清羅、その人。2
「そのプリント、後ろに回して」
「音楽? 五時間目だけど」
「別にいいわよ」
本日、俺が知っている限りで清水清羅が男と喋っていたのはその三つだけ。しかも、その時の顔は全て無表情。
いつもこんなもんである。
女子との会話も、ここに一言二言加わり、ごく稀に表情が変わる程度で、基本的に事務的な対応ばかりで、自発的に話しかけたりすることは、あまりない。
成績優秀、眉目秀麗。高飛車そうな態度に見えるが、決して他人を見下すわけでもなく、ただ淡々と努力をし、規律を守る。かといって人に強要しない。その上、事務的とはいえども、人を邪険に扱うところを、先程のヒロシゲ以外に見たことが無い。
そんな彼女だからこそ、人気も博していたし、教師、生徒問わず絶大的な支持を得ていた。
ただし、平凡な一生徒ならば誰もが思う「自分はこの人に近づける身分ではない」と。
彼女を形容するには「孤高」という言葉が近いように誰もが感じていた。
実際、誰とご飯を食べるわけでもなく、誰と一緒に登下校するわけでも無かった。
それを馬鹿にするどころか、その状態が自然であると誰もが思っていた。
「悪いことするのって、なんだかドキドキするね」
だからこそ、今まさに俺の前で悪戯な笑顔を浮かべながらはしゃいでいる彼女は、夢でも見ているんじゃないかと思えるほどに非現実的に思える。
クラス長であることと、今まで培った信頼を盾に「何かしらの緊急の用事」で、清水清羅と俺は学校を出ることに成功した。
何の用事を騙ったのかは知らないが、取り合えず彼女の思い通りになったのは間違いない。
「まだお昼の二時にもなってないなんて……。自由ってこういう事を言うのね」
両手をがっちりと組んで、神に祈るように目を輝かせているこの女性は、先程言ったように、無言で事務的な話しかしない清水クラス長である。
正直、あと二~三時間すれば勝手に放課後はやってくるのだが、それを言うのは野暮と思い、俺は口を噤む。
「よし、到着」
学校から川沿いを歩き、小さな雑木林を少し進んだところにある神社。
その古ぼけた石鳥居の目の前で、彼女はそう言ってこちらを振り返った。
俺が何をするか尋ねようとしたら、その前に彼女が口を開いた。
「聞いて欲しいことがあるの。聞いてくれる?」
急に、少し寂しそうな笑顔を浮かべて、そんな事を聞いてきた。
了解など得なくても、いつでも聞くぞ。と思いながら、俺は頷く。
「もし、今日死んでも、後悔しない?」
……先日の恐怖が、俺の脳裏を過ぎった。