とおりゃんせ
「とおりゃんせ、とおりゃんせ」
幼い子供の澄んだ声が響く。
「此処は何処の細道じゃ、天神様の細道じゃ」
子供の歌声にあわせて、小さく鈴の音が響く。
「ちょっと通してくだしゃんせ」
とんっ、と軽い足音。
「御用のない人通しゃせぬ」
目の前に降り立ったのは、異形の仮面に顔の半分を隠した子供だった。仮面の奥から、青みがかった黒い瞳が真っ直ぐに見つめている。
私は意を決して口を開く。
「君は、此処の神社の子かい?神主さんには一応連絡したんだけど、私は…」
「ななとせまでは神のうち」
子供はくるり、と私に背を向けて歩きだす。
「行きはよいよい、帰りはこわい」
子供は参道の石段の真ん中を、軽い足取りで登っていく。
「こわいながらも、とおりゃんせ、とおりゃんせ」
神主に尋ねた所、それは神社の子供ではないのだという。
「うちの神社に祭られている神様は子供好きなんですよ」
白髪まじりの頭を少しかいて、神主は懐かしむように続ける。
「ここいらの子は、よく神社の境内で遊んでいたもんです。そうすると時々、何時の間にか一人増えている。恐らく、神様が一緒に遊びたくて紛れ込んでいらっしゃったんでしょう」
それは恐らく、神主が実際に経験した事なのだろう。それにしても、こっそり子供に紛れこむとは、お茶目な神様がいるのものである。
「では、先程の子も神様なんでしょうか」
神主は曖昧な笑みを浮かべて首を振る。
「あなたは、七つ前は神の内、という言葉を知っていますか?」
聞いた事がある。確か、昔は子供の死亡率が高かったので、七つになるまでは戸籍を作らなかった、という話だったか。七つになるまでの子は"異界"に呼ばれやすい、という事でもあったと思う。
「あの子は、七つになる前に神様の所へ行ってしまった子なのですよ」
「それは、つまり…幽霊、という事ですか?」
私が尋ねると、神主は複雑そうな表情を浮かべ、少し迷う様な素振りをした後に口を開く。
「あの子の死体は見つかっておらなんだのです。所謂、神隠し、というやつです。もう、30年以上も前の話ですがね」
「そんなに前の話なんですか」
「ええ。山狩りもあったんですが、変質者の死体しか見つからなんだそうです」
変質者、というのにつっこみを入れるべきだろうか、と私が考えている間に、神主は話を進めていく。
「それで、子供の守り神もしてらっしゃるうちの神様にお伺いを立てた所、その子は神様の所へいってしまったのだ、と。それ以来、ごく稀にああして姿を見せるんですよ。居なくなった時と変わらない姿で」
どうやら、私はレアキャラに遭遇していたらしい。これは運がいいのか悪いのか。どちらとも言い切れないと思う。
「不思議と、自分と同じ年頃の子供の前には姿を見せた事は無いんです。姿を見せて、その子もそちら側に引き込んではいけないと思っているのかもしれません」
神主に話を聞かせてもらった礼をいい、社に参る。この神社の御神体は、龍の形をした白い石像である。ギョロリとした目に愛嬌がある…と言えない事もないだろう。
そして、帰り道の道すがら、私は思い出した。神社の参道の真ん中は、神様の通り道であるので、通ってはいけないのだ。だとすれば、あの子は矢張り神と等しいものなのだろうか。
「とおりゃんせ、とおりゃんせ」
口の中で言葉を転がす。背後で澄んだ鈴の音がした気がした。
特に深い意味はない。