10、最終レクチャー
最終レクチャーは、リン女史とダリウスが、探査と救援及び支援体制の概要と惑星シビタスについてだった。
「まず、最初に私の私見を述べておきましょう」
そう言って、ダリウスは両腕の肘をテーブルについて頭を抱えて、深いため息を吐いた。
「私は、FRとSRIのクルー達は生きていないと思っています」
グレッグは、衝撃的な告白に少々たじろいでいた。
「あたくしもそうよ。好意的な条件を付加したところで、生命維持の可能性はほぼゼロっていう結論しか導き出せないでいるわ」
リン女史も悲痛な面持ちで、グレッグを見つめていた。
「もちろん、我々の親友や縁者がFRやSRIに乗り組んでいただけに、望みは最後まで捨ててはいないのだがね」
ダリウスが顔を上げてグレッグを見た。
「さぁ、レクチャーを始めよう。まずこの惑星シビタスの経緯を話そう」
「そうね。シビタスの発見から始めないとね」
ダリウスとリン女史は、顔を見合わせてからレクチャーノートを開いた。
「この星域は、人類がまだ未踏の部分が多いわ。特に星団が密集している宙域だから、探査には時間が掛かっているの」
リン女史はここでティーカップから香りの深いローズティをすすった。替わりにダリウスが喋り始めた。
「この星の発見は、実に不思議だった。我々の文明と同じ香りがそこはかとなく匂ってきたのだ。GGも半信半疑ながら、無人探査ボットを送り込んだのだ」
ここまで喋ったダリウスがリン女史に目で合図した。
「そこで、世にも貴重な『ピュアゴールド』なんてモノを探知してしまったという訳なの」
リン女史は吐き捨てるように言い、その言葉にダリウスは再び溜息をついたのだった。
「まったく、人間ってヤツはどこまで強欲なんだろうな、グレッグ君」
グレッグは、答えに窮して苦笑いをするだけだった。
「それで、GGは最初の探査を送り込んだが、見事に失敗さ。一週間で音信不通になってしまった。こんな短期間で途絶えたのは初めてだったと思うよ」
「FRのシモーヌは彼の姪だったの。優秀な科学者で将来を嘱望されてたわ」
一瞬の沈黙の後、ダリウスがレクチャーに戻った。
「FRの疑問点は『なぜ、全員が惑星へと降り立ったか』だ。そんな行動は、計画でもプログラムでも予定されていないのだ。そして、クルージングプログラムの起動は発進時に確認されていたはすなのに、それがいつの間にかシャットダウンされていることだ。帰還命令は絶対だったからだ」
「とにかく解からないことだらけなの、FRに関してはね」
グレッグはうなずいた。
「探査自体も行われていなくて、あっという間に遭難したと?」
グレッグの言葉に、リン女史とダリウスは大きくうなずいた。
「そして、FRを救援するように組織されたのがSRIだった」とダリウス。
「キャプテンのアンヌ・フローラ・パレは、あたくしの先輩で、彼の恋人だった」とリン女史。
「そ、それは……」
グレッグは、沈痛な面持ちになった。
リン女史はグレッグの反応を無視して話を続けた。
「結局、SRIも一週間で連絡が途絶えたわ。人間らしい連絡がね。定時連絡はノイズだけよ、はっきり言って」
リン女史は握っていたレクチャーノートをしわくちゃにしそうなほど、拳に力が入っていた。
「時々、パーソナルな情報が流れるのよ、その定時報告にね。それは、音声データで極端なデータ圧縮された形で納められいてね、解析すると、FRとSRIのクルー達の「叫び声」というべきかな、そんなモノだったの」
「それが、定時連絡ごとに一人ずつ、FR六名、SRI六名の十二人分が繰り返し送られて来ているのだ。しかもご丁寧なことに、毎回微妙に音声データを変えて送ってくるんだ」
途中で交代したダリウスも声に震えを感じた。
しばらくの沈黙が続いたが、グレッグがその沈黙を破った。
「それで、惑星シビタスの情報は何も得られてないのですか?」
慌てて涙を拭ったリン女史が、レクチャーノートをパラパラとめくって、咳払いをしてからグレッグを見て言った。
「いえ、そんなことはないわよ。我々の地球と同じ青い海を湛えた星だと聞いているわ。ただ、なぜかそんな映像データはないの。データには、惑星全体が黄色で砂漠のような惑星が写っているだけだった」
「他には?」
「ガイガーカウンターの反応が若干あった。だが、記録データが抜け落ちていて確証するまでには至っていないわ」
グレッグは、顎に手を当てた。
「……ということは、何も解かっていないということですか?」
そう言ってから顔を上げたグレッグが見たモノは、リン女史とダリウスが同時に大きく首を縦に振る動作だった。
「一切、何も」
「全く解かってない」
リン女史とダリウスは一つの台詞を分け合うようにして言葉を紡いだ。
グレッグは大きく溜息をつきながら言った。
「解かっているのは、ピュアゴールドがあることだけ、か」
リン女史とダリウスも溜息をつきながら、再びうなづいたのだった。
 




