02、出航延滞
「TSS、こちらはコントロール(管制センター)だ。先ほどから再三連絡しているが、既に『TSS』の出航発進許可は発行済みで、発進時刻を過ぎている。どうしてドックから発進しないんだ? 発進が遅れている理由を連絡せよ。これは第一級指示だ。こちらの管制スケジュールはみっちり詰まってるんだ。さっさと発進してくれないと業務に支障が出る。至急返答を求む」
パイロットのカールが苦虫を噛んだ顔をして、キャプテンを見た。
「どうします? 正直に答えていいですか?」
キャプテンは、顎髭を摩りながら大きくうなずいた。
「仕方がない」
その言葉を聞いたカールは、レーザー通信で管制センターに返答した。
「こちら、TSS。出発の準備は完璧でいつでも発進したいところなんだが、実は、そのー、クルー一名の乗船が遅れているんだ」
管制センターの返信は間を置かなかった。
「こちら、コントロール。どういうことなんだ! 規定では三時間前に乗組員は乗船を完了し、発進の一時間前にエアロックの気密をチェックするはずだ。いくらクリティカル・ミッションとはいえ、それは許されるべきことではない。完全に規定違反だぞ」
カールは、しかめっ面をしながら通信をした。
「こちら、TSS。あぁ、こちらとしても規定については承知しているよ。どんなクリティカル・ミッションでも、スペースポートの利用方法のついての規定は尊厳されることも十分に理解している。だが、しかし、今回の場合は特別なんだ、うん……」
カールの応答を静観していたキャプテンのカルバートが切り出した。
「私が替わろう」
カールはキャプテンをチラ見してから、通信をキャプテンズシートに移した。
「こちらはTSSのキャプテン、カルバート・カージナルだ。管制センター・チーフのシルヴィはそこにいるかね?」
キャプテンが管制センターにそう尋ねると、女性の声で通信が入った。
「コントロールのシルヴィです。お久しぶりね、カルバート。元気そうで何よりだわ」
カルバートは、まるで別れた女房に話し掛けているようだった。
「あぁ、君に負けないくらい元気だとも。ところで、TSSの発進が遅れている件だが」
カルバートの言葉を最後まで聞かないで、シルヴィは返信した。
「えぇ、報告は受けていてよ。もう既に三十分も遅れているわ。三十分あれば、六隻の宇宙船が発進できる時間よ。重要任務とは言え、やはりこれは重大な規定違反。これから報告書を提出するつもりよ。どうする、カルバート?」
カルバートは、少しも慌ててはいなかった。
「シルヴィ、もう少し待ってほしい。我々を後回しにして、他のスペースシップを管制してくれたまえ」
「そういう訳にはいかないの。カルバートも分かっているでしょ。そこまでしなければならない理由を聞かせて」
シルヴィは、かなりの剣幕で捲くし立てた。その口調にクルーは震え上がっていたが、それでも平然としているカルバートに、全く慌てている様子はなかった。
「シルヴィ、我々は『CDF』を待っているんだ」
シルヴィの口調は明らかに変わった。
「え? あの『CDF』なの? ホントに? ひょっとして、このクルーリストにあるオブザーバーがそうなの?」
カルバートは淡々として言った。
「あぁ、その通りだ」
それからしばらくの間、通信は沈黙していた。
どれぐらいの時間が経過しただろうか。五分のような、それよりももっと短いような、よく分からない時間が過ぎた後、突然、シルヴィの声で通信が入った。
「カルバート、この件は了解したわ。このクルーが乗船したらコントロールに一報をお願いします。最速で出航させてあげるわ。さっさと発進を申請して、とっとと宇宙の彼方へ行ってちょうだい。分かったかしら?」
カルバートはニヤリと笑った。
「シルヴィ、そして管制センター諸氏に感謝する。準備が出来次第、コントロールに発進の再申請をする。よろしく頼む」
シルヴィは先程とは打って変わって柔らかい表情で答えた。
「ラジャー。カルバート、貴方はいつも私にトラブルを持ち込むのね」
「いつも迷惑ばかり掛けてるな。申し訳ない」
カルバートは下を向いて呟くように言った。
「ホントよ。でも仕方がないわ、貴方のことだもの。次は、絶対にノントラブルでお願いね」
「あぁ、分かったよ」
カルバートのアッサリとした返信に、シルヴィはニヤリと笑って通信を切った。
管制センターからの通信が切れて、すぐにエンジニアのカサンドラがキャプテンのカルバートに質問しようとした時、キャプテンのカルバートは、キャプテンズシートから立ち上がってフライトデッキから出て行こうとしていた。
「キャプテン、何処へ行かれるんですか?」
カルバートは、カサンドラに呼び止められて一瞬、振り返った。
「質問していいですか? 先ほど、コントロールに伝えていた『CDF』とは何のことです?」
カサンドラの質問に、カルバートはボソリと呟いた。
「そのうちに、嫌でも解かるさ」
呟き終わると同時にフライトデッキのドアが閉まって、カルバートの姿は見えなくなった。
残された五人のクルーは無言で顔を見合わせたのだった。