壁殴り
目の前にはダンジョンの壁がある。
石でも金属でもない。
目の間にあるのは、むき出しの土の壁だ。
入口は鍾乳洞みたいに感じたけれど、少し先に進んだだけで鍾乳洞っぽい感じはなくなり、本当に地面を掘って作った土のトンネルみたいな印象の壁だ。
壁に向かって手を伸ばす。
指先で壁の土に触れる。
ざらざらとした茶色い土の壁はその刺激で表面がボロボロと崩れた。
ギュギュっと圧縮してものすごく硬くなっている状態というわけじゃなくて、例えるなら田舎の家にあるような土壁とか砂壁みたいなものに近いのかもしれない。
が、表面が多少ポロポロと崩れたくらいでも土の壁は十分に硬いものである。
というわけで、手にしたのは自分のこぶしを守るための手袋だ。
以前なんとなくカッコよさそうという理由で買っていた拳を守るためのクッション入りの指ぬきグローブ。
そして、たくさんあった安物の軍手を何個かまとめて家から持ってきていた。
最初に指ぬきグローブを手にはめてから、その上に軍手を何枚も重ねるようにして手を保護する防具とする。
本当はボクシングで使うようなぶ厚いグローブがあればよかったんだけどな。
だけど、そんなものは家にはなかったので、かわりに重ねた手袋を使おうというわけだ。
最終的には、これ以上軍手を重ねられないくらいにつけた拳を握りこむ。
まずは最初に軽く一発。
ゆっくりとした動きで右手を突き出して壁に当てる。
当然そんなスピードでは威力も出ないだろうし、ストレス発散にもならない。
が、それで自分の拳が壁に当たる感覚がなんとなくわかった。
今のは近すぎた。
当たった瞬間、肘が伸び切っていないのが分かった。
それを調整するためにわずかに足の位置を後退させて、立ち位置を調整する。
そして、もう一度、さっきよりは早いけれどそれでも全然全力ではないくらいのパンチを壁に放つ。
ポスン、という鈍い音がした。
さっきよりはいいフィーリングだ。
だが、まだ慌ててはいけない。
僕の手は右手だけじゃなくて左手もある。
今度は左右の足の位置を交換して構えなおす。
そして、左手を握りしめながら繰り出した。
パスン、と頼りない音が壁に響いた。
分かっていたことではあるけれど、やっぱり僕は右利きだ。
右手で壁を殴ったほうが殴りやすさを感じた。
今更だが、パンチの仕方は適当である。
ボクシングどころか空手なんかもしたことが無い。
なので、ちゃんとしたフォームなんかは全く知らない。
が、そんなことはどうでもいいか。
今日ここに来た理由は、ただ一つ。
とにかくストレスを発散させたかったからだ。
足の位置を再び変えて、右手を握り締める。
さっきよりも少し力を入れて壁を殴る。
ぶ厚くした手袋の効果か、壁を殴る手は痛いというほどじゃない。
全く痛くないとか感覚がないわけではないけれど、硬いものを叩いているなという位の感触。
なので、パンチを繰り出すごとに力を入れていく。
さすがに右手だけで殴り続けるのもよくないかと思い、五回くらい右を使ったら反対の手も使い、その後また右に戻すといったことを繰り返す。
こうして僕はその日、ダンジョンの外が暗くなるまでの長い時間、壁を殴り続けていた。
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