96.手を出さなければよかった
カペル共和国の商人セラノは、手にしたリストを持て余していた。商人にとって情報は、とても重要な商材だ。と同時に、生命線でもあった。複数の国をまたいで商売する以上、隣国の裏事情を知らないままでは危険だ。
貴族同士の騒動に巻き込まれないことも、優秀な商人の条件なのだから。気を付けて綱渡りを続けてきた。そんな中、特殊なルートで流れてきた情報を前に唸る。
商人としての勘が「危険だ」と告げるが、アードラー王国の王侯貴族の名が並んだだけのリストだ。何が危険なのか、自分でも判断に悩んだ。結果として手放す決断をする。念のために写しを取って、リストの本物をアードラー王国へ売った。
質のいい便箋には、アードラーの模様が押されている。薄い色でもスタンプがある以上、公式書類と同じ扱いだった。手放して安心したそのリストが、新たな騒動を伴って帰って来るとは知らずに。セラノは数日の不眠を解消するため、早めに就寝した。
数日後、アードラー王国から問い合わせが入る。リストを売った相手からだった。娼館を営む優秀な情報屋で、何度も取り引きをしている。いわゆる女装する男性だが、彼女と呼称すれば喜んだ。本人の説明では心が女性なのだとか。商人ならば、顧客の喜ぶ呼び方をするくらいお手のものだ。
「……リストの入手先?」
入手先を知りたいと言われて、眉根を寄せる。今まで、そんな要請はなかった。情報屋であるバルバラなら知っているはずだ。情報源を口にする危険性を……信用にかかわる。断れば済む話、と一蹴しようとして……セラノは気づいた。
「売却先は、どこだ?」
バルバラがリストを売った先、そこからの問い合わせならば……王城が絡む可能性もある。便箋のスタンプは確認したが本物だった。
「まずい! 逃げる準備だ」
アードラー王国から公式の問い合わせが入れば、セラノの身が危ない。カペル共和国は商人が集う集合体のような国だ。商会で働く者、商品を納入する者、行商で他国へ向かう者……そういった人々が身を守るために集まっている。危険だと判断されたら、すぐにセラノは引き渡されるだろう。
大急ぎで荷造りを指示し、セラノは逃亡先に悩んだ。アードラー王国は最初から排除、もしウテシュ王国へ逃げたら購入先がバレる。当然、ウテシュ王国で「消息不明」にされるはず。ゼークト王国? いっそ、ロイスナー公国はどうか。
新たに出来たばかりの国ならば、商人の受け入れも歓迎されそうだ。アードラー王国内を突っ切るほうが近いが、安全を考えてゼークト王国経由で行こう。商会の従業員を急かし、荷物を先に送り出した。本店移転の手続きをすれば、カペル共和国に勘繰られる。
屋敷や商会の建物の売買は後でいい。移転手続きも、公国へ着いてから申請すれば安全だ。セラノは大急ぎで商品を追って国を飛び出した。




