19、クルー達の末路
格納庫から射出された【コバンザメ】は、惑星シビタスの地上四百キロメートルの低軌道に入り、一周九十分の惑星周回軌道で惑星シビタスを探査した。
軌道上には、SRIが不規則な円軌道で、またFRも楕円軌道で、惑星シビタスを周回していた。FRは完全にエネルギーを使い果たし、ただのデブリと化していた。だが、SRIはメインチャンバーが破損していたが、給電用の補助エンジンは生きているようで、それが定時連絡をしているようだった。
惑星シビタスの様々な周回軌道には、他にもおびただしい数の宇宙船やその残骸が漂っていた。それは実に多種多様で、見たことも無い形や想像すら出来ない形の宇宙船がフラフラと漂っていた。
<こりゃあ、サルガッソだな>
<やっぱり、この星に着いていたのね、FRもSRIも。船は残っているけど、クルーはどうしたのかしら?>
感想を漏らすヨニに、グレッグは指を下向きに示した。
<たぶん、TSSのクルー達と同じだよ>
グレッグは、大気圏外の探査を終えると、コバンザメに新たな命令を下していた。
<【コバンザメ】、【フライ】の着陸地点はサーチしたか?>
『イエッサー。今から十三分後までに着陸シーケンスに入れば【フライ】の着陸地点付近に、安全に着陸できます』
<よし、それを実行してくれ>
『イエッサー。着陸準備開始。着陸シーケンスに入ります。シートに身体を固定してください』
ベルトをかっちりと締めたグレッグとヨニは、大気の摩擦でウインドウの外が赤くなっていくのをジッと見つけていた。大きな揺れと共に、耳を劈く音が大気の抵抗を感じさせた。
『成層圏に到達。グラビティエンジン始動。重力滑空を開始します』
【コバンザメ】のコックピットウインドウから覗いている惑星シビタスの空は、黄色に染まっていた。そして、視界の悪さも相当なものだった。
<これでは、有視界飛行は無理だな>
グレッグは窓の外を見ながら呟いた。
黄色いの大気の中をしばらく滑空した後、【コバンザメ】がグレッグとヨニに告げた。
『【フライ】の識別信号ではありませんが、妙な信号が発信されている場所があります。その付近が【フライ】の着地地点と重なります』
<【コバンザメ】、少し離れた所に着陸してくれ>
『イエッサー』
【コバンザメ】は静かに高度を下げて、フカフカの黄色い砂漠の上に舞い降りた。
<メインスイッチは切らないから、自衛モードで俺達が帰るのを待っていてくれ。近寄る者は容赦なく破壊していい。分かったな>
『イエッサー。お帰りをお待ちしています』
グレッグはパイロットシートから立ち上がって、ヨニの方を見た。
<さぁ、これから"ショー"の始まりだ。しっかりとその目に焼き付けてくれよ、ヨニ>
グレッグはヨニの手を取ってシートから立ち上がらせた。
<えぇ、分かったわ>
ヨニは、グレッグの後を追ってエアロックに向った。
エアロックが開くと、黄色い砂塵が吹き込んできた。
<ひどい砂嵐だ>
一言呟いたグレッグは、ヨニと手をつないで船外に出た。
<ヨニ、探知装置は正常に働いているか?>
<えぇ、【フライ】らしい金属反応がある方向を示しているわ>
<よし、OKだ。その方向に進もう>
歩くと足首まで埋まってしまうほどに柔らかい砂の上をしばらく歩くと、大きな影が見えてきた。その前にクリーム色に塗装された【フライ】がまるで強制着陸したかのように、船体の下部がグシャグシャに壊れて鎮座していた。
<これじゃあ、もう飛べないわ。どうすればいいの?>
ヨニが心配そうに呟いた。だが、グレッグは非情な台詞を吐いた。
<彼らはもう"戻るつもり"が無いんだよ>
<え? それはどういう意味なの?>
ヨニは恐怖におののいた。
<しばらく進むと分かるよ、その理由が。だから俺が言っただろ、ショックなことが起こるって>
グレッグはそう言うと歩き出した。ヨニも黙ってグレッグの後を歩き始めた。
大きな影に近づくと、それは何かの建造物のようだった。そして、その周りを小さな影がチョコチョコと動いていた。更に近づくと、小さな影はそれはヒトの形をした生物のようで、その生物は何かを運んでいた。そして、建造物を作っているようだった。
その生物のいくつかは、エメラルドグリーンの色を、いくつかはコバルトブルーの色をしていて、更にイエローオーカー色をしたものも四体、そこで動いていた。
<ま、まさか!>
ヨニは、そのうごめく生物達に駆け寄っていった。まずはエメラルドグリーンの集団に近づいた。
<ハセガワ・キャプテンだ! そしてヘルガとメグ! そしてこっちはワシリーにシモーヌ。……あ、サンデもいる!>
ヨニが駆け寄って彼らに触れたが、彼らはヨニを振り払って作業を黙々と続けていた。彼らはFRのクルーだった。全員が動き回ってはいるが、しかしそれは生きているかどうかの証にはならなかった。
彼らの生命維持装置は既に電源ランプが消灯していて、どう見ても装置が動いている気配は無い。それどころか、ヘルメットの一部が破損して、惑星の大気と接触していたのだ。
クルー達の顔は土気色になり、どう見ても死人のそれと同じだった。だが、彼らは身体を動かし、建築物を作り続けていたのだった。
<嘘! そんな馬鹿な!>
ヨニは、もう一つのコバルトブルーの集団に駆け寄った。SRIのクルー達だった。
<アンヌ・キャプテン、ティノ、リッキー、ナターシャ、ペーター。みんな、どうしてしまったというの!>
そして、ヨニにとって一番辛い人物を発見してしまったのだった。
<あ、あぁ、なんてことなの! 姉さん、エギョン姉さん! ねぇ、しっかりして! あたしよ、ヨニよ! 分からないの、姉さん!>
追いすがるヨニを振り払って、エギョンは黙々と作業を続けていた。
ヨニはその場で座り込んで泣きじゃくっていた。
<こんなことってある? こんなことが許されるの? こんな、こんなに残酷なことが!>
ふと、ヨニが顔を上げると、イエローオーカーの集団も作業に従事していた。
<カール、カサンドラ、ダリウス、そしてリン女史! あなた達も、もうダメなんですかーっ!>
彼らの生命維持装置はまだ電源が入っていたが、彼らの顔色は既に土気色と化していた。
<こんな、こんなことって……>
グレッグは、ヨニの前でしゃがみこんでヨニを覗き込んだ。
<もう帰ろう。ここに長居は無用だよ>
ヨニはグレッグに抱き付いた。
<いやよーっ、いや、いや! こんなこと、絶対にいやーっ!>
グレッグは、泣き叫ぶヨニを抱き締めることしか出来なかった。