一章 三節
「鳴海さん、昨日はお疲れ。」
自己紹介が遅れました。
あたしの名前は 鳴海かずは。
「いえ。」
昨日は如月さんがパニックした後の処理をして、工場で使われる道具を片付けました。
施設長はそこの工場長に謝罪をし、少し大変な出来事でした。
ちなみに施設長は染谷さんです。
「それ、そこ。」
「はい。」
あたしはあの青年と2人で片付けましたが、あれから青年はなんも言わずに淡々と作業をしていました。
青年から汗に匂いと工具の鉄の匂いがしてきた。
その匂いがなぜか今でもハッキリと覚えている。
淡々と作業をしていた青年の横顔はどこかくすぐったくなるような、
なにかイタズラをしてやりたくなるような、
とにかく、その横顔を見ずにはいられなかった。
「おはよ~」
「おはようございます。」
施設長が入ってきました。職員は全員施設長にあいさつをした。
「昨日は大丈夫でした~?」
「工具を片付けてくれたから平気だって、言って下さったよ。」
「心が広い方でよかったですね。」
「なんか、結構行ってたらしいのよ。如月さん。」
「ええ?」
「従業員が車を整備しているところをニコニコしながら見ていて、
それが日課になっていたらしいのよ。
だからその従業員が工場長に話してくれたらしく、話が早く終わった。」
「親切だね~その人。」
…あの青年だ。
あたしは何か心が温かくなる感覚に陥った。
「鳴海!」
「はい?」
仕事が終わり、帰る準備をしているあたしに安住先輩が話だした。
「明日ひま?」
「ひまですが。」
「よしっ」
先輩の後ろに2人の同期、為永と三崎がガッツポーズをした。
「明日合コン参加決定!」
「えっ?合コン?」
「もう決まりだから駅に来てね~。」
「先輩命令だからね。」
「…はい。」
断る理由もない。ただ合コンに参加するだけ。
それ以上のことは望まない。
望んではいけない。
ただの遊びだと割り切るしかない。
夜ごはんの材料を買いにスーパーに寄った。
今日はオムライスにしようと思い、卵を買おうとした。
卵は安売りセールになっていて運よく、一パックだけ余っていた。
「ラッキー」
あたしは卵を手に取ろうとしたが、誰かの手と重なった。
「「すみません!」」
お互いに手を引っ込める。顔を見ると、いつかのあの青年だった。
「あっ、」
青年もあたしに気付いたようだ。
「昨日はお世話になりました。」
「いえ、気にしてませんから。」
「工場長に話してくれたそうで…。」
「ああ、うん。俺の仕事姿をあんなに目を輝かせて見ているからうれしかったんだ。実は。」
少し沈黙が続く。
「あの卵、どうぞ。」
青年が卵をあたしにくれた。
「あっ、すみません。
でも、卵、使わないのですか?」
「大丈夫。」
そういうと、青年は軽く会釈してレジの方へ向かった。
あたしは青年に渡された卵パックを大事に持ち、
レジへ向かった。