03、噂話
フライトデッキに残された五人のクルーは、発進の緊張から一気に開放された。
「まったく、どうなってんだよ。こんなことは初めてだぜ」
パイロットのカール・ライコネンは、怒りを吐き出すように言った。
「私もこんなことは初めてだわ。予定通りに発進しないなんて前代未聞よ」
エンジニアのカサンドラ・キュロスは、呆れて物が言えない風情だった。
「我々も、もちろん仕事で宇宙には出るが、キャビンでの待機が多いからこの状況をイマイチ把握出来ていないのだが。それ程大変なことなのか?」
今回の第三次補給支援隊であるTSSに乗り組んで、補給支援を担当するチームリーダーのダリウス・シャルルがフライトクルーの二人に尋ねた。
「あぁ、そうさ。スペースポートは、惑星にせよコロニーにせよ、大変に重要な施設として認識されているんだ。ここの機能が麻痺すれば惑星やコロニーは死活問題になる。だから、GGはその権限を最大限に規定しているんだ。なのに、それを無視しているこのミッションも相当にすごいが、それをアッサリと容認したコントロールにも、正直言ってビックリだよ」
カールの発言にカサンドラは大きくうなづき、更にカサンドラが付け加えた。
「これから乗船してくる、このオブザーバーの『グレッグ・ショーン』って人間は、相当な人物だってことね」
探査担当のリン・ウー女史はうなづきながら言った。
「そうね。この人物は今だにどんな人間なのか、全く解かっていないけれどね」
補給担当のキム・ヨニも文句を言った。
「そうそう。このヒトったら、全部で十回あったブリーフィングに一度も参加していないし、五回の実地訓練も同じく全部欠席、絶対命令の『生命維持訓練』さえも顔を出さなかったわ」
フンと鼻息を荒くしながら、カールが毒舌を吐いた。
「どんなヤツか全然知らないし分からないが、どんなヤツでも俺としては非常に気に入らない男だな」
一番若いヨニが、誰に訊くでもなく質問を投げ掛けた。
「キャプテンの言っていた『CDF』って何のことだか、知ってます?」
カールは両手の掌を上に向けて首をすくめ、カサンドラは大きく首を横に振った。
「あたしも知らないわ」
リン女史も首を横に振った。
「僕は噂で聞いたことが。確かGGやGSF(ギャラクシースペースフォース、宇宙軍のこと)で、第一級の困難に立ち向かうスペシャリストがいて、その部署の略称だとか何とか……」
ダリウスの発言に、カールが身を乗り出した。
「おいおい、それは重要な情報だぞ。そんなヤツが乗り込んでくるのなら、このミッションは相当ヤバイのじゃないか?」
カサンドラは、大袈裟に誇張して言葉を吐くカールの頬をピシャリと叩いた。
「何言ってんの。この派遣が既に三回目だということ自体、既に『ヤバさの極み』なのよ。そんなスペシャリストが来てくれるのなら、大助かりじゃないの」
リン女史が口を挟んだ。
「このヒトの立場は、あくまでも『オブザーバー』よ。何処まで我々の仕事に手を貸してくれるかは未知数なのでは?」
ヨニがボソリと言った。
「わたし達が危険に晒されていても、このヒトはキャビンの中でぬくぬくとしてるってことですか? そんなの、嫌ですよぉ」
キャプテンのカルバートの次に年上のダリウスが、重々しく発言した。
「グレッグというオブザーバーも、結局はこの船に乗るんだ。乗船してしまえば、呉越同舟、運命を共にする共同体だ。そんな卑劣なことはしないはずだ」
カールは最後まで毒舌を吐いた。
「分からないぜ。そのグレッグとやらは、俺たちを一人ずつ殺していったりし……ぐはっ!」
カールはセリフの途中で後から思いっ切り、カサンドラにハリセンでぶちのめされたのだった。