四章 三節
明日は兄さんの命日です。
あたしは風呂からあがり、髪の毛をタオルで拭きながら
引き出しから兄さんの写真をとって見た。
写真の中の兄さんは少しかっこつけた笑顔で笑っていた。
兄さんが自殺をする前日のことはよく覚えています。
一日中暗い部屋にいてアルバムを見ていた。
あたしが お兄ちゃん と声をかけるとこっちに振り向きもせず
‘いつか、この事件が過去になるときにどう生きているんだろ。この先の予想図を描けないや’
そう呟いた。あの頃は兄の気持ちなんてわかんなかったけど。
今は少し分るような気がする。
携帯のメール受信音がしたので、メールを開く。かつきからです。
‘明日も俺ん家に泊まるよね?’
‘明日は用事があるから夜に行くね。’
‘了解。’
明日は黒い服で行く。かつきさんに会ったらビックリされるだろうな。
あたしにもようやく決心がつきました。
翌日、あたしが一人で行ってみると、兄さんの墓前に家族が立っていた。
父さんがあたしに気付き、3人で磨いた。妹の夏菜はそこらへんをウロウロしていた。
一通り掃除が終わると母さんは、兄さんが好きだった草もちをそっと置いた。
「兄さん、あたしは今年で23になりました。兄さんと同い年になりました。
兄さんの思い出を背負って生きていきます。」
あたしは墓前でそう言い、手を合わせた。
「父ちゃんは今年で還暦です。年をとると空しさを感じるようになりました。
夢の中でもいいから会いに来てくれ。」
父さんに続いて母さんも兄さんに語りかける。
「この前幼いころのあんたとそっくりな男の子を見かけました。
とても幸せそうに公園を走っていました。母ちゃんの夢にも会いにきておくれ。」
夏菜は無言のまま手を合わせた。
あたしは家族と別れ、かつきのアパートに向かいながら兄との思いでに浸る。
正直兄との思いでは数少ない。確かに小さい頃はよく遊んでくれたが、兄が高校・大学になるともう家にあまりいなかった。別にさみしくはなかったが、もっと一緒に家でお話ししたり、テレビを見ていたかった。
兄が初めて彼女を家族に紹介したときの顔がとても男らしくて、変な感情になりました。彼女はあたしと夏菜のことをとても親切にしてくれて、幸せな家庭を築いてほしいと心からそう思った。
「かずはちゃん、また喧嘩したの~?」
と、言いながらあたしの切れた唇によく消毒をつけてくれた。とても女性らしくて、あたしもこういう女性になりたいと憧れの存在でもあった。笑顔がとてもきれいで美しくて、女としてうらやましかった。
夏菜のことを本当に理解してくれていたのに、どうして…。
あたしはかつきのアパートの前にいた。一瞬、ひるんだが、右手でインターホンを鳴らす。とても重い右手だった。
「かずは~。」
かつきは笑顔で迎えてくれた。
あんなに親切な人が逃げる。いずれかつきもあたしから逃げるでしょう。
でもその日が来るまでそこらへんの女性と同じような恋愛をしたいから、もうちょっと夢を見させて。
「手料理頑張ったんだ~!」
かつきは少し機嫌がよさそうにご飯を盛った。
「かつきが作ったの?」
「まあね!」
とてもおいしそうなサラダ、カットステーキでした。兄は料理はへたくそでいつも彼女に笑われていたな。
手先はあたしより器用なのだが、料理だけは本当にまずくて、全部食べたことがなかった。
でも、無理やりでも食べればよかった。
「かずはさ、今日墓参りにでも行ってきたの?」
「うん…。」
「誰の?」
…きた。心臓が大きく動く。それはね、と言いたいのだがなかなか言えない。
どうして?
決心したのに。あたしは下を向いた。兄の、あの悲しそうな背中を思い出す。
「お兄ちゃんの…。」
かつきにとっては大した時間ではないが、あたしにとってはとても苦痛な沈黙でとても長く感じた。
かつきは そか と呟いた。
「えっ?知ってたの?」
「聞いたことがあるだけ。合コンの前に。」
「そうなんだ。」
少し安堵する。
しかし、かつきは耳を掻いた。
かつきは嘘をつくとき、必ず耳を掻く。