08、DSドライブ
『巡航速度に到達。発進時規制を解除します。お疲れ様でした』
五Gの加速が三十分ほど続いた後にクリスがそう宣言したと同時に、ふっと身体が軽くなってクルーの表情が和らいだ。
「ちぇっ、もう終わりかよ」
カールは物足りなくて不満だとばかりに呟いた。
『惑星シビタス付近まではクリスが航行を制御しますが、通常の船内業務の遂行は可能です。カールとサンドラにはいつも通りにワッチを交代でお願いします』
「了解」
「分かったわ」
カールとカサンドラはクリスに返事をした。
「俺からのシフトでいいかい?」
「頼むわ、カール。予備のレギュレータの調子がイマイチなので点検したいしね」
「了解」
コンビを組んで長い二人は、阿吽の呼吸でシフトを決めて自分の仕事に就いた。
『他のクルーの方々は、それぞれの任務へどうぞ』
立ち上がったダリウスとリン女史は顔を見合わせた。
「いつもながら、この三十分が堪えるよ」
「あたくしは、まだまだ大丈夫ですけど」
「おや、そうでしたか。では、くつろぎのカフェオレは不必要ですな」
「それとこれは、話が別ですわ」
そんな話をしながら、二人はフライトデッキを後にした。
キャプテンのカルバートはグレッグとヨニに話し掛けた。
「グレッグ、船内は不案内だろう。ヨニ、すまないがグレッグに船内を案内してやってくれ」
「分かりました」
ヨニは、カルバートとグレッグに微笑んだ。
「それからグレッグにブリーフィングのレクチャーも頼めるかね、ヨニ?」
ヨニは首を傾げた。
「それはキャプテンからレクチャーされた方がいいのでは?」
カルバートは急に歯切れが悪くなった。
「いや、それはそうなんだが……。私はちょっと忙しくてな、すまないが頼まれてくれないか」
カルバートの言動に、グレッグは思わず苦笑した。
「キャプテンがそうおっしゃるのなら」
ヨニはにこりと微笑んだ。
「それじゃあ、グレッグさん。キャビンのラウンジでレクチャーしましょう」
グレッグは直立不動で立ち上がり、礼儀正しくお辞儀をした。
「お世話をお掛けますっ! よろしくお願いしますっ!」
その時代遅れの行動に、フライトデッキにいたカールとカサンドラは大声で笑い、カルバートとヨニは笑いを噛み殺していた。
DSエンジン、ディメンションストリングスエンジンは、スーパーストリングス理論の次元メソッドの解法を応用した外燃機関で、船体の表面で出力を発生するフィールド型エンジンである。船体の表面材は、シリコンを基材としてチタン、銀、金、マグネシウム、アルミニウム、ニッケル、イリジウムなどを特殊積層蒸着し、二つ穴構造のトポロジックセオリーで積層されていて、その構造に電気エネルギーではなく、直接エネルギーウェーブをカーボンナノチューブで流し込む仕組みになっている。エネルギーウェーブがチタン、銀、金、マグネシウム、アルミニウム、ニッケル、イリジウムなどの金属を過振動の状態にし、特殊積層された構造体が、それぞれの物質固有のコヒーレントな励起状態を作り出す。それらの励起状態を集束した更なるコヒーレントな励起が、時空の次元に作用して「真空」と呼ばれる超越空間を発生させることによって次元の断層を波のように作り出し、あたかもその波でサーフィンをするように宇宙船が次元断層を滑っていくのである。
このDSエンジンの開発によって、グラビティエンジンを用いた時空空間偏向航法による、差し渡し数千光年だった既知範囲が、その直径が十三万光年の天の川銀河全体へと広がったのである。
グラビティエンジンでどうしても克服できなかったのは、時間の推移を制御できなかったことだ。相対理論の光速度一定の原理で、速度の速い宇宙船の船内では、時間の進み具合が遅くなる。そのために『ウラシマ効果』を無視できなかった。発進した惑星に戻って来た時には、その惑星に自分たちを知るものが居なくなっていたことは往々にして起こることだった。そのために「リレーションズ」という機構まで設けてその是正に腐心したものだった。
更に、グラビティエンジンには二つのウィークポイントがある。質量の大きい星系では重力波が干渉して星域内では高速ジャンプが出来ないし、また星間長距離をジャンプするには、星間の見通しを考慮しなければならない。しかし、DSエンジンは、どんな星域内でも短距離のドライブが可能で、超跳躍中も瞬間的に元の四次元時空を飛行するので、その際の観測データを基にして星や星雲を避けて進むことが出来るので、コースの変更が可能である。
そんなDSエンジンにもウィークポイントはある。DSエンジン用に供給する「エネルギーウェーブ」のエネルギー変換チャンバーの効率が悪く、現在の技術では、エンジンよりもチャンバーの方が積載率が高くて効率が悪くなっているのが現状だった。
だが、DSエンジンはいったん起動して安定巡航飛行に移行すれば、船内は通常の行動が可能である。先ほど述べた通り、瞬間的に四次元時空を通過するので、外の風景を見ることも観測することも出来るのだ。
そして、異なる次元を通過する時の時間はそれぞれの次元で経過するため、我々の四次元時空での経過時間しか計測されない。そのため、船内の時間経過も元の四次元時空での経過時間のみカウントされるので、ウラシマ効果をほぼ無視出来るという訳だ。
「グレッグさんは、軍人さんだからDSエンジンのレクチャーは不必要ですよね?」
ヨニはブリーフィング・ファイルを眺めながら、グレッグをチラリと見て言った。
「えぇ、まぁ。うろ覚えですけどね」
グレッグは頭をかきながら、照れ臭そうに答えた。
「くすっ」
グレッグのその様子を見て笑った。
「それじゃ、今回のTSS、第三次補給支援隊の概要ならびに目的、そして任務内容についてレクチャーしますね」
「よろしくお願いします」
グレッグは、大昔に勤勉で有名だったニホンジンのように、また頭を深く下げたのだった。