26、報酬
「大変だったらしいな」
司令官は、煙が出ない煙草様嗜好ツールを美味しそうにふかしながら、デスクに座っていた。
「いいですなぁ、デスクに踏ん反りがえって『らしいな』なんて言っていられる、そんなご身分の方は」
私は、司令官に十分なほどの嫌味を言ってやった。
「まぁまぁ、そう怒るなよ。こちらも正直なところ、本当に正体が掴めてなかったのだから」
私は、デスクの前のソファにドッカリと座った。
「ホントにそうだったようですな。まさか、私と同じような存在だったとは」
私の新しい『機体』は、スラリと身長が高くて、しかし筋肉質でないヒョロリとしたスタイルだった。しかも久しぶりにGSFの制服を着用しての姿だった。
「ピュアゴールドを持って帰れなくて申し訳なかったな」
私は、もう一度嫌味タップリで司令官に報告をした。
「ゲホ、ゲホ、コホン。そんなものは目的ではない! 新しい星の開拓とクルーの安全が第一だ!」
司令官は突然、煙草様嗜好ツールにむせて咳払いをしながら答えた。
「まぁ、そういうことにしておきましょう」
そう言った後、私は少し神妙になった。
「しかし、そういう話だと私は、叱責を受けなければならない」
しおらしい私に、司令官はニヤリとした。
「ほほう、君でもそんな心持ちになるのかね」
司令官の言葉に、私は下を向いた。
「TSSに同乗したクルーを何気に失ったことは、私の心に響いているんだ」
「カルバートのことかね?」
司令官にそう尋ねられた私は、間を置いてから答えた。
「あぁ、そうだ」
司令官は再び、煙草様嗜好ツールを燻らせた。
「だが、こういったことに『犠牲』は付き物だ。仕方があるまい。ましてや、君のような"CDF"が出動しなければならない場面では、ね。そういうものじゃないのかね?」
私は押し黙ったまま、司令官の顔を見つめていた。
「幸い、君は査問委員会に呼び出されることはない、絶対にだ。"CDF"という存在ゆえにな。気に病むことはない。また次の仕事で、我々を助けてくれればいい」
私は、司令官の言葉に何も反応しなかった。
そんな私をしばらく見ていた司令官は、デスクを立った。
「気にするな、というのは無理かもしれないがな」
そう言って司令官は、私と向き合ってソファに座った。
「さて、と。次はだな、そのぉ、なんだ、報酬の件だが。今回初めて『銭』はいらないという話だが、本当か?」
私はまた、嫌味タップリに応えた。
「そういう話は、まさしく地獄耳ですな」
司令官は、クククと笑い出した。
「それが私の仕事だからな」
煙草様嗜好ツールを燻らせてから、司令官は報酬の話の口火を切った。
「なんでも『部隊』が欲しいとか。そんなことをあからさまに出来ないことは分かっているだろう。君はいつも難題を持ち込んでくる」
私は笑って答えた。
「そんな大そうなことではありませんよ。私は『部下一名』と『スペースシップ一隻』を要求しているだけではありませんか」
司令官は難しい顔をした。
「その要求が難しいのだ。今にして思えば『銭』の方がどれだけかマシだったかと思うぞ」
咳払いしてから、司令官は制服の胸ポケットから目録を取り出し、それを読み上げた。
「君の部下として『キム・ヨニ』を、そして専用の宇宙船として『TSS』を、君に無償無期限貸与させる」
目録から視線を上げた司令官は、私の顔を見た。
「これでいいか?」
私はうなずいた。
「えぇ、それで十分。登記の屋号は『宇宙探偵社TSS』とでもしてください。その方が、後々都合がいい」
司令官は呆れ顔になった。
「やれやれ、君には参ったよ」
私はソファから立ち上がり、司令官に大昔のニホンジンのように深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。では、私は『会社』で打ち合わせがありますので、これで失礼させていただきます」
司令官は、手で追っ払うような仕草を私に向けた。そして、私が司令官の部屋を出ようとした時に、司令官は私に念を押したのだった。
「頼りにしてるぞ」
私は司令官にこう言って部屋を出た。
「毎度、ありがとうございます」
司令官の部屋を出ると、そこには栗色の髪の毛で前下がりのボブカット、リクルートブルーの事務服を着た小柄な女性が通路に立っていた。
「社長、秘書兼事務員の『キム・ヨニ』です。あたしの『機体』も新しくしてもらいましたよぉ。ところで、あたしって、ヘッドハンティングされたのかしら?」
私は、ニッコリと笑って答えた。
「あぁ、そうさ。俺は君にたくさんの報酬を払わなきゃならんなぁ」
ヨニはペコリと頭を下げた。
「よろしくお願いしますね、社長」
私は、ヨニをエスコートして歩き出した。
「さぁ、早くスペースポートに向かおう。"クリス"が首を長くして待ってるぞ」
「はい、社長」
クリスとは、私はチューンナップした『スペースシップ・オペレーションシステム』だ。あれ程に調整された制御プログラムを構築するのは至難の業だろう。そのクリスを搭載しクリスに制御されている宇宙船「TSS」は、軌道エレベータの途中にあるスペースポートに係留されていた。
「しかし、ヨニ。『社長』という呼び名はむずかゆいぞ。『社長』とは呼ばないでほしい」
「じゃあ、何て呼べばいいの?」
「……」
考え込んだ私にヨニが鋭く切り返した。
「やっぱり『社長』でいいんじゃないですか? その方が名前を考えなくて済むじゃないですか」
「それもそうだな」
「そうですよ、社長。うふ」
そんなことをにこやかに話しながら、二人はいつの間にか時速四十五キロメートルという速度で軌道エレベータへと突っ走っていったのだった。
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