21、亡霊との対峙
<さぁ、ファントム。お前自身のことを話してくれ>
グレッグはファントムを焚き付けた。
≪私はアイン三世だ。この星が一番繁栄した時の生物の意思だ≫
<ほう、それがお前の名前か>
≪そう思ってくれて構わない≫
ファントムの柔和な声がヨニの頭の中に響いてきた。
<あなたは、王様だったの?>
ヨニはおずおずと尋ねた。
≪あぁ、そうだ。……いや、そうとは言い切れない≫
<ヨニ、このファントムは、この星に生きた生物の、連綿とした意識の『総体』なんだ。その中心で総体の求心力になっているのが"アイン三世"という生物の意識なんだ>
<なるほど>
グレッグの解説に、ヨニは納得した。
<その、アイン三世がどうしたのだ?>
グレッグの問いに、ファントムはおずおずと語り始めた。
≪あの頃は良かった。我が星は繁栄の極みを貪っていた≫
≪この星を完全統治した最初の王だった。そして、大陸には花が咲き乱れ、海洋には生物が豊富だった≫
≪生物はこの星を楽しんでくれた。だが、やがて生物達はこの星から飛び出すようになった≫
≪宇宙でも生きられるようになって、一部の生物は他の星へと去って行った≫
≪繁栄と共にいろんな要素が生まれた。その中でも酷かったのは邪悪な意思だ。コイツは何とも始末に悪かった≫
≪その邪悪な意思が、遂に美しい星を一瞬で灰にしてしまった≫
≪それからだ、私が美しかったあの頃を再現するために動き始めたのは≫
ヨニは、グレッグの背中を突っついた。
<ねぇ、グレッグ。あたし、歴史はまるでダメなの。あの幽霊さんは何を言っているのか、さっきみたいにあたしに解説してよ>
グレッグは溜息をついてから喋り始めた。
<要するにだな、順調に生物が進化して文明を持つようになったんだな。だけど、悪い心を持った生物も現れてだ、どうやら『アトミックボム』のようなものを使用したみたいなんだ。それで、この惑星の全てがパーになって、惑星全体が砂漠になっちまったという訳だ>
ヨニはうなづきながら、グレッグを賛辞した。
<さすがはグレッグね。あなたの解説はメチャクチャ良く理解できるわ>
グレッグは呆れていた。
≪私は腐心したよ。どうすれば、あの栄華を取り戻せるのかとね≫
ファントムは、グレッグとヨニの会話を無視して、自分の話を進めていた。
≪何せ、この惑星には何も残っていない。動くものと言えば、大気と砂だけだ。道具も無い。材料も無い。そしてそれを作る生命も無い≫
≪しかし、私はハタと気が付いた。内側に無いのなら、外側から持って来ればいい≫
ヨニが、シレーッとして言い放った。
<それって一番、邪悪な思想じゃないの?>
≪黙れ、私を無視する者達よ! 私にはそれしかなかったのだ、仕方がなかったのだ≫
ファントムは、ヨニの言葉に少しキレた。
<茶々を入れて申し訳ない。先を進めてくれ>
ヨニに軽く肘鉄を食らわせながら、グレッグが詫びを入れながらファントムに先を急がせた。
≪私は、私の星や私の星系を擬態する方法を思い付いた。この企みは上手くいったのだ≫
ファントムの、砂塵の顔が薄っすらと笑ったように思えた。
≪私の星系を探査する異星生物達の欲望を読み取り、それを具現化したような擬態で私の惑星まで誘い込み、惑星に着陸したところで洗脳して、私のしもべとして『在りし日の繁栄』を取り戻すための礎になってもらっているのだ≫
今度はグレッグが舌打ちして言い放った。
<ひでぇやり方だな。ちっとも冴えていない。惑星の軌道上にある無数の宇宙船や大型のデブリは全部、他の星系からやってきた異生命体のものだったんだな?>
≪あぁ、そうだ。彼らはいつも勤勉に働いてくれた≫
グレッグの言葉に、ファントムは平然と答えた。
≪しかし、繁栄を取り戻すにはまだまだ足りない。物資も人材も、そして知恵も。何もかも足りない≫
<そりゃあ、そうでしょ。そのためにここに来た訳じゃないもの。アンタが勝手にそう思っているだけじゃない>
ヨニも負けていなかった。
≪最終的に、彼らは私の想いに賛同してくれているのだ。そうでなければわざわざこんなところまでは来ないだろう。この星を再現しようとしてくれる者達を、私は受け入れているのだ≫
ファントムはあくまで強気だった。
<違うわ! それは全然違う話よ!>
≪どこが、何が違うというのだ?≫
≪私は、この星を訪れる者に欲しいモノを与えているのだ≫
≪その関係は『ギブ アンド テイク』だ。イーブンな関係ではないか≫
グレッグはムッとした。
<ほう、なかなか立派なご高説じゃないか。それなら訊くが、お前は一度でも『ギブ』したことはあるのか? どうなんだよ!>
≪……いや、彼らは要求しないのだ≫
ファントムは、微妙に態度を硬化させているようだった。
<何を言っている! それはお前が口を利けなくさせているからだ。さっき、お前はなんて言ったか、憶えているか? 『洗脳』だぞ!>
ファントムはその形相を激しくし、砂嵐は更に激しくなった。
≪黙れ、黙れ、黙れ!≫
≪お前達は、お前達の欲しい『ピュアゴールド』を見せてやったではないか≫
≪それの何が不満だというのだ!≫
激しい感情の流れを見せるファントムに対して、グレッグはあくまでも冷静だった。
<そんなモノは、お前が勝手に作り出した『偽りのピュアゴールド』だぜ、まったくよ!>
<え、そうなの? 偽物だったの?>
ヨニが首を突っ込んだ。
<あぁ、そうさ。【コバンザメ】での周回軌道探査で解かった。ピュアゴールドなんて耳かき一杯もないぜ、この星には!>
グレッグはしたり顔で答えた。
<それ以前に、ピュアゴールドってヤツは、恒星風を浴びながら宇宙空間で繁殖する、植物様金属生物が作り出すものなんだ。こんな惑星に埋蔵されている訳がないんだよっ!>
グレッグの表情は、怒りに満ちていた。
<コイツは我々を誘き寄せるために、思念波を使って我々にそう探知させたのだ。何もかも嘘っぱちだった!>
グレッグは、忌々しくファントムを睨んだ。
<その理由はこうだ。コイツは、俺達のような人間に仕事をさせるのが一番使えると判断したんだ。だから、SRIの通信機能を温存させて、我々を三度導いたんだ。我々はまんまとコイツの策略に嵌ってしまった。だが、それももう終わりだ!>
ファントムは逆上した。
≪む、む、む、むぅ……、おのれぇ!≫
ファントムがそう言ったと同時に、グレッグはヨニに言った。
<ヨニ、【コバンザメ】に向って全速力で走れ! 今すぐに走るんだっ!>
グレッグとヨニは、アンドロイド、サイボーグの身体を十分に発揮して、目にも止まらぬ速さで駆け出していたのだった。