25、遺言
「ナジャフ、ナジャフよ」
「第一等技官の俺をよぶのは誰だ?」
「ナジャフ、俺だよ」
「カルバートじゃないか。ずい分若返って、どうしたんだ?」
「守ってくれ、守ってくれよ」
「何を守るのだ?」
「銭はいくらでもくれてやるよ。だから守ってくれ」
「だから、何をだよ?」
「ナジャフ、頼んだぞ」
「おい、カルバート! どこへ行くんだ? 俺の無二の親友。この世界での俺の友達!」
「さらばだ」
「おい、カルバート! カルバート……」
目を大きく見開いたグレッグは、フライトデッキの床で大の字で横たわっていた。
「大丈夫、グレッグ?」
『CDF:グレッグ、おはようございます。現在のところ、超長距離DSドライブで巡航中、クルージングは正常です』
クリスとヨニの声で、グレッグは意識を取り戻した。
「俺としたことが、なんてざまだ。気を失うなんて……おまけに夢なんかも見ちまったぜ」
グレッグが起き上がると、装備を解いて人間らしくなったヨニが微笑んでいた。顎にはまだシール剤が残っていたが。
『現在、ギャラクシープラネットに向って航行中。全行程は八万光年ですが、グレッグさんのDSチャンバー・プラグインで八十時間、三日と三分の一に短縮、ちょうど三十六時間が経過したところです』
クリスのアナウンスに、グレッグが肩を落とした。
「そんなに長い時間、気を失っていたのか」
「トラベルバッグで、グレッグのボディチェックを行ったわ。かなり長時間の過負荷が掛かったみたいで、オーバーヒートしていたけれど、今はもう正常。だけど、かなりのストレスが掛かっていたようだから、メンテが必要ね」
周りを見渡すと、大きなトラベルバックが置いてあった。
「面倒を掛けて申し訳なかったな。ありがとう」
グレッグがそう言うと、ヨニはにこやかに笑った。
「星系を離脱してすぐに、あたしがサイエンスプラネットに報告したの。そうしたら、探査本部からギャラクシープラネットに向かえとの指示が出たの。それであたし、クリスの頼んで直行のルートでギャラクシープラネットに向って進んでいるって訳」
グレッグは、むくりとゆっくり起き上がってヨニに訊いた。
「ファントムは追ってこないだろ?」
ヨニは自信がなさそうな顔をした。
「えぇ、大丈夫みたい。頭の中に声は響かないし、変調することもないわ。だけど、ファントムはどうなったの? 消滅したの?」
グレッグは、その場で装備を解きながらヨニの問いに答えた。
「いや、ファントムは消えてないよ。多少、小さくなったかもしれないけどね」
「どういうこと?」
不思議そうな顔をしているヨニに、アイグラスを外しながら説明した。
「クリスのDSドライブに特殊なプログラムを組み込んで、次元断層、つまり次元の裂け目が開いている時間を長くして、TSSのあとを追うファントムを次々と次元の裂け目へと誘ったんだ。そして、ファントムがいくつかの次元断層の裂け目を縫い糸のように潜った時に、強制的に次元の裂け目を閉じてやったのだ。しかし、ファントムは消えた訳じゃない。いくつかの次元に分裂した小さなファントムがそれぞれの次元に存在しているっていう形になっただけだ」
グレッグの言葉にヨニはうなずきながら言った。
「それで、断末魔の叫び声が聴こえたのね」
ヨニの言葉に反応もしないに宙を見つめながら、グレッグは呟いた。
「ファントムは依然としてあの星系にいるだろう。だが、ファントム自体の残留思念の総量が減ったから、あれほどの悪さはもう出来ないだろう」
「ふうん」
ヨニはよく理解できていなかったが、グレッグに愛想良く相槌だけは打った。
軽はずみなヨニの相槌を見抜いたグレッグは、装備の換装が終わって立ち上がった時にヨニを見た。
「カルバートはどうした? まだ息があるのか?」
グレッグの質問に、ヨニは下を向いた。
「残念だけど、グレッグが目覚める一時間前に息を引き取ったわ」
グレッグはうな垂れた。
「……そうか」
ヨニはゆっくりとグレッグに語り掛けた。
「あのね、キャプテンがね、カルバートがね、あなたにメッセージを残して逝ったのよ」
グレッグはもっさりと立ち上がった。
「大丈夫、グレッグ? 急に動くと壊れちゃうわよ」
心配そうに見つめるヨニを見て、グレッグはニッコリと笑った。
「心配するな。いつものことだから」
歩き出したグレッグに、ヨニは慌てて声を掛けた。
「ねぇ、カルバートのメッセージを……」
振り返ったグレッグは、ヨニの台詞を制止した。
「言わなくても分かっている。カルバートが最期の時、俺に逢いに来てくれたから」
グレッグはそう言ってキャビンへと歩き出していた。
「どういうこと?」
首を傾げていたヨニだったが、グレッグが立ち去るの見て慌てて立ち上がりグレッグの後を追った。
「待ってよぉ。置いてかないでよぉ」
グレッグはヨニの声に振り返って、ニヒルな笑いを投げ掛けたのだった。