一章 二節
「荻原さん。ここの角です。そこではありません。」
「ん~」
この施設ではお菓子を詰めるような箱を一日に何千個も作ります。
荻原さんはこの仕事をして長いのですが、
手をなかなかうまく動かせないので、一箱つくるのに時間がかかります。
「あっ、うまくできたね~」
「えへへ」
あたしがそうほめると、頬を赤くさせうれしそうな顔をする。
ここでが荻原さんのように素直に聞いてくれる人もいれば、
「石田君。まだ作業をします。」
「こらっ、前田さん!集中して。」
「独り言は小さな声で言います。」
なかなか聞いてくれない人もいます。
当たり前です。彼らは皆、『障害』を持っているのですから。
カーンとお昼のチャイムが鳴りました。
すると石田君は勢いよく席を立ち、
「お昼です!」
と言い、作業を中断し、手洗いをしようとしました。
「石田君!作業は終わっていません」
あたしは石田くんの前に立ち、とうせんぼうした。
「お昼です」
「作業が終わったらです」
「お昼です!」
「作業を終わらせないとお昼抜きです!」
あたしがそういうと、石田君はしぶしぶ席に戻りました。
そして独り言を言いながら作業を再開しました。
この仕事は給料も安く大変ですが、嫌いではない。
そうして一日一日が過ぎていくのです。
ある日のことです。
施設の中で一番年配の如月<きさらぎ>さんが行方不明になったのです。
職員全員でいろいろな所を探しまわりました。
如月さんは休憩のとき、いつもミニカーのおもちゃをいじっていたので車が好きという情報しか分りませんでした。
確か、ここの近くに自動車工場があると思いだしました。
「自動車工場に行ってきます!」
「わかった」
あたしは自転車で自動車工場へ向かいました。
あたしは自転車を放り投げ、近くにいた従業員に近づきました。
「すみません。白髪のおじいちゃんが来ませんでしたか?」
「あ~あのじいさんなら、向こうにいるよ。」
あたしはそこへ行きました。
「はぁはぁ」
全力でこいで、走ったので息切れがひどかったですが、顔をあげたら如月さんがニコニコしながら何かを眺めていました。
あたしはそこで安堵し、他の職員に知らせ、如月さんの方へ近づきました。
「如月さん。一人で施設を出てはいけません」
あたしは如月さんの肩に手を置いて叱りました。
すると
「いやああああああ」
と大きな声を発しました。
しまったっ…
如月さんは自閉症という障害を持っており、突然後ろから首などに触れると驚いてしまい、パニックになってしまうのです。
如月さんの障害をすっかり忘れてしまったのです。
「うわあああああ」
パニックになっている如月さんを見守るしかありません。
「楽しそうにしてたのに、それを突然止めたからだよ。」
低い、男の声がしました。
あたしはその声の方へ目を向けました。
そこにはあたしと同じくらいの青年が車を整備していましたが、
少し乱暴に工具を置き、あたしの顔を見ました。
その目はとても澄んでいて、あたしの何かを奪っていきました。