プロローグ
ダンジョンで穴を掘る。
それが、僕の日課だった。
特別な理由はない。
強くなりたいわけでも、大金を稼ぎたいわけでもない。
ただ――楽しいからだ。
スコップを握り、無心で壁を削る。
何も考えず、ただ目の前の土と石を崩していく。
ザクッ。
ザクッ。
単純な作業の繰り返し。
だけど、それがいい。
現実の面倒なことも、頭の中のもやもやも、全部どこかへ消えていく。
だから僕は、今日もダンジョンに来ていた。
まだ人の少ない時間帯。
薄暗い洞窟の中で、いつもの場所に立つ。
入り口から少し進んだところ。
特に危険もない、安全なエリア。
そこにある壁を、ひたすら掘る。
「よし」
軽く息を吐いて、スコップを振る。
体の内側から外へ。
魔力を腕に通し、そのままスコップへと流し込む。
余計なところに漏らさないように意識する。
そうすることで、ただの道具だったスコップは、ダンジョンの壁すら削れる“道具”になる。
ザクッ。
固いはずの壁が、確かな手応えとともに崩れる。
いい感触だ。
もう一度。
ザクッ。
ザクッ。
一定のリズムで掘り進める。
掘る。
掘る。
ただ、それだけ。
気がつけば、僕が一人で掘り進んだ穴は、だいぶ奥まで伸びていた。
壁にぽっかりと開いた穴。
その奥に、さらに続く空間。
「……だいぶ掘ったな」
思わず小さくつぶやく。
ここまで来ると、もはや“穴”というより“通路”だ。
誰かに見せるわけでもないのに、妙な達成感がある。
もう少しだけ掘ろう。
そう思って、スコップを構えた。
――そのときだった。
ザクッ。
いつも通り壁に差し込んだはずのスコップ。
だが、その瞬間。
「……あれ?」
手応えが、消えた。
今まで確かにあった硬さが、突然なくなる。
スコップの先が、すっと奥へと入り込んでいく。
おかしい。
こんなことは、今まで一度もなかった。
目の前を見る。
そこにあったのは――
黒だった。
真っ黒な、“何か”だ。
土でもない。
岩でもない。
光を吸い込むような、異様な黒。
底があるのかどうかも分からない。
「……なんだ、これ?」
思わず凝視する。
一歩、近づく。
覗き込もうとした、その瞬間。
ズルッ。
「え――」
足元が崩れた。
支えていた地面が消える。
体が前へ傾く。
反射的に踏ん張ろうとするが、間に合わない。
視界が一気に黒に染まる。
そして――
落ちた。
「ちょっ――!?」
真っ暗だった。
何も見えない。
手を伸ばしても、どこにも触れない。
上も下も分からない。
ただ、落ちているという感覚だけがある。
おかしい。
壁に開いた穴だったはずなのに、体は明らかに真下へと落ちている。
理解が追いつかない。
どうなってるんだ、これ。
足をばたつかせる。
手を振る。
だが、何にも触れない。
止まらない。
落ちる。
落ち続ける。
時間の感覚が消えていく。
数秒なのか、もっと長いのかも分からない。
そして――
ドンッ!
「ぐっ……!」
強い衝撃が体に走った。
背中を打ちつけ、息が詰まる。
同時に、視界が開けた。
「……いってぇ……」
痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと体を起こす。
そして、顔を上げた瞬間。
思考が止まった。
「……は?」
目の前に広がっていたのは――草原だった。
ダンジョンじゃない?
岩の壁も、天井もない。
代わりにあるのは、どこまでも続く緑の大地。
膝丈ほどの草が風に揺れている。
ところどころに木が立っている。
そして、上には空。
青く、澄んだ空。
だけど――
「……太陽、ない?」
明るいのに、光源が見当たらない。
違和感しかない光景。
周囲を見渡す。
どこまでも続く地平線。
見覚えのあるものは、ひとつもない。
「ここ……どこだよ」
ダンジョンの外じゃない。
そんなはずがない。
さっきまで、僕はダンジョンの中にいたんだ。
穴を掘って。
そして、その穴に落ちて――ここに来た。
「……まさか」
ひとつの可能性が頭に浮かぶ。
「ダンジョンの……底? 奥か?」
正規のルートじゃない。
階段も使っていない。
ただ落ちただけで、ここにいる。
もしそうだとしたら。
「……やばいな、これ」
帰り道が、分からない。
上へ戻る方法がない。
入口も、出口も、どこにも見えない。
つまり――
遭難だ。
「……どうする」
その場で立ち尽くす。
焦りがじわじわと湧いてくる。
やばくね?
だってそうなら、僕はどうやって地上に戻ればいいのかが全然わからない。
なぜなら、上へと戻る階段が周囲を見渡してもどこにも見当たらないのだから。
こうして僕はダンジョンで穴に落ち、迷子になってしまうこととなった。
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