94.オネエさんから購入したいわくつき
バルバラは、伯父ジーモンに新しい情報を流した。入手先はカペル共和国から来た商人だ。アードラー王国の貴族や文官の名が並ぶリストは、何か所も横線の消し込みがあった。意味は不明で、何のリストか説明もない。だからこそ不気味だった。
「へぇ……なんか、いわくつきっぽいな」
「でしょう? 気味が悪いから買い取って頂戴」
「え? くれるんじゃ……いてっ! わかった、払う」
茶化したジーモンは、バルバラの馬鹿力で叩かれて降参した。やっと尻の痛みも消えて、最近は調子がいいのだ。こんなことでケガをして、また痛みを抱える気はない。何より、情報屋へは気前よく支払うのが流儀だった。
甥……自称姪を揶揄っただけなのだ。情報屋は売り先を選べるため、値切ったり不当な価格設定を続けたりすれば、すぐに販売先を変更する。忠告はなく、ある日突然背を向けた。その怖さは計り知れない。高い価格で買うから売ってもらえるのだから。
敵対する勢力へ情報を持ち込まれるかもしれない。よそへ持ち込まれた情報で窮地に陥る可能性もある。危険な道を渡って情報を得る彼らに支払う価格は、命の価格と同等だった。値切ったが最後、次はないのだ。
取り出した金貨を握らせ、リストについて調べてもらえないか頼んだ。少し考える仕草を見せたあと、バルバラは頷く。わかれば金になるし、わからなければそこで終わりだった。
「またね」
機嫌よく去っていくバルバラのヒールの音が、かつんと高く響いた。彼女お気に入りの靴音が遠ざかるのを見送り、手元に残されたリストをじっくりと眺めた。紙は通信用の便箋だろうか。質は悪くない。手触りを確認しながら、いつもの習慣で太陽に翳した。
透かす行為は、得る情報が多い。密度から紙質が把握できるうえ、何かしらの加工があれば見えることもあった。端に小さな模様が浮かぶ。これは……王城で使う文官の……いや、公式書類の紙かもしれないな。
国家には正式に旗や印章に使われる紋章と、簡易的に利用する模様がある。格の違いもあるが、利用できる人にも差があった。模様は文官や武官も利用が可能で、王城の物によく描かれる。押印しての利用も珍しくなく、納品された食料の受け取り書類でも見ることができた。
薄い色で模様がスタンプされた紙……王城から持ち出されたなら……誰が、いつ書いた? 眉を寄せて考えたジーモンは、すぐに紙を畳んで歩き出した。四つ折りの紙は誰か文官に見せればいい。謎解きは俺の仕事じゃないからな、そう考えた。
見せた途端に大臣達に呼びつけられ、入手経路を詰問される事態になるとは……思ってもいなかった。




