14、軌道投入プログラム
「カルバート、シッカリしてくれ! まだ影響される場合じゃないんだぞ!」
船長室で、グレッグはキャプテンのカルバートを問いただしていた。
「グレッグ、何を言っているんです。私は至って正常ですよ」
そう言い切るカルバートの目は既に輝きを失っていた。
「頼む。シビタスの周回には、超楕円軌道を選択してくれ」
だが、カルバートは聞く耳を持たなかった。
「それでは、ミッション全体に影響が出ます。地上高度一万キロメートルの円軌道にTSSを投入します。これは既に決定事項じゃないですか、グレッグ?」
グレッグは船長室のデスクを思い切り叩いて、船長室を出て行った。デスクには拳の跡が一センチメートルの段差でクッキリと残っていた。
グレッグは、すぐにフライトデッキに向った。そして、キャプテンズシートに座ってクルージングプログラムのクリスとコンタクトした。
「クリス、応答してくれ」
『現在、惑星シビタスの周回軌道を目指して飛行中です。音声認識:グレッグ。はい、なんでしょうか?』
グレッグは、クリスに対して慎重に言った。
「惑星シビタスの周回軌道を変更したいのだが、俺の立場では可能か?」
『残念ながら、オブザーバー権限では無理です。軌道投入プログラムの変更はキャプテン以上の認証が必要です』
クリスの返答は明快だった。その意味では、クリスに影響が出ていないことにグレッグはホッとした。
「では、GSF秘密コード"CDF"での認証は可能か?」
クリスの反応が少々もたついた。
『検索中。……テキート司令官の署名入りで認証されています。ログインパスフレーズをどうぞ』
「おぉ、テキートのヤツ、ちゃんとやることはやっているんだ。感心、感心」
グレッグはしばらく目をつむった。
『認証完了。変更事項をぞうぞ』
クリスが認証した直後から、グレッグは間を置かずに捜査を開始した。
「惑星シビタスへの周回軌道に関する項目の変更だ。円軌道から超楕円軌道への変更だ。変更可能な楕円軌道を表示してくれ」
『計算中。……遠心点との距離:二十万キロメートル、周回日数:十日間の楕円軌道なら、現在のフライトプランに影響を及ぼすことはありません』
「それでは、それに変更してくれ」
『了解。直ちに変更します。プログラム策定中。……策定完了。上書きインストールをします。……検索中』
グレッグはまんじりともぜずにじっと待った。
『申し訳ありません。プログラムの変更は不可能でした』
グレッグは思わず立ち上がった。
「どうしてだ? なぜ上書きが出来ない?」
『何者かが、外部からロックを掛けました』
「それはいつ? そして誰だ?」
『円軌道のプログラムは計画最初から策定されたものでした。しかし、ごく最近にロックが掛けられたという形跡がありますが、タイムスタンプには残っていません。操作ログにも残っていません』
グレッグは舌打ちした。
「ちっ! 既に手遅れだったか。……仕方がない。このままでどう乗り切るかを考えなくては」
グレッグがキャプテンズシートで考え込んでいると、フライトデッキの扉が開いた。
「グレッグさん、こんなところに居たんですか!」
グレッグは振り返った。そこにはヨニが立っていた。グレッグは一瞬ヒヤリとしたが、ヨニの言葉に狂気を感じなかった。そこで、改めてヨニに問い直した。
「ヨニさん、どうしたんですか?」
ヨニはグレッグに駆け寄り、グレッグの背中に抱き付いた。
「あたし、怖いんです。急にみんなの態度が変になって、言っていることがおかしくて」
グレッグは首を捻った。そしてヨニを変に思った。普通の人間、生身の人間なら既に変調を起こしているはずだったからだ。
「ヨニさんは大丈夫なのですか?」
ヨニはかえって、グレッグの言葉にビックリした。
「えぇ、あたしは。……やっぱり、みんなが変になっているってことなのね!」
そのことよりもグレッグは、ヨニに関心を持った。
「ヨニさん、失礼なことを訊いてもいいですか?」
ヨニは、不思議そうな顔をグレッグに向けた。
「何ですか?」
グレッグは躊躇無く訊いた。
「ヨニさん、あなたは"全身サイボーグ"ですね?」
ヨニは驚愕の顔をして、思わず口に手を当てたのだった。




