三章 三節
「かずは…鳴海かずはって言うの?」
長沼先生にそう言われ、そうですが、と答える。
かつきさんは花束を持ったままあたしに近づく。
長沼先生はうなずきながらかつきさんの所へ行く。
「何してる?なつみの部屋はそこだ。」
「彼女と少し話すだけだ。」
かつきさんがゆっくりとあたしの方に近づく。
「どうしてここに?」
「仕事よ。」
「そうか。」
かつきさんはそう言うと、なつみさんの部屋に入って行った。
安住さんは何か確信した顔で長沼先生を見た。
「何か?」
長沼が安住に尋ねる。
「人さまの恋愛事情なんてどうでもいいが、過去の恋をそうやって引きずるのやめたら?」
「それが彼女の喜びでもあるとしたら?」
「だったらその感情は喜びではない。」
「分らなくなるんですよ、医者としてこれが正しい判断なのか。
一応私だってメディカルチームと話しあいながらしていますから、その辺はご安心ください。
そういえば安住さん、そういえば医局長がお会いしたいと言っていました。」
「スカウトなら断ったけど?」
「そうおっしゃらずに。」
それを聞いて驚きました。病院にスカウトされるなんて。
あたしの反応に長沼先生が気付き、
「ああ、か…彼女、昔メディカルカウンセラーでしてね。」
とあたしに説明した。だからテストもあんなに自然にできていたのかと納得した。
「わかった。じゃあ鳴海。あなたなつみさんと話していけば?
あたしはまだここにいるから。」
「えっ?あたしお邪魔虫でしょ?」
「ぜひ、お話してください。その方が私も助かります。」
2人にそう促され、あたしはしぶしぶなつみさんの部屋に入る。
「かっちゃん、面白いわ。」
「だいぶ笑えるようになったな。」
なつみさんが少し微笑んでいました。
楽しそうな2人でした。
「なつみさん。コーヒーがお好きと聞いたので、コーヒー持ってきました。
かつきさんも飲みます?」
「あっ…はい。」
あたしはなつみさんの好きなものを持参してきたので、コーヒーを入れようとしました。
「うれしい、でもかっちゃんコーヒー嫌いだからかっちゃんの分は結構よ。」
「えっ?」
あたしは初耳でした。かつきさんがコーヒー嫌いなんて。
今までずうっとコーヒーを入れてきたので、それを嫌な思いをして飲んでいたなんて。
「もう、飲めるようになった。」
「あら、でもおなかすぐ壊すじゃない。」
かつきさんとなつみさんの会話を聞いて確かにと思った。
かつきさんはコーヒーを飲むたびにトイレに行っていました。
「わかりました。ではなつみさんとあたしの分入れますね。」
「鳴海さんもコーヒーお好きなの?」
「ええ。」
「どうして鳴海さんはこういう仕事をしようとしたのですか?」
「あっ、普段は障害施設にいるんです。」
「あっ、そうなんですか~。」
「妹が発達障害でして、その影響もあります。」
「素敵ですね。」
「いいえ、人様にほめられるような人生じゃありません。」
「それは私もよ。」
2人でゆっくりコーヒーを飲みました。
ズズっという音が室内に響き渡りました。
「へー合コンで知り合ったのですか。」
そのあと、安住さんとあたし、かつきさんと長沼先生で居酒屋で飲むことになりました。
そこでかつきさんとあたしがなぜ知り合いなのか、長沼先生に話しました。
「いいな~。俺も合コンしたいな。」
「長沼先生はそんなことしなくてもモテますでしょうに。」
安住さんがそう言いますが いえいえ全くと答えビールを飲む。
「縁談の話ししかありません。」
「やっぱり。」
「えっ?」
あたしがそう言うと、長沼先生は少し驚いた顔であたしを見た。
あたしも無言で えっ?という顔をした。
「あっ、いえ。私の気持ちがわかってくれるなんて。」
長沼先生はそう言い再びビールを飲んだ。
「トイレ」
かつきさんはそう言うと席を離れた。
「俺も。」
長沼先生も席を離れた。
かつきと長沼は2人でトイレに向かった。
「長沼ぁ、かずはさんに話したの?」
「まあね、まさか知り合いだとは思わなかった。」
「…今喧嘩中だけど。」
「でも、お前の名前は言っていない。」
「あとは俺が話す。」
「そうだな。…好きなんだろ?彼女のこと。」
「…一応付き合ってる。」
「へえー。彼女の妹のこと知ってる?」
「障害持っていること?」
「ああ。」
「それが?」
「ってことは彼女も遊びかよ。」
「ちげーから!」
「じゃあもっと真剣に考えろよ!
なつみの二の舞になるぞ。」
長沼はそう言うと、にらみつけるようにかつきの顔を見た。
そしてかつきの耳元で 勝ったと呟いた。
かつきは思わず自分の股間を早くしまおうとした。
一方、あたしと安住さんはあまりにもおいしい焼酎だったのでたくさん飲みました。
「鳴海っ、お前に聞きたいことがあ~る!」
「なあんですかぁ?」
「何回補導されたぁ?」
「ヤンチャしてたとはいえ、補導されたことは3回しかないも~ん。」
「なぁんだ。」
「「ぎゃはははっ」」
「安住さん、あたしも聞きたいことがあ~る」
「なあんだい?」
「トイレする時どっちに入るんですか~?」
安住はそう聞かれ、持っていたコップを置く。
「気付いてた?私が男だって。」
「勘ですけどね。空手の相手は男でしたので。」
「なるほど。ねぇ手術した方がいいかな?」
「でも、手術は金もかかるし副作用がすごいって聞きますよ。」
「そうなんだよねー。私顔キレイだからいいかな。」
「イケますよー!」
「じゃあっ私、この後ホストに行ってきます!」
「えええええっ」
そこでやっとかつきさんと長沼さんが帰ってきた。
「うわ、酔っ払ってる。」
「またかよ。」
「なんだよ!タバコとコーヒー嫌いなら初めに言ってくれない男。」
かつきさんは一瞬ひるんだが、あたしを介抱しようとしたのか、あたしに手を貸そうとしたので、
「自分で歩ける!!」
と言い、その手を振り払った。
「かつき、俺は安住さんをホストに置くから、かずはちゃんのこと頼む。」
「ああ、ってホスト!?まじで?」
そうして安住さんはホストへ、あたしはかつきさんに家まで送ってもらいました。