99.焦ったセラノの失敗
商人の一行は目立っていた。家具一式を積んだ荷馬車が並び、先頭に立つ男がゆったりと優雅に一礼した。身に付いた所作から、かなり大きな商会だろうと判断する。
「ご苦労である。ロイスナー公国へ移住を希望していると聞いたが?」
耳にした情報でアウグストが探りを入れる。何か別の意図があるのではないか? 直接聞かないが、商人もそのニュアンスは察したのだろう。薄ら笑いが消えた。
「パブロ商会長セラノと申します。ロイスナー公国に本店を構える許可を頂きたく……公王様にお取次ぎいただければ幸いです」
必死さが妙な気迫を生むセラノの様子に、アウグストは無言で顎を摩った。無精髭がちくちくと指先を刺激する。
斜め後ろに控えるヴィリは目を細めた。パブロ商会はかなり規模が大きな商会の一つだ。本店をカペル共和国に置き、周辺国ほぼすべてと取り引きがあるはず。新たな販路としてロイスナー公国に支店を作るなら、まだわかる。だが本店を移転する理由がわからなかった。
税優遇や商人保護の観点で、カペル共和国に勝る部分があるとは思えない。ならば、どこかで事件を起こして逃げてきた? ヴィリの懸念は大きくなり、受け入れ拒否に傾きつつあった。
「ラファエルを呼んできてくれ」
アウグストの要請に、数人の騎士が走る。人を見極める目は確かだが、それは身近な存在である騎士に対して発揮された能力だ。商人相手にも通用するかわからない。ヴィリが小声で進言するも、アウグストはにやりと笑って答えた。
「俺が判断するより、断然マシだと思うぞ」
「反論できませんね」
ヴィリはふっと肩の力を抜いた。何を意気込んでいたのか。別にラファエルの判断がすべてではない。その後、公王ヨーゼフを含めた何人もの大人が対応するのだ。経験を積ませるくらいのつもりで構わなかった。
「一つお伺いしたいのですが、なぜロイスナー公国を選んだのでしょう」
ヴィリが穏やかな口調でセラノに問う。騎士が商人に使うには、その言葉は丁寧過ぎた。警戒したセラノは、言葉を選びながら答える。
「アードラー王国は、内情が荒れています。ウテシュ王国も双子の王子様が問題を起こされたとか。なんでもゼークト王国の姫君と婚約なさる予定があるようで……そうなれば、安全なのはロイスナー公国のみと考えました」
消去法で、深い意味はない。そう示したつもりのセラノだったが、複数の失言が混じっていた。ヴィリは気づいたことを隠すように、笑顔で頷く。
「なるほど。ロイスナー公国は、鉱業が盛んですからね。商人の方々には魅力的かもしれません」
表情を変えないセラノだが、何も言わない。そのことも失言と同等の失敗だった。他国の情報に通じすぎているうえ、まだ公表されていない情報を掴んでいる。そのくせ「酪農が盛んなロイスナー公国」へ向かうのに、主要産業すら把握していない。
ちぐはぐな反応に、ヴィリは右手の指で耳を掴む。警戒を示す合図に、周囲の騎士がゆっくりと散開する。商隊を取り囲むように……水面下で警戒態勢が敷かれた。




