり、あの時、無理にでもみんなに報せておけば……」

「それは違うと思うな。多分、私達がどうにか出来るレベルを超えてたのよ」

 そんな俺の気持ちを代弁した訳でもないのだろうが、春菜が目を伏せて心底悔しそうに呟き、そんな彼女を優しく抱きしめながら優衣が慰めの言葉を掛けていた。しかし、その間にも大樹の体調は目に見えて悪化していた。

「ショックを受けてるところ悪いんだけど、そろそろ俺も中に入れてくれないか? ちょっと横になって休みたいんだ」

 額に脂汗を浮かべ、苦痛に耐えるような表情になった彼が尋ねてくる。だが、その要求を俺は毅然とした態度で拒否する。

「残念だが、それは出来ない。お前も薄々気付いてるとは思うが、ゾンビみたいな奴になった人間に噛まれた奴も同じ化け物になるんだろう。だったら、近い内に化け物になるお前を中に入れる訳にはいかないんだ。諦めてくれ」

「い、いや、でも……、まだ確実になると決まった訳じゃ――」

「そうならないという保証が無い以上、リスクは冒せない。それに、お前の体調も悪化してるようだし、どうやら時間の問題みたいだな」

「な、なあ、そんなこと言わずに頼むよ。これだって、きっと一時的なもので――」

「ダメだ」

 彼が必死に懇願するように頼んでくるが、それでも俺は絶対に首を縦に振らなかった。それどころか、さらに残酷な言葉を告げる。

「現状、お前が採れる選択肢は2つだ。いま直ぐ此処から立ち去るか、この場で人として死ぬか、好きな方を選べ」

「ちょっと! いくらなんでも、それは――!」

 俺の放った容赦の無い一言が許せなかったのだろう。勢いよく顔を上げた春菜が鋭い目付きで俺を睨み、明らかに怒りの篭った声で何かを叫ぼうとした。しかし、それを遮る形で俺を擁護するような発言をしたのは沙希だった。

「悪いけど、あたしも智宏に賛成よ。このまま此処に居て化け物になったら、どの道、あたし達の手で始末を付けなきゃならないもの。それを考えれば、智宏の発言にも納得できる部分があるわ。ま、誤解を招くような言い方しか出来ないところはコイツに責任があるけどね」

「もしかして、そこまで考えての発言だったの……?」

 すると、さっきまでの怒りの感情は見事なまでに消え去り、この件について春菜が何かを言ってくる事は無くなった。

「それにしても、お前は何で一言多いんだよ……。だけど、フォロー、ありがとな」

「べ、別にアンタの為にフォローした訳じゃないんだから、そんな風に礼を言われる筋合いなんて無いわよ!」

 最後に余計な一言を付け加えられた所為で素直に感謝は出来なかったが、彼女のおかげで話がこじれるのを回避できたのも事実である。だから、一応は礼を言っておいた。だが、彼女は僅かに頬を染めて一気にまくしたてると、そっぽを向いて俺から視線を逸らしてしまった。

「な、なあ……、マジで調子が悪いんだ……。せめて、休ませてくれても――」

 そんな中、やや置いていかれた感のある大樹が改めて懇願するように訴えてきたが、先程よりも黒ずんだ肌で小刻みな痙攣まで繰り返しており、かなり症状が悪化しているのは明らかだった。その為、ここまで来ると、もう誰に訊いても『完全に手遅れだ』としか言えないだろう。

「みんな、下がれ」

「う、うん……」

 流石に、これ以上は危険だと直感で判断して優衣たちを後ろに下がらせる。そして、俺達が固唾を呑んで見守る中、胸を押さえて断末魔の叫び声を上げながら彼は死んだ。

「ぐがああああっ――!」

 本来なら、ここで終わりになるのだろうが、俺達は誰一人として死んだ彼から目を離さなかった。おそらく、ここに居る全員が内心では『2度と起き上がらないで欲しい』と願っているのだろう。しかし、そんな希望的観測は瞬時に打ち砕かれる。

「うう……、おぁあ……」

 低く不気味な唸り声を上げながら、さっき死んだばかりの彼が起き上がる。勿論、まだ死んでいなかったというオチじゃない。なぜなら、その瞳は暗く濁って焦点が合っておらず、だらしなく開いた口からは血と涎の混じったものが零れ、肌も土気色で生きている要素など微塵も見出せなかった。

 そして、映画やゲームでお馴染みとなった両腕を前に突き出すような格好と、ふらふらとした足取りで俺達の方へ向かってこようとしていた。

「うおぉ……、ぉあ……」

「まさか、あの話が本当だったなんて……」

「こんなの、酷い……、酷すぎるよ……」

 眼前で普通の人間が化け物に変貌する様子をまざまざと見せ付けられ、春菜と優衣が青ざめた表情で小さく呟いた。そんな2人に対し、沙希が冷たく突き放すように言葉を投げ掛けるが、拳を強く握り締めているところに彼女の本心が表れているような気がした。

「でも、これが現実よ。生き残りたいなら受け入れなさい」

 だからと言う訳でもないが、そんな彼女達の様子を見た俺は複雑な気持ちで“かつて友達だった者”の姿を静かに見つめる。

 確かに、ついさっきまで普通に話していた知り合いが変わり果てた姿になってしまったのにはショックが大き過ぎて心が折れそうになるが、このまま化け物として現世を永遠に彷徨わせるのも友として見過ごせなかった。

 そして、そんな過酷な状況の中で俺が最終的に下した決断は、せめてもの手向けとして『俺の手で終わらせてやる』ことだった。

「沙希、借りるぞ」

 覚悟を決めた俺は、その決意が鈍らない内に沙希の持っていた金属バットを彼女の返事も聞かずに奪い取るようにして手にすると、ゴルフクラブを床に置いてから最後に大樹を正面から見据えて大きく息を吐いた。

 その直後、俺は無言でバリケード代わりの原付の上へと上がり、見下ろすような格好で彼の頭に狙いを定める。そして、気合を入れるかのように叫ぶと金属バットを大きく振りかぶり、落下の勢いを上乗せするように彼の脳天に金属バットを力の限り叩き付けた。

「くっそおおおおおっ!」

「がっ――」

 俺の振り下ろした金属バットは見事に彼の脳天を直撃し、なんとも言えない独特の感触を伝えてくる。当然、こんな風に人を殴った経験など今までに1度も無かったが、相当に後味の悪いものだった。だが、この一撃で頭を砕くのには成功したらしく、彼が再び動き出す事も呻き声を上げる事も無かった。

「うっ――」

 もっとも、その所為で地面に倒れた彼の頭の部分からはドス黒い血液や脳や脳漿の混じったものが飛び散り、凄惨な光景を作り出していた。

 幸い、うつ伏せに倒れていたので彼の死に顔を直視する事は避けられたし、バリケード代わりの原付のおかげで店内に居る彼女達にも死体を直接見られる事は無かったが、自分の手で友達に止めを刺した衝撃は大きくて思わず胃の内容物を全部吐きそうになった。

 しかし、喉のところまでせり上がってきていた胃液混じりの酸っぱい物体を気合で辛うじて押し返すと、大きく肩で息をしながら気持ちを落ち着ける。

 そして、無言で踵を返すと再び原付を乗り越えて店内へと戻り、バイク用のカバーを取って来て俺が止めを刺した友達の死体に被せ、カバーが風で飛ばされないよう近くにあったプランターで押さえた。

「えっと……、智宏君。その……」

 全てを終えて店内へと戻った俺に最初に声を掛けたのは優衣だった。ただ、こんな結果になってしまったからなのか、見るからに戸惑った表情で俺を見つめるだけで次の言葉が出てこない。

 もっとも、どういった感じで彼女達と接して良いか分からないのは俺も同じだったので、重苦しい沈黙の中で互いに顔を見合わせる格好となってしまう。だが、そんな雰囲気にさえ耐えられなかったのも俺の方で、やや無理があるとは思いつつも沙希に金属バットを返すのを口実にして逃げる。

「えっと……、これを返したいんだけど……」

「あ、う、うん。そうだね……」

 ところが、衝撃的な出来事の連続で動揺して気持ちに余裕の無かった俺は、うっかり彼女に血とか肉片の付いた金属バットを指し示してしまった。

 その為、反射的に俺の動きを目で追った彼女は一瞬、そこにあるものを見て顔を引きつらせて僅かに身を引くような反応をしたが、途中で思い止まって小声で呟きながら小さく頷く。

 まあ、既に死んでいたとは言え、人間の頭を叩き割るのに使用した直後の道具を見せられれば良い気分にはならないだろう。

「悪い……、つい……」

「ううん、智宏君は悪くないから。私の方こそゴメンね」

 その事に気付いた俺は慌てて血の付いた金属バットを体の後ろに隠すようにして彼女に謝ったが、あまりに動揺が酷かったのか、俺の方が逆に気を使われてしまった。なので、結局、気まずい雰囲気のまま沙希の下へと向かう羽目になってしまう。

「えーと、その……、勝手に使って悪かったな……。振り下ろすんだったら、こっちの方が確実だと思ったから――」

 今さっき失敗したばかりだったので沙希に不快な思いをさせないよう慎重に言葉を選ぼうとしたのだが、俺の乏しいコミュニケーション能力では意識してるのがバレバレで、自分でも逆効果だと分かる程に言い訳じみたものだった。そして、またしても相手に気を使われる展開になる。

「元々、武器として使う為に持ってたんだから別にいいわよ。それに、あんたがやらなきゃ、あたしがやってたし――」

「そ、そうか……」

 なんか気を使われるばかりで段々と申し訳なくなってきたが、こんな状況下での対応の仕方など全く見当もつかないので、流されるままに彼女達の優しさに甘えてしまう。しかも、そんな2人に続くように春菜も水の入ったペットボトルを差し出しながら声を掛けてきた。

「どうする? 少し休む?」

 しかし、これ以上は流石に甘えすぎだし時間も勿体無いので、ペットボトルだけ受け取って次の行動の為の話し合いに入った。

 もっとも、本音を言わせて貰えば、なにもかもを放り出して現実から逃げ出したい気分だったが、友達を見捨てて逃げた上に自分の手を汚してまで生き延びると決断した事を曲げたくもなかった。だから、気を抜けば自暴自棄になって無茶な行動に走りそうになる気持ちを必死に抑える。

「いや、それよりも今後の事について話したいから、みんな集まってくれ」

 そう言って全員をカウンターの方へ誘導する。そして、学校から脱出する時に入手した地図を机の上に広げ、他の3人が話を聞く体勢になったのを確認してから口を開く。

「ここを出た後、どこへ向かうかを決める必要があるんだが、それについて全員の意見を聞いておきたいんだ。一応、俺としては自給自足が可能で周囲から隔絶された地域を目指そうと考えてるが、それ以外に意見があるなら聞いておきたい」

「え? 自治体か国が管理してる避難所を目指すんじゃないの?」

「それは、あまり期待しない方が良いかもな。こんな前例のない状況に陥った以上、今までのように無条件で保護してもらえるとは限らないだろう。それに、もし日本中、いや世界中で同じような事態が発生していたらどうなる?」

「まさか、そこまで酷い事には――」

 まず優衣が当然の意見を口にするが、俺はマンガやゲームでよく目にする最悪の展開について話す。ただ、これは限られた情報を基にした俺の推測だったが、何故か可能性から排除するのも危険な気がしていた。そして、ここでも沙希が優衣の言葉を遮って俺の意見に同意を示す。

「そうとも限らないわよ。さっきの状況から見て今回の事態は発症した後の症状が異常な上に、潜伏期間が短くて対処法も無いときてる。しかも、人から人へと容易に感染するタイプだし、被害が広範囲に拡散していてもおかしくないわ」

「じゃあ、避難先で家族と合流するって考えは……」

「残念だけど、それは期待しない方が良いわね。もっとも、それ以前に避難所が開設されてるかどうかさえ怪しいわ……」

 見事なまでに自身の考えを正面から沙希に論破され、ショックを受けた様子の優衣が青い顔で口元を押さえて僅かに震えている。だからなのか、そんな状態の彼女を見かねた春菜が1つの意見を述べる。

「だったら、先に家族と合流してから最終目的地に向かうのはどう? 実は最初に意見を求められた時、そう言おうと思ってたんだ」

「春菜ちゃん……」

 それを彼女がどう受け止めたのかは知らないが、優衣の表情が少しだけ明るくなったように感じられた。そして、これで3人分の意見が一応は出た形となり、ほぼ同時に俺達の視線が沙希に集中する。すると、彼女は意外にも淡々とした調子で自分の意見を述べた。

「あたしとしては智宏の意見に賛成よ。確かに、家族が心配なのは分かるけど、この状況だと自分達の身を守るだけで精一杯だもの。それに、向こうだって多少は考えて行動するだろうし、お互いに探し回って入れ違いになったら悲劇でしょう。だったら、まずは自分達の安全を確保してから改めて対策を練る方が効率的だわ」

「ま、まあ、そうかもしれないけど……」

 ここで春菜は弱気になったのか次第に小声になると、最後には何故か俺に助けを求めるような視線を送ってきた。しかし、沙希の意見は俺と同じなので反対する理由が無いし、それを差し引いても正論なので生半可な事では崩すのは難しいだろう。

 だが、このままでは街からの脱出と家族との合流で意見が分かれてしまい、どちらかに統一しなければ別行動となってしまう。だが、今後の事を踏まえれば流石に別行動は互いにリスクが大きく、可能な限り避けたいところだ。なので俺は、どちらか一方に統一する方向で話を進める。

「このままだと目的が定まらないし、別行動も現状では避けた方が良い。だから、どっちかの意見に統一しないか?」

「いきなり、そんな風に言われても……」

「私の我が儘かもしれないけど、やっぱり家族を探したいな……」

「街から脱出するなら早い方がいいって事ぐらい、分かってるわよね?」

 ところが、肝心の彼女達の反応は芳しくない。やはり、そう簡単に考えは変わらないみたいだ。ちなみに、普段ならコイントスか何かでさっさと決めているところだが、いくら俺でも命に関わる決定をそんな事で決めるほど狂ってはいない。

 そんな訳で、上手くいく方法が無いかと必死で考えていると、ふと何かを思い出したように春菜が声を上げる。

「いま思ったんだけど、移動ルートを工夫すれば途中で家族を探しながらでも智宏の言う場所へ短時間で行けるんじゃない?」

「どういう事だ?」

「えーと、それは――」

 彼女の意見に興味を持った俺が尋ねると、そういう考えに至った経緯を含めて説明を始める。そして、それを簡単に要約すると今現在、この街に家族がいるのは俺以外の全員だが、それぞれの居場所が良い感じに分散しているので少しの回り道で全ての場所に辿り着けるらしい。

 もっとも、その場所に今も家族が確実に居るという保証は無いし、そこへ至るルートが予定通りに使える保証も無いのでリスクはあった。なお、俺のところは3人家族なのだが、3日前から両親は揃って海外旅行に行ってしまったので今は俺1人だ。

「とりあえず、理論上は不可能でも無いのか……。しかし、これでもリスクがなぁ……」

 そんな風に俺が地図を睨みながら春菜の提案した計画を検討していると、どこか諦めた感じのする声で沙希が新たな意見を言ってきた。

「これ以上は時間を無駄にしたくもないし、ここは春菜さんの案でいきましょう。まあ、本音を言えば、あたしだって両親の安否は気になってたところだし……」

「え、いいの?」

「決して悪い案でもないからよ。それに、家族を大切に想うのはいい事なんだし、それを無下に扱う訳にはいかないでしょう」

「ふふ、沙希ちゃんは優しいね。ありがとう」

「だから、お礼なんていらないから! あたしは、ただ現実的な観点から――」

「私からも言わせて。ありがとう、沙希ちゃん」

 どうにも沙希は素直に礼を言われるのに慣れていないのか、またしても取り乱したような態度を取っていた。しかも、今回は春菜に加えて優衣にも言われたものだから、かなり面白い状況になっていた。

 だが、これで俺達の今後の目的が定まった(一種の多数決による決定)のも事実だ。だから、それを強調するように俺は改めて宣言する。

「まずは家族の安否を確認し、それから街を脱出する。異論は無いな?」

 すると、彼女達は全員、決意の篭った瞳で俺を見ると力強く頷いた。それを受け、俺達は沙希の指揮の下、マニュアル片手にバイクの整備作業に取り掛かるのだった。


またしても“お約束な展開”となってしまい、少々物足りないかもしれませんが、これから徐々に面白くなっていくよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

ちなみに、次回はもう1人の重要人物(影の主役?)に焦点を当てたエピソードになる予定です。

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