棒と球と伏兵
金属音と共に、ボールは大きな弧を描いて飛んでいく。
「見た見た? 私、打てたよ!」
バッターボックスから、金網越しに彼女が笑う。
俺の家から程なく近いバッティングセンターでそんなやり取りをしているころには、もう日も沈みかけていた。
「動物が好き」だとか「数学は苦手」だとか。
あの後、神社で話した内容は、そんな普通のことばかりだった。
告白の時の話や、急に生き死にの話になったのを追求したかったが、どうにも話をはぐらかされるので、途中で諦めることにした。
そうしたら、彼女が突然バッティングセンターに行きたいと言い出すので、それに賛同したらこうなった。
一球打てたからと言って、大はしゃぎで俺に話しかけてくる彼女は、マシンが放った次の球が壁に当たるドスンという大きな音に飛び跳ねて驚いていた。
「こういうところってさ、なんでか知らないけど、ガラの悪そうな人が多いのよね」
運動後のジュースを飲みながら、彼女は言う。
確かに、ちょっと制服を着崩している近所の高校生や、昔はやんちゃしたと思われるおじさま方から、ヒロシゲが混ざっていてもなんら不思議ではないチャラいお兄ちゃん達まで、多種多様な人がいる。
「でも、そういう人たちの見方が変わったわ」
高校生達は、順番を譲り合い、おっさん達は、打ててない人を励ましたり、ジュースを奢ってあげたり、チャラ男たちは、打席内に落ちているボールを片付けたり。
皆ゴミが落ちていよう物なら、近くのゴミ箱に捨てていた。
そんな様子を満足げに見守って、彼女はニコニコと笑う。
「アレ? 武じゃん。何してんの? こんなとこで」
その声に、清水清羅は一瞬で真顔になった。
声の元に顔を向けると、優しげなタレ目に、ニコッと笑った口元から覗く八重歯。前髪を切りそろえた、短い赤みがかったふわふわの癖毛。
清水清羅とは、大分違うベクトルとは言え、非常に可愛らしい女の子が俺に声をかけてきているが、一向に誰か分からない。
「誰?」
真顔のままこちらを向く清水清羅。
「ん? 横の人、まさか彼女さん? いやぁ、武も大人になったね!」
そんな空気を全く読もうともしない、謎の美女。
気が付くと、清水さんが傍らに立てかけてあったバットに手を伸ばそうとしているが、俺はそれを全力で止めるべきなのか、高笑いをする謎の美女に説教するべきなのか……。
どちらにせよ、ロクな展開にならないことだけは目に見えていた。