93.最後の仕掛けは作動した
ローマンは入手したリストを複製し、数か所へ送り届けた。これが最後の仕掛けだ。後は誰が死んでも構わないとさえ思っていた。もちろん、その中に自分も含まれる。
褒めてくれた伯父も亡くなり、この世界に未練はなかった。女神アルティナが戻したという『前回』も知らない。だが、予想外の動きをしたアードラー王国の様子から、ある程度は掴んでいた。戻された四年間に起きるはずだった事件の数々は、ローマンの自己肯定感を高めた。
そう、どこまでいっても自己満足に過ぎない。アードラー王国を崩壊させる引き金を引き、善良な一家を惨殺する愚か者を支援し、異世界から落ちてきた異物を金箔で飾って誤魔化す。すべて手のひらの上だった。一度は成功したと知り、満たされた気分になる。
「もう、いつ死んでもよい」
呟いたローマンは、テーブルの上の酒瓶を空けた。飲む量より浴びるほうが多い。半分ほどを服やベッドのシーツに吸わせ、ごろりと転がった。充満する葡萄酒の香りに目を閉じる。
バタン! ノックすらなく扉が開く。駆け込む複数の足音に目を細め、ゆっくりと身を起こした。ウテシュ王国の騎士団だ。国王直属の部隊がローマンを取り囲んだ。手を剣の柄に乗せるも、まだ引き抜かない。
甘いことだ。他人事のようにローマンは笑った。口角を引き上げた歪な笑みは狂人のようで、騎士達に動揺が走る。王弟として「殿下」と呼称される地位に就く者が、昼間から酒に溺れる姿も異常に映った。恐ろしさに似た不快な感覚が、足元から這い上がる。
「ローマン王弟殿下、あなた様に反逆罪の嫌疑がかかっております」
団長が意を決して語り掛けると、ローマンはきょとんとした顔になった。何を言われたか理解していない子供のように、目を丸くする。その表情の変化に、団長が言葉を重ねようとしたが……。
「あっ、あはははは! 今頃か! 兄上、も……愚か、なことだ」
大笑いし、腹を抱えて転がる。ベッドに再び沈んだローマンはげらげらと笑いながら、苦しそうに言葉を紡いだ。最後は咳き込むまで笑い、ふっと真顔になる。その静寂がしんしんと、痛みをもたらすほど鋭く騎士達へ迫った。
誰かがごくりと喉を鳴らす。その音すら大きく聞こえる。自分の心臓の音さえ恐ろしく感じるほどだった。団長が静かに「拘束させていただく」と宣言する。部下達が動き、ローマンはあっという間に縛り上げられた。
「先ほどのお言葉は、自白と捉えてよろしいのか?」
「好きにすればいいさ。もう私は何も望まない」
騎士団長の問いに首を横に振ったローマンは、ゆっくりと息を吐いて目を伏せた。仕掛けはもう動いたのだ。黒幕の存在が不要になる……大きな仕掛けが。




