Prologue
初のオリジナル作品なので、なにかと至らない部分があるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
世界の終焉とは案外、簡単に訪れるものらしい。なので、それまで当たり前のように享受してきた退屈だけど平穏な日常などは一瞬にして崩壊する。
「くそっ! B級ホラー映画じゃあるまいし、なんなんだよ!? これは!」
そう叫んだ彼の眼前には、暴動や内戦などを映したニュース映像で目にするような光景が広がっていた。高台にある高校の校舎の窓から見下ろした街では至る所から黒煙が立ち昇り、爆発音や何かが壊れる音、さらには車のクラクションの音に混じって人々の悲鳴までも木霊していた。
だが、ここは内戦や民族紛争を続けている破綻国家でも無ければ、暴動が頻発する政情不安定な独裁国家でも無い。それどころか、そういった出来事からは最も縁遠いとまで言われている国、つまりは日本である。
そして、なによりも異常なのは、ここへ来るまでに至る所で目撃した人間が人間を生きたまま喰い殺している光景だった。
「やめろ! 来るな、来るんじゃな……、ぎゃああ!」
その時、彼の背後で誰かの絶叫が聞こえ、思わず悲鳴のした方向を振り向いた。しかし、あまりに衝撃的な状況が視界に飛び込んできた為に彼は一瞬、どう反応していいかさえ分からなかった。
なにせ、5m程度しか離れていないような近距離で1人の人間が数人に喰い殺されるのをまともに目撃する事となったからだ。しかも、喰い殺している方の集団の1人には微かに見覚えがあり、それは彼の知り合いだった。
「おい、嘘だよな……」
その為、そう呟いて歩み寄りそうになった。だが、新たな人間の存在に気付いた知り合いが顔を上げて声の主を見上げた途端、まるで彼の足は凍りついたように止まる。なぜなら、その人物は土気色をした肌で片目も失っていた上に服は血まみれだったからだ。
その上、全身の至る所を喰い千切られでもしたのか、ぽっかりと開いた穴からは内臓らしき肉の塊や骨を露出させており、とても生きている人間には見えなかった。
「うぅ……、うぁ……」
おまけに奇妙な低い唸り声を上げ、妙にゆったりとした動作で彼に襲い掛かってくる始末だ。しかも、それに釣られるように他の連中も死体同然の姿で襲い掛かってきた。
「くそったれが!」
寸前のところで正気を取り戻した彼は、そう叫ぶと踵を返し、全速力で“生ける屍”とは反対の方角へと走り出した。
もっとも、逃げる先の事などは全く考えておらず、ただ闇雲に走り出しただけだったので、直ぐに別の“生ける屍”と遭遇する羽目になった。しかも、その度に無計画に逃走ルートを変更する為、状況は悪くなる一方だった。
「くそっ! これだけの数、どっから湧いてきたんだよ!」
そうやって暫く校舎内を走り回った頃、ことごとく逃走先に現れる“生ける屍”への苛立ちを声に出して叫んだ。しかし、そんな事をしても何の意味も無く、またしても別の集団が視界に入ってくる。
「チッ、こっちもダメか」
彼は舌打ちをし、いい加減だるくなってきた足で強引に方向転換をしようとしたが、何かにつまずいて大きくバランスを崩し、そのまま前のめりで盛大に転んでしまった。しかも、その弾みで近くにあった金属製のバケツに腕が当たったらしく、廊下中に派手な音を響かせた。
一応、咄嗟に両腕で顔を庇うようにしたおかげで顔面強打だけは免れるが、転倒した衝撃と痛みで動作が極端に鈍くなる。
「畜生! 誰がこんな場所に――」
転んだ拍子に床に打ち付けた箇所を手でさすりながら彼は、反射的に自分がつまずいた物の正体を確かめようと視線を向けた。だが、それを見た瞬間、強烈な吐き気を憶えて思わず口を手で塞いだ。
「うっ……」
彼がつまずいた物体は“生ける屍”に喰い殺された人間の死体だった。しかも、全身を無残に引き裂かれた体からは赤黒い血にまみれた様々な形状の内臓が飛び出し、床に広がった血の海の中で異臭を放っていた。おまけに、つまずいた弾みで彼自身の足にも血や肉片がこびり付いている。
「くそっ、くそっ、くそっ! なんだって、こんな目に――」
そう叫びかけた彼の目に、またしても信じられない光景が飛び込んでくる。つい先程、彼がつまずいた死体が突然うめき声を上げ、そのまま床を這いずりながら彼に襲い掛かってきたのだ。
「くそっ! 冗談も大概にしろよな!」
悪態をつき、尻餅をついたままの状態で後ずさりして距離を取ろうとするが、そんな姿勢では素早く動く事はできず、一向に距離は開かない。
その為、業を煮やした彼は痛みに耐えつつ急いで体勢を変えて立ち上がり、その場から走って逃げようとした。だが、その途端、またしても何かにぶつかって大きくバランスを崩す。
「チッ、またかよ……。今度は――」
流石に今度は転ばずにぎりぎりで踏み止まれたものの、そこで彼が目にしたのは複数の“生ける屍”だった。しかも、いつの間に集まっていたのか、10体近く居る化物に周りを囲まれて逃走ルートを完全に塞がれている。
「うわぁあああっ!」
彼が思わず叫び声を上げた直後、“生ける屍”が一斉に群がる。
「ぎゃああ……!」
その“生ける屍”達は信じられない程の怪力で彼を押し倒すと、そのまま断末魔の悲鳴をBGM代わりにし、あっという間に喰い殺してしまう。そして、数分後、喰い殺された彼も数多の“生ける屍”の中の1体となった。
まだ始まったばかりなので簡単な状況説明を行うようなエピソードになってしまいましたが、いかがだったでしょうか?
最早、何番煎じか分からないようなテンプレ設定で恐縮ですが、少しでも楽しんでいただけるよう努力しますので、温かい心で末永くお付き合い下さい。
なお、次回より本格的に物語がスタートします。