二章 三節
今日も一日は終わった。今日は青年の態度がそっけなかったな。
もう、あたしのこの恋愛に終わりを告げているのかしら。
そう思っていた矢先、青年からメールがきた。
『こんばんは。明日、食事でもしませんか?
●●駅、11時に待っています。』
明日は丁度27日。青年の給料が入ったのであろう。
あたしは了解と送信し、明日の着る服を選んだ。
出会って、初めてのデートです。
だからこの恋愛を楽しもう。最期まで。
翌日、あたしは待ち合わせ場所へ向かった。改札を降りると青年が立っていた。
「すみません。待ちました?」
「いいえ、丁度俺も来たところですから。」
少し安心して、自然とニヤけてしまう。青年はそんなあたしの顔を見て微笑んでくれた。
「どこに行くんですか?」
「それは着いてからのお楽しみです。」
「駅から近いの?」
「うん。」
青年はあたしの半歩前をスタスタと歩いている。あたしは横で歩かなきゃと思ったが、
付き合っている関係でないのでやめた。
「今日の服、…かわいいね。」
突然そんなことを言われたので驚いてしまった。
「えっ?」
「あっ、いや…合コンの時はズボン掃いていたけど、今日はスカートだから。」
「ああ…気分です。今日少し陽気な天候なんで。」
まさか、デートだからとは言えない。
「ここです。」
見上げると、イタリアンレストランでした。
「ここはパスタがおいしいから。」
「そうなんだぁ。」
「パスタが好きとおっしゃっていたので。」
「えっいつ?」
「合コンの時。」
酔っ払うと多少の記憶を忘れてしまうあたしを少し恨んだ。パスタはあまり好きではない。
なんであの時そんなことを言ってしまったのだろう。
中に入ると、洋風な風景でとても落ち着きのある感じでした。
「かつきさんと呼んでもいいですか?」
席に着いて注文を終えて真っ先にそう聞いた。
「ええ。じゃあ俺もかずはさんと呼んでも?」
「はいっ。」
あたしのデートの経験から言うと、ここでだいたいお互いの学生生活とか話が始まる。
なんて言おう。
実は昨日の夜にある程度は考えていたのだが、なかなかそういう話にならない。
それどころか、かつきさんは合コンの時に聞いた内容ばかり話す。
好きな食べ物とか、趣味とか特技やなぜ今の施設に、または工場に入ったのかなど。
まるで会社の面接みたいだ。
「部活は何されてました?」
あたしは思いっきり学生時代触れる内容にあえて切り出した。
かつきさんは少し間を置き
「バレーボールです。」
と、答えました。
「そうなんですか?あたしはピアノが得意なんで吹奏楽部でした。」
「高校も?」
「えっ、ええ。」
嘘。ピアノは得意であるが中学の途中から空手部に入部。高校もそのまま空手部。
「へえ~」
かつきさんはそう言いながら紅茶を一口飲む。
「だから、その、吹奏楽はピアノと違う楽器ですから難しくてなかなかできなかったな~。
指揮もやってみたかったけど、指揮ってすべてのパートをある程度できなきゃいけないから、
なれなかったんだ。」
でね、と言いかけた時かつきさんは飲んでいた紅茶を置いてこう言いだした。
「俺、好きじゃないんだ。」
「えっ?」
「過去の話。聞かされるのも、話すのも。だからさ、違う話しようよ。」
「えっ、あっああ、すみません。でもなぜ?
普通、その初めてのデートの時はこういう話をした方がいいかなと。」
「過去ばかり見ていたら、未来が悲しむだろう?」
その時、時が止まったみたいでした。
「お待たせいたしました、トマトスパゲティーとカルボナーラです。」
ウェイターさんがパスタを運び、会釈をして次の仕事へ行った。
お互いに軽くお辞儀をし、かつきさんはフォークでカルボナーラを食べ始めた。
うれしかった…。何かに許された気分だ。今まであたしの過去を話さなければと思っていたのに、
それを話さなくてもいい?どうして。未来が悲しむ?いい未来なのか分からないのに。
「食べないの?」
「たっ食べる。」
かつきさんにそう言われ、我に返る。あたしは少し動揺してうまくフォークとスプーンを使えなくなった。
一口、一口とパスタを口に運ぶ。
そのパスタは今まで食べた中でとてもおいしくて。
涙がでそうになった。
おいしいと感じるのはここのレストランだから?
かつきさんと一緒に食べているから?
それとも…
「ごちそうさまです。」
あたしはかつきさんにお礼を言った。
「平気だよ。初めてのデートくらいかっこつけさせてよ。」
今まで男性とお付き合いはしたことあるが、全額おごってくれる人はいなかったな。
女性扱いされている。女扱いではなく。
「あの、次電気屋さんに付き合ってくれる?」
「うん。」
「よかった。扇風機ほしくて。アパートにはエアコンしかなくて。」
「そうなんだぁ。」
あたしたちは電気屋さんへ向かった。
電気屋さんに入るとかつきさんは少し早歩きで扇風機が置いてあるコーナーへ向かった。
なんだか、子供が早くゲームがほしくてたまらない様子みたいで笑えた。
真剣に扇風機を選んでいるかつきさんの横顔は、初めてであった時の横顔そのままです。
とてもその目がキレイでイタズラしたくなる。
「かずはちゃん…?」
その声の方に振り返る。そこにはけんたさんがスーツ姿でいた。
「先日はすみません。だいぶお世話になったみたいで。」
「いいえ、平気だよ。一人?」
「あっいえ…」
「あれっ?滝沢!」
「けんたさん!」
けんたさんはかつきさんと二人で話しを始めた。あたしは少し場を離れテレビのコーナーに移動した。
「やっぱ、かずはちゃんに本気なの?」
「けんたさんには関係ないじゃないですか!」
「いや、いいけどさ。早くここを出た方がいいと思うよ。」
「なんで?」
「仕事の打ち合わせで佐々木と一緒にいて、たった今仕事が終わってここにいるわけよ。」
「げっ。佐々木さんもいるの?嫌だな。情報ありがとうございます。」
視線を感じた。ふと見てみると見覚えのある顔。
そうだ。佐々木先輩だ。佐々木先輩がスーツ姿でこちらを見ている。
「久しぶりだな、鳴海。」
「お久しぶりです。」
「うん、やっぱ姉妹だな。顔がキレイになったよ。妹に似て。」
佐々木先輩はそう言うとあたしの肩に手をのっけた。
あたしはそれを振りはらう。
「寄るな。けがらわしい。」
「少し言葉づかいがキレイになったと思いきや、いきなりそれかよ。
そういや、合コンしたんだって?お前の名前を聞いた時はびっくりしたよ。」
「えっ?」
「知らない?お前が合コンした相手、俺の仕事場の作業部のやつらだよ。
けんたさんとそちらの安住さんは仲がよくてね、よく2人で合コンを開くんだよ。
2人の間には何があるかわからないけどね。
お前、結構一部の人に人気があったから話しちゃった。
お前の過去。全部、まあ全部話したのはけんたさんだけだけど。」
ああ、こうやってあたしの恋愛って終わるんだ。だから昨日かつきさんの態度そっけなかったのか。
しかも全部…。
「佐々木先輩、あたしの過去にまだこだわるんですか?」
「お前が嫌いなだけさ。あの時余計なことをしやがって。お前がいなかったら俺は出世街道だったさ。」
「人の妹に何をしたか忘れたとは言わせない。」
「それは裁判で証明されたろ?」
目の前が真っ暗になった。あたしの人生でこの人に勝つ術はないのだろうか。
泣きたくなった。心の芯がボキッという音をたてて折られた気分だ。
「もう二度とあたしの目の前に表せないで。」
「それはわからん。お前もここの近くで働いてるなら。」
あたしは逃げるように去った。
もう見たくない。聞きたくない。
『ごめんなさい。気分が悪くなったので帰ります』
そうかつきさんに送信し、あたしはアパートに帰った。
そしてベッドに顔をふせて大声をあげて泣いた。