四章 二節
「春っっ!」
かずははそう言って春の方へと駆け寄った。
「春…。」
中川は呟くように言った。
「なんでお前兄キと仲いいんだよ?」
春は少し怒るようにかずはに聞いた。
「…知らなかっただけよ。」
「当たり前だ。俺が話してない。いとこのことなんて普通話さねーだろ。」
かずはが弱弱しい声で言ったのを遮るように中川が言った。
春はそう言われて中川に対する目つきがきつくなる。
目の前でドラマのような展開についてこれないかつきは蚊帳の外でしたが、その様子を見ていた。
「鳴海ちゃんのヤンチャってそういうレベルか。」
中川はゆっくりと春の方へ向かった。
「中川さん!春は…春もずうっと苦しんでいた。義務教育もろくに通わせてもらえず、
字が読めず、だからケンカだけは強くなろうて努力してきたんだ。。」
「鳴海ちゃん、わかっているつもりだから大丈夫だよ。」
中川はゆっくりと応答した。
そして春と話し出した。
「おじいちゃんの跡はお前が継げよ。俺は親父の跡を継ぐつもりだ。」
「おじいちゃんは俺じゃなくて、兄キの方が跡継いでほしいと思っている。」
「お前の方が喧嘩強いだろ?」
「昔は兄キの方が強かっただろ…。今日はそれを言いに来た。」
「来週じゃダメか?今、彼女とデート中なんだ。」
「わかった。来週の土曜日、駅で待ってる。」
春はそう言うと、かずはに目くばせをし去った。その背中がとても悔しそうで痛まれなかった。
「祖父が元ヤクザでさ。長男の親父はその跡は継がなかっただよね。弟もいたけど、
弟さんは早死しちゃって。まあ祖父の後継者が他にいたし、
心やさしい親父には向かないし。でも俺と春は元ヤクザの祖父をかっこいいと思ってね。」
かつきのアパートで中川がポツポツと話し出した。
「2人で武術を習ってさ、でも、年離れてたし俺の方が強かったけどね。
ある日俺に、俺は祖父と本妻、つまり祖母の孫であるが、春は祖父と愛人の孫であることが知らされたんだ。
つまり、伯父が妾の子だったんだ。その子供だから、春はあの日から差別され続けてきたんだ。
本当、いきなりだよ?当然、戸惑うわな。祖父は俺に跡を継がせてもらいたかったんだろうな。
でも俺はそんな祖父を嫌いになってさ。
さっき鳴海ちゃんが言ってた通り、春は字が読めないし書けない。
だから中学からほとんど学校に行ってなくてね。
ある日、事件が起きたんだ。春が3人半殺ししたって。意識不明の重体でさ、
しかも相手は警視庁の息子。そのほかに万引きで補導されるなど、それで俺は大学推薦もらえなくなって。
まぁ、俺、頭悪いから大学行っても苦労するだけだと思ったけど。
あの日から高校で周りの目が痛かったな。だから俺は二度と喧嘩しないって誓ったんだ。
そしたら春と俺はいとこだけど、やっぱり違うって思われるし。
本当、アイツのせいで俺の高校生活ブチ壊しだよ。」
三崎とかつきは黙っていた。しかしかずはだけは黙らずにはいられなかった。
「なんで半殺しにしたのか理由は聞いてないの?
だとしたら、中川さん冷たいよ。春と中川さんを差別していた祖父が嫌い?
だとしたら、中川さんも差別してるじゃない。」
かずはにそう言われ、中川は目を丸くした。しかしすぐにまた悲しい顔をした。
そして そうだな と呟いた。
ベッドには三崎、かずはが寝ていた。
かつきと中川は2人で缶ビールを飲みながら話していた。
「誰にだって過去はある。」
「ん?」
いきなり中川が言いだした。
「お前と俺が研修の時に酔っ払って言っていた言葉だよ。」
「なんだよ。」
「本当、そんだよな~。」
かつきは中川の話しを聞いて、ますますかずはの過去について知りたくなった。
おそるおそる、中川に聞いてみた。
「なあ、俺はそんなこと言っていたんだけど、やっぱかずはの過去について知りたいんだよね。」
「…彼女も半殺ししたって聞いたから、鳴海ちゃんもかかわってるだろうね。春と。」
「やっぱ?」
「…理由なんて聞かなかったからな~俺も。」
缶ビールを片手に持ったまま背伸びをした中川。
「俺の過去は話したのによ~、かずはは話してくれないのかよ。」
「大丈夫だよ。そのうち言いたくなるさ。俺も言いたくてみんなに言ったんだから。」
「それもそうだ。」
2人は再び缶ビールでコツンと乾杯をし、ゴクッと音を鳴らして飲んだ。