04、遅刻
制式な発進時間から九十分が経過した時、ドックのボーディングブリッジに大荷物を抱えた、大昔の迷彩服を着た小柄の男が、TSSに駆け込んできた。
「すみませーん! 遅刻してしまいましたーっ! ごめんなさーいっ!」
身長が五フィート二インチという小柄なその男は、大昔のコンバットブーツを履いてドカドカとベタ足で走り、高さ三フィートで幅が一フィート七インチの大型バックパックを背負い、右と左のそれぞれの腕には、長さ三フィート、幅一フィート五インチ、高さが一フィートの大型トラベルバッグを一つずつ持って、エアロックに駆け込んできた。しかし、それぞれのバッグが大き過ぎて、バックパックが上で、トラベルバッグが左右で、エアロックに引っ掛かって男は立ち往生してしまったのだった。ちなみに三つのバッグも全て迷彩色だった。
その様子を見ていた、TSSが駐留しているドックのスタッフはその男を指差して大声で笑い、その騒がしさにTSSのクルーの五人もエアロックまで走って集まってきたのだった。
「何やってんだ、おまえ?」
カールは、小馬鹿にした声のトーンでその男に声を掛けた。
「あ、いや、バッグがエアロックで引っ掛かってしまいまして。……どうもすみません」
その様子に、ヨニとリン女史は口に手を当ててクスクスと笑い、カサンドラは豪快にゲラゲラと笑っていた。
「君かね、オブザーバーのグレッグ・ショーンという人物は?」
一番物静かでキャプテンを除いてクルーの中では一番年上のダリウスが、その男に尋ねた。
その男は、右手のトラベルバッグを先に、左手のトラベルバッグを後で、エアロックの扉の内側に入れたところで、ダリウスの質問に答えた。
「はい、そうです。僕がこの船にオブザーバーとして乗り込む予定のグレッグ・ショーンです。よろしくお願いします」
そう答えてから、屈んでバッグパックをエアロック内に納めたのだった。
「てめぇかっ、グレッグって野郎はっ! 何をグズグズしてたんだよぉ、おい! まったく、この野郎はよぉ!」
そう言って、グレッグの胸倉を掴んで殴り掛かろうとしたカールを、カサンドラが止めた。
「カール、止めなさいよ。出発前の暴力は縁起が悪いって、あんた、いつも言ってるじゃない」
カサンドラにそう言われて、カールは渋々グレッグから手を放した。
「どうして、遅刻したんです?」
リン女史が、グレッグに優しく尋ねた。
「申し訳ありません。僕はつい三日前までオリオン腕の辺境で、第二十六次対テロ戦で使用した兵器の分類調査活動を指揮していました。それがGSF統合作戦本部から緊急招集を受けて、ギャラクシープラネットへ急行しました。そして統合作戦本部からTSS乗船の命令・任官を受けて、この惑星サイエンスへつい十分ほど前に着いたという次第です」
クルーの五人全員が目を丸くしていた。
それというのも、オリオン腕からギャラクシープラネットまではおよそ三万光年、そしてギャラクシープラネットからこのサイエンス星までも同様に三万光年の距離がある。普通は一日の移動距離が一万光年で精一杯だから、普通の行程ならば六日間は掛かるはずだ。それをたった三日間でこなすとは、どんなスペースシップに乗ってどれだけの体力を使ってやってきたというのだろうか。グレッグの話を聞いた後は、誰も口から言葉が出てこなかった。
その時、クルーの後ろから鋭い声が聞こえてきた。
「よし、これで全員が揃った。出発するぞ」
キャプテンのカルバートは、張りのある大きな声で命令を発した。
「カールはすぐに発進許可を取るんだ。一番早くても出発はおそらく三時間後だから申請を急ぐように」
「イエッサー、キャプテン」とカール。
「カサンドラは、エンジンの始動を始めてくれ。そして、遅れている分を取り戻せるように行程表を前倒しにして、出力の調整を頼む」
「イエッサー、キャプテン」とカサンドラ。
「他のクルーはもう一度、入念に出発準備を行ってくれ」
「分かりました」
ダリウスは静かに答え、リン女史とヨニはキャプテンのカルバートを見てうなずいた。
「そして、グレッグ。君は自室に荷物を置いたら、すぐに私の部屋に出頭するように」
「イエッサー!」
グレッグはバックパックを背負ったまま"気を付け"をし、大昔の"敬礼"をしてから一番デカイ声を張り上げた。
「以上だ。グレッグ、元気がいいってことは悪いことじゃないぞ。決してな」
そう言いながら、カルバートはTSSのキャビンに消えていった。