天使、来襲
「昨日――。あたしが転校してきた日の朝。あんな早くから学校で何してたの?」
一気に夏輝の言葉から熱が消え、急激な温度差に身震いしそうな程冷たく言い放つ。
まるで、そこを強調したかったように。
小さい頃とはいえ、長年一緒にいた幼馴染だが、こんな表情するか? と疑問に思うくらい、冷たい表情をしていた。
対する清水清羅は、普段の冷静で無表情な彼女とは違い、夏輝の言葉に明らかに目を泳がせ、動揺していた。
「……ほら、言い返せない」
クスっと悪戯っぽく笑う夏輝は、いつもの柔和な表情に戻っていた。
対して、清水清羅は、何かを恐れるような、少し怯えた表情をしながらも、冷静を保とうとしていたのがありありと見て取れた。
「……はぁ。別に責めてるわけじゃないんだけどさ」
たっぷりと時間を置いた後、夏輝は小さなため息と共に言う。
「あたし、そういう正々堂々としてないのって、大っ嫌いなの」
スポーツをしている時くらいにしか見れない、夏輝の真剣な顔。
こいつは昔からそうだ。反則やラフプレーに厳しい。
野球ではあまり無いかもしれないが、サッカーのような接触する球技では、わざと倒れてファールを貰おうとしたり、審判の目の届かない位置での反則は日常茶飯事だ。
いつだったか、俺がこいつからあまりにもボールが奪えないから、必死になって服を引っ張った事がある。
その時は、こんな表情で真剣に怒られた。
「だけど、今回だけは見逃してあげる」
こうやって、真剣に何かを言ったと思うと、すぐに笑顔に戻るのも、昔から変わらない。
ただ、清水清羅は少しバツの悪そうな表情をしていた。
「お兄ちゃーん、開けてー」
……が、そんな妙な空気を、やたら可愛らしい声が霧消した。
「はいはいありすちゃん、今開けたげるからね~」
いつの間にか入り口まで移動していた夏輝がドアを開けてあげると、小さなお盆にジュースとお菓子を載せて、プルプルと震えながらおぼつかない足取りでありすが入ってきた。
真剣さと不安さの入り混じった視線は、コップの中で踊るジュースに注がれ、いつも抱いている不細工なたぬきのぬいぐるみは、背中におんぶ紐のようなものでくくられて、ありすと共にフルフルと震えていた。
また母に「ありすそのくらいできるもん!」と言って、その手前、完璧に遂行しようと頑張っているのだろうと思うと、我が妹ながら今すぐに抱きしめたい衝動に駆られる。
「はい、どうぞ!」
おぼんをテーブルの上に運び終えて、特に汗もかいていない額を拭うフリをしながら言うありすを、もし俺がこの場に一人だったら190%抱きしめていた。
「ありがとね、ありすちゃん」
ありすが部屋に入ってから、時が止まったかのように静止していた俺達の中で、最初に動いたのは夏輝だった。
「うん! どーいたしました! 夏輝お姉ちゃん!」
目線を合わせるようにしゃがみ、なでなでする夏輝に、ありすはもう懐いているようだった。
……というか、昨日勝手に俺の家にあがっている間に、なにかしらありすを懐かせるような行動を取ったに違いない。
我が家の天使の唯一の欠点「純粋すぎる」が故に、飴一つでどこにでもついて行きそうで、お兄ちゃんは非常に心配です。
「あ、こっちのお姉ちゃんははじめましてだね!」
人見知りをしないが故に、知らない人から飴を貰ってしまわないか、本当に心配だ。
「こんにちは」
さすがの清水清羅も、子供相手にはいつもの仏頂面はでないのか、にこやかに返事をする。
「ありすは、ありすって言うの? お姉ちゃんは?」
「私? 私は、清水……」
清水清羅が言い切る前に、ありすが「あー!」と叫んだ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
嬉しそうな表情をして、どうした、天使よ。
「清水さんがいるよ! 電話! 電話番号聞けるね!」
清水清羅は一瞬怪訝な顔をし、その後、真っ赤になった顔を覆った。
ありすは、これ以上ないドヤ顔で、俺に褒めてもらうのを今か今かと待っている。
……お兄ちゃんは、相変わらず優秀すぎる妹を持ってしまったようだ。