06、密談
グレッグは、船長室をノックした。それに感応してドアがスルスルと開いた。
「グレッグ・ショーン、入ります」
若者らしい、大きな声で船長室に入っていった。
さすがに船長室は、ウッディーな装飾でしつらえられていて、書斎のデスクが鎮座していた。そのデスクにキャプテンのカルバートが座っていた。
「どうぞ、お座りください」
カルバートは意外に思うほど丁寧な言葉遣いでグレッグに対応した。それに対してグレッグは、まるで同僚のような態度で、デスクの前の椅子にドカッと腰を下ろした。
「テキートGSF最高参謀指令からの指示書を受け取りました。『CDF』を受け入れろということですが」
カルバートはプリントアウトした紙切れをグレッグに見せた。
「カルバート、俺たちは二回目だぜ、作戦行動を共にするのは。そんな他人行儀な言い方は止めてくれよ」
馴れ馴れしいグレッグの言い方に、カルバートはフフフと笑った。
「覚えていてくれてたんですね、若い頃の私のことを」
グレッグもニヤリと笑った。
「あんな人間は初めて見たよ。それ以来、俺は貴方のファンなんだよ、カルバート」
「ご冗談を。もうこんな年寄りになりましたよ」
「何を言っている! 俺はホントにそう思っているんだぞ」
グレッグはあくまでもニヤニヤと笑いながら話をしていた。だが、カルバートは相手にしてなかった。グレッグが言葉の遊びをしていると思っていたのだ。
「ところで、今回はまた『グレッグ・ショーン』などという、実に英語圏風な名前ですな」
カルバートは、話を先に進めた。
「あぁ、名前が必要だというのがどうにも面倒でね。テキート司令官の秘書官、ネレディの彼氏の名前をいただいたんだ」
「あぁ、あの美人秘書の。それはまたずい分とお手軽で。それに今回の身体はまた……」
グレッグは立ち上がって、その場で回転した。
「そうだろう。ちょっと小さいんだよ、この『機体』は。でも、テキートの奴等は"これがいいんだ"と言って、譲らなかったんだよ」
それを聞いて、カルバートはうなずいた。
「それは残念なことですな。あなたは立ち回りが好きですからねぇ。大活躍するには大柄の『機体』の方がよろしかったのに」
グレッグはまた、椅子にドッカリと座った。
「だが、これも何か意味があるんだよ、きっと。テキートのヤツは絶対に何かを隠してるんだよ、うん」
グレッグのセリフに、カルバートは疑問を呈した。
「それはどういうことです? 今回の作戦は全てあなたに権限移譲されている訳ではないのですか?」
カルバートは不安な顔をしてグレッグに尋ねた。
「おいおい、カルバート。俺に全てを任せるなよ。俺はあくまでも『オブザーバー』なんだよ。俺の意見は参考程度に聞いて欲しいものだな」
カルバートはすぐに切り替えした。
「そんなはずは無いでしょう。全てを知った上でのオブザーバーと解釈してますが」
グレッグは肩を吊り上げて答えた。
「残念だが、今回の件についてはサッパリなんだ」
カルバートは真面目な顔で質問した。
「では、今回の仕事の内容は? 話せる部分でお教えいただきたいのですが」
グレッグの顔から、笑いが消えていた。
「それがだ、司令官からは『一次隊と二次隊の隊員の安否確認と原因調査』としか言われていないのだ。今回の件に関しては私もほとんど把握していないのだ。それ以外の情報は全く提供されていないんだよ」
「なるほど。確かに二次隊までの調査は過去に事例が有るけれど、さすがに三次隊まで派遣したという記録は前例が無いようですね」
カルバートは、PAI(パーソナルアーティフィシャルインテリジェンス)を操作しながら答えた。
「アイツ等、絶対に何かを隠している」
グレッグは顎に手を当てて、薮睨みな顔をした。
「俺は全然、納得がいかなかったからストライキをやってやったんだ。申し訳ないと思ったが、出航時刻になっても現れなかったのはそのためだ」
カルバートはうなづきながら話を聞いていた。
「それでも、全く制式な話が出てこなかった。ただ、噂だけはいくつかキャッチした」
カルバートは相槌を打った。
「ほほぅ。それはどんな噂ですか?」
グレッグは、相変わらず顎に手を当てたままだった。
「その調査対象の惑星をGG、もしくはGSFが諦め切れない理由があるらしいのだ。どうやらその惑星に『ピュアゴールド』が眠っているという噂があるようなんだ」
カルバートは身を乗り出した。
「よくご存知ですな。ピュアゴールドといえば『金の中の金』と呼ばれている金の同位体で、高温でも電気抵抗ゼロの超伝導体であって、宇宙でも希少価値の金属だ。そんな事実が無い限り、GGやGSFがこのミッションに、これほどのこだわりを見せる訳が無いですからな。しかしながら、そのことはこのTSSでは既成事実ですよ。」
「そうなのか。あくまで噂に過ぎないと思っていたのだがな。GGもGSFも同じ穴のムジナってことか」
グレッグは溜息をついて、愚痴を吐いた。
「結局、何も分かってないってことか。ちくしょう」
それを見たカルバートも溜息をついた。
二人の間にしばらくの沈黙があったが、その沈黙を簡単に破って唐突に船長室のインカムが鳴った。
「キャプテン、カールです。発進許可が下りました。今から一時間後の一五・五五に発進せよとのことです」
カルバートは通話ボタンを押した。
「了解した。うかうかしている時間はないな。サッサと発進しよう」
「イエッサー」
カールの返信でインカムは沈黙した。
「シルヴィのヤツ、本当に追い出そうとしているな、こりゃ」
カルバートの呟きに、グレッグが反応した。
「シルヴィもいるのかい? 上手くいってるのか?」
グレッグの質問に、カルバートは首を横に振っただけだった。
「そうか……」
グレッグは少し残念そうな顔をした。それを無視してカルバートは顔を上げて、グレッグに言った。
「出来る限りのサポートをよろしくお願いします」
グレッグは握った左手の親指を立てて、カルバートに突き出した。
「あぁ、分かったよ。任せておけ」
それを見たカルバートはニヤリと笑ったのだった。