二章 六節
「どうしたの?」
あたしは驚いてそう聞いた。
「道路冠水してて、車で帰れなくて。」
「本当に?あがって!」
あたしはタオルを急いでかつきさんに渡した。
かつきさんは ども と言い、タオルでまずは髪の毛を拭いた。
そして上着を脱ぎ、上半身裸でタオルでおなかを拭き始めた。
一瞬、かつきさんのきれいな背中に見とれてしまったが、我に返り温かい飲み物を用意する。
「コーヒーでいい?」
「うん。」
あたしはコーヒーをかつきさんに渡し、かつきさんが脱いだ上着を洗濯機に入れる。
「代わりにこれ着て。」
少し大きめのロングティーシャツをかつきさんに渡した。
「ありがと。」
かつきさんは飲んでいたコーヒーを置いて着替えた。
そしてまたコーヒーを飲む。
チラッとかつきさんを見てみる。
タオルを肩にかけ、少し濡れている髪の毛が妙に色っぽくて。
背中をふいてなかったのか、ティーシャツの背中の部分が少し濡れている。
ときどき あち と言いながらコーヒーを飲む、かつきさんの姿をじーっと見て、好きという感情がおさまらなくなった。
あたしは気を紛らすためにテレビをつけた。
テレビは今日の豪雨についてのニュースが流れた。ニュースによるとまだ豪雨が続くそうです。
ピカッという光を放ち、そのあとにゴロゴロという雷の音にかつきさんは
「うわっ!」
と声をあげた。
「かずはさん雷怖くないの?」
「そこまでは。」
「そうなの?俺かっこ悪っ。」
かつきさんの弱点を知ることができました。
‘この豪雨の後に台風が接近しております’
ニュースキャスターの言葉にかつきは まじかよ と呟く。
「しばらくは外出れないね。」
あたしがそう言うと、かつきさんは ああ と言ってあたしから目線をそらす。
そこからあたしも変な緊張をしてきて、その緊張をごまかすために今日買った服をクローゼットの中に閉まった。
しかし、そんな作業すぐ終わる。
あたしは料理をしようと思い、夜ごはんを作ろうと思った。
「夜ごはん、食べてく?」
「うっ、うん、ありがとう。」
かつきさんはテレビに釘付け状態です。
やばい、余計変な緊張をしてきた。
そのせいかいつもより気合を入れて料理をした。
「料理得意なの?」
あたしはできた料理を運んでいるときに、かつきさんにそう聞かれ
普通かな と答える。
「凄いね。煮物にさばの塩焼きにおしんこ。」
「気合入れたからかな。」
「「いただきます」」
かつきさんは笑顔でおいしいと言いながら食べてくれました。
その笑顔であたしはおなかいっぱいになります。
「皿洗い、手伝うよ。」
あたしが皿を洗っていると、かつきさんも一緒に皿を洗ってくれました。
だんだんあたしの裾が落ちてきたので、かつきさんがあたしの後ろから裾をまくってくれました。
あたしは後ろを向いて ありがとうとお礼を言った。
その時に顔が近いということに気付き、かたまってしまった。
ふいに目線を落とすとかつきさんの唇が目に入った。
静かにかつ自然に重なり合う唇。雨の音が少しうるさく聞こえる。雷の音もあったがまったく雑音にしか聞こえない。
何分たったのであろうか。
それほど長いキスは生まれて初めてである。
「ごめん!」
かつきさんはいきなり謝り、テレビの方へ向かった。
何がごめんなの?
心臓がキューと動くのがわかった。
とてもせつなくて、なんだか表現しずらい。
あたしは皿洗いを終え、テレビを見た。
まだ雨が降っていて、ある地では床下浸水という被害が出ているらしい。
「やっぱり帰れないかな。」
かつきさんがそうぼやいた。
「うん。」
あたしもぼやくように言った。
長い沈黙が続く。
しかしそれを破ったのはかつきさんからだ。
「かずはさん!」
「はいっ?」
「いいだろう?」
かつきさんにそう抱きつかれ、そして押し倒され動揺するあたし。
どうしよう。
いきなりかつきさんにキスされ、なぜか知らないけど急に怖くなってしまい、
「いっいやあぁっ!」
と叫んでしまった。
ヨロッとかつきさんはがっかりした表情で立ちあがった。
「あっその…。」
あたしもなぜあんなに拒否したのか分らなかった。
「もしかして、佐々木に襲われたのか?」
「はぁ?」
かつきさんはあたしの目も合わさず、勝手なことを話し出した。
「もしかして、中学の時佐々木とつるんでて、そして無理やり襲われて…。
だから男の人の家に行くのに絶対に拒否して…。」
「ちっ違う!佐々木は違う!」
「じゃあどうして?けんたさん家に行くのもあんなに拒否って。」
「…やっぱり過去を気にするのね。」
「そういう訳じゃ…。」
やっぱり言った方がいいよね?
「はっ…」
「はっ?」
「初めてなの!!!!」
「えっ?」
かつきさんはやっとあたしの眼を見てくれた。
「そういうことするの。」
「…本当に?」
コクッとうなずく。
「なあんだ…。俺はてっきり。」
「だから…。怖くしないで?」
かつきさんは再びあたしを抱きしめた。
「俺でいいの?」
「うん…。」
また長いキスをした。
「他にどう思っていたの?」
あたしは面白半分に聞いてみた。
するとかつきさんは手をあたしの頭をなでながら
「夜は長いんだ。」
と耳元でそうつぶやいた。