デート翌日
現役サッカー部で、センターバック。
体力には些かの自信がある。
しかし、無限に走れるわけでは当然無い。
背後からは「ぶち殺す」だの「砕く」だの「捻り千切る」だの、物騒な言葉が飛んできた。
『2-A薦田武。清水清羅と熱愛発覚!』
という紙が、何故か朝一番にクラスの黒板に張り出されていた結果、野郎共の目は血走り、女達の目は輝いた。
そして、俺がカバンを投げ捨てて走り出したのを合図に、クラス対俺の追いかけっこが始まった。
廊下を走り、上履きのままグラウンドへと駆け出す。
登校中の人の群れを縫うようにして逆走すると、その後ろを十名近い団体が追いかける。
グラウンドを駆け抜け、体育館裏に差し掛かる辺りで、もう限界が近づいていた。
教室から距離にして1km程度の距離を全力疾走すれば、無理もない話なのだが、如何せんここで止まったら、確実に私刑に遭う。
「こっちだ!」
という声と共に、体育館の裏に続く細道で、茂みの中へと引き入れられた。
俺が細道を直進したと思い込んでいる群集は、その横を嵐のように過ぎ去って行く。
「ハァ……。なんとか撒いたか」
群集が過ぎ去っていくのを確認して、俺を茂みの中に誘導したヒロシゲが、少し汗ばんだ額を拭いながら座り込んだ。
「ったくよぉ。大変だったんだぞ。お前の先回りすんの。普段運動しねぇってのに……」
ぶつくさ言いながら、ヒロシゲは俺に黒板に張ってあった紙切れを渡す。
「さ、逃げんの手伝ってやったんだから、説明くらいしてもらうぞ」
ずいっと俺の顔に近づいてきたヒロシゲは、いつになく真剣な表情だったため、俺は香水臭いのを我慢しながら事の顛末を説明することとなった。
「……俺はな、本当の事を話せと言ったんだよ。聞こえてたか?」
本当の事を話した結果、何故か体が浮くほど力強く胸倉を掴まれていた。
「あの、誰にも、興味なさそうな、クラス長が、どうして、お前に、告白なんだよ!」
ガクガクと俺の体を揺さぶりながら、ヒロシゲが怒鳴る。
「ま、百歩譲って告白したとしよう」
そう言うと、パッと手を離すので、俺は尻餅をついた。
「昨日の屋上での出来事と、その後二人でどっか行ったであろう事を考えると、信憑性はかなりある。っつーか、俺もそんな事じゃねぇかと疑ってた」
尻餅をついている俺に目線をあわせるように、ヒロシゲがしゃがむ。
「でも、どうしてあの女がナイフを持ち出す? おかしいだろ、何かに脅迫でもされてんじゃねぇのか?」
脅迫されたのは俺だと言いたかったが、ヒロシゲの言うことももっともなので、何もいえない。
「……まぁいいや。どちらにせよ、噂は本当で、どっからか漏れちまった可能性がある。というわけだな」
その問いに俺は首を縦に振る。
「じゃあ、情報の漏洩元が気になるとこだな……」
そう言って、顎に手をあててヒロシゲが考え始める。
爆発したかの如くツンツンの金髪に、今時日サロに通ってまで保っている黒い肌、ジャラジャラと音が鳴るほどついている腕輪、指輪、ピアス。
パッと見、どう考えても馬鹿に見えるが、意外とこいつは冷静でキレ者だ。
つまらなそうに腕を組んで教室の隅にいるように見えるが、いつも教室を見回し、観察している。
……たまに、女子を見てスケベな事も考えている。
ヒロシゲ曰く「情報は最大の武器」なのだそうだ。
「お前、昨日あの後誰かに会ったりしたか?」
そんなヒロシゲに問われて、思い出したのはただ一人。
夏輝、だけだった。