鈴木、号泣
屈強なラガーマン、鈴木は泣いていた。
「なんでラグビーに青春をかけた俺ではなく、こんな何のとりえも無い平凡な男なのだ」と、叫びながら。
男八人がかりでようやく収まった鈴木の暴走すら、まるで眼中にない女性が二名。
「そう。私の彼氏」
呟くようにだが『私の』という部分に力を込めて、清水清羅が言う。
「そうだよね。昨日仲良さそうにしてたもんね」
それを気にも留めずに、夏輝は笑顔で返す。
「でさ、武。早くメール送ってよ。早く」
清水清羅のことなど無かったかのように、ナチュラルに俺に話を振ってくるが、後ろで能面のような表情をしている彼女が怖くてならない。
夏輝は機械が大の苦手なので、多分赤外線とか知らないんだろうな。と思いつつメールを作成する。
「学校での携帯電話の使用は禁止よ」
無表情を顔に貼り付けたまま、清水清羅が俺の携帯を取り上げる。
……今まで携帯で遊んでても、そんなこと一度もしなかったくせに。
「え~。彼女さん、カタいなぁ。ちょっとくらいいいじゃん」
唇を尖らせて反論する夏輝に、清水清羅は何も答えずに席に戻る。
「まぁいいや。お昼は一緒に食べようね」
その一言を聞き、座った瞬間に椅子からまた清水清羅が立ち上がる。
「あと、帰りも一緒に帰ろうよ。知ってる人、いないし」
その言葉に、早足というには早すぎる歩きで、清水清羅が近づいてくる。
「あ、そうだ。久しぶりに武のうちに行きたいな!」
ちなみに、昔からこうやって予定を決めだしたら、俺に決定権は無い。
つまり、夏輝の思い通りにしか動くことが許されないのだ。だから俺は口を真一文字に結んで、その場に突っ立っているだけだ。
「よーし、決定!」
嬉しそうに言う夏輝の肩に、後ろから手が伸びた。
「私も、今日彼と同じ約束してるんだけど……」
「え? そうなの?」
元からまん丸な目をさらに丸くして、夏輝が俺に聞く。
俺も同じようなリアクションをしたかったが、後ろの女が怖すぎて、否定も肯定もせず、薄ら笑いを浮かべるだけだった。
だって、夏輝の誘いを断っても、強引に連れて行かれるので、不可能。
清水清羅の誘いを断ろうとすると、首筋にナイフの感触が蘇る。
ただ、それよりも何よりも、一番恐ろしいのは、このやり取りが行われているのは、教室の隅ということだ。
いつの間にか静まり返った教室では、全員がポカンとした顔でこちらを見ていた。
ただし、鈴木の嗚咽だけは、廊下まで響いていた。