二章 七節
時計を見ると深夜2時でした。
明日は日曜日でしたので無駄に時計に邪魔されずにかつきさんと2人でいられる。
横を見るとかつきさんが口を開けたまま寝ている。
その口がかわいくて思わずキスをしてしまった。
あの時、「かずは…。」
そう言いながらあたしを抱いてくれたかつきさんの声が今でも脳裏に染みついている。
あたしもそうであるが、かつきさんも必ずあたしのことをさんづけしてくれる。
あたしの方が一つ下だから呼び捨てでもいいのに。
ふと、テーブルを見るとサイフが置いてあった。
まさか為永からもらったゴムが活躍してくれるとはね、と思い少し笑えた。
「眠れない?」
後ろからかつきさんにそう聞かれ、思わず苦笑いをする。
「今起きた所なの。」
あたしはそう言い、ふかく布団にもぐった。
「まさか、同僚からもらったゴムが役立つとはおもってなくて。」
「俺も助かっちゃったよ。」
お互いに微笑み合う。そしてあたしは部屋の天井を見ながら話し出した。
「大学の時にね、一人暮らししている男の部屋で飲んだことがあったの。
女はあたしともう一人いて、男は3人いて。
酔った勢いでみんなでヤろうっていう話になって。
あたし、その時普通なら取れる単位を落としちゃってやけ酒しちゃって気持ち悪くなって、
寝てたんだ。目を開けたら、友達が男3人とヤっててさ。
その光景と匂いで余計気持ち悪くなっちゃって。でもあたしも世間知らずだったよ。
大学生ならそういうことになってもおかしくないのにね。」
「そうだったのか。それで…。」
「だから、そんな大したことないんだ。あたしがされてきたことなんて。」
かつきさんは黙ってあたしのことをきつく抱きしめる。
男の人ってこんなに肩幅が広くて暖かいんだ。
あたしはハムスターみたいに丸くなった。
「いててて…。」
かつきは仕事中に腰に痛みを感じた。
「なんだよ?昨日がんばっちゃったのか?」
「まだ相手がいないだろ?」
「風俗でか?」
「嘘?俺も昨日行ったよ!」
中川と小林にそうちゃかされたが、かつきはそのまま作業しようとした。
しかし、彼女のことについて相談してもらったので一応報告してみる。
「ヤった…。」
「いや、知ってるよ。」
「…彼女と。」
「「えっ?」」
「かずはさんと。」
「「まじでぇ?」」
「よかったじゃねえか!」
「てことは、泊まったの?」
「土曜日にな。」
「まさか2日間連チャンでヤったの?」
かつきはしまったと思いつつも、ゆっくりとうなずく。
「「おおおお~」」
「元気だな~」
かつきの色白い顔がだんだんと赤くなってゆく。
「コラー!ちゃんとしろ。」
「はーい」
部長に怒られ、作業をすすめる3人。
かつきはいつも通りに整備の仕事をする。そしていつもの時間に如月さんが来る。
そしてその次にかずはが来る。
かずはが会釈するが、かつきは一昨日と昨日のことを思い出し、目を合わせられなかった。
その様子をけんたが上から見ていた。
バイブの音が鳴った。安住からのメールであった。
‘今から飲もう?’
けんたはいいよ と送信した。
「悪いね。」
安住とけんたは居酒屋へ行った。
安住がそう言って、2人は乾杯をした。
「あの2人、関係持ったのかな?」
けんたの質問に安住はうんと答える。
「やっぱり?」
けんたは小さなため息はついた。
「何よ~そんなに鳴海のこと嫌?」
「お前知ってるか?かずはちゃんのこと。」
「知ってるわよ。室長が紹介したんだから。」
「ぶっちゃけ聞いてどうだった?」
「かわいそうだった。同情しちゃうわ。」
「はっ?お前が?なんで?」
「…あんた勘違いしてない?」
「えっ?」
「鳴海には障害を持っている妹がいるの。
その妹が襲われたのよ。」
けんたは目を丸くして聞いた。飲もうとしたビールも飲まずにはいられなかった。
「だから鳴海はそいつらを半殺しにしたのよ。でもその妹、子を宿しちゃって。
鳴海には年の離れた兄がいてね、その兄の婚約者が妹の事件を知ったとたん、婚約破棄してさ。
兄はショックを受けて自殺。でも結局赤ん坊は流産しちゃって。
妹、当時13歳だったのも。そりゃあ流産するわな。」
「なんで兄の婚約者、婚約破棄なんて。」
「やっぱり結婚する人の兄妹が障害を持っていると、大変じゃん?おまけに子供も宿して。
その子供の面倒も結局は見るハメになると思うし。」
「兄きが親と一緒に暮さなければいいじゃねえか?」
「その親が突然亡くなったら、あなたどうする?」
けんたは何も言えなくなった。
安住はそんなけんたを見て、ため息をつきながらタバコを吸う。
けんたは佐々木には 俺の友達半殺しされて、鳴海の妹は障害を持っているから未来の旦那はかわいそう としか聞かされていなかった。
しかし、安住に事実を聞かれ己の愚かさを恨むばかりであった。
「けんたは人がよすぎるよ。でもそんなけんたが好き。」
「それは告白?」
「あなたが私のことを 女 と認識してくれたら。」
けんたはそう言われ黙った。
「うそうそ。いまさら無理だってこと分ってる。
今日はなんかけんたと飲みたい気分になっちゃって。じゃあまたね。」
けんたはアパートに帰るとお茶を一気飲みした。そして小・中・高のアルバムを順に見た。
小学生のアルバムには、幼いころのけんたとその隣にはかわいい顔をした男の子が写っていた。
中学生のアルバムには、少し成長したけんたとその隣にはキレイな顔をした男の子が写っていた。
そして高校生のアルバムには今とあまり変わらないけんたと、女の顔をした安住が写っていた。
「今まで親友だと思っていたんだ。いくらお前が女よりキレイだからって、無理だわ。」
けんたは昔の写真に向かってそうつぶやいた。