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わたくしは何も存じません  作者: 綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢をよろしく


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92/106

92.ボルマン子爵のリスト

 命を奪う側に、その痛みすら意識させない。処刑方法として間違っていると言い切ったアウグストは、腕を組んだ。その姿勢が「話はここまでだ」と切ったように感じられる。頬の涙に気づいたのは、部屋を出てすぐだった。


 アードルフは静かに頬を拭い、濡れた面を隠すようにハンカチを畳む。胸ポケットに戻しながら、大きく息を吐いた。気持ちを切り替えたつもりで振り返り……どきっとして動きを止める。


「旦那、さま……」


「アードルフ、少しいいか?」


 執務室まで静かに移動し、机ではなく応接用のソファーに座ったヨーゼフは、向かいに座るよう家令を促した。一度は着座を辞退したアードルフだが、二度目は跳ねのけられない。浅く腰かけて背筋を伸ばす。


 叱咤だろうか。勝手に探るような真似をした罰ならば、甘んじて受けよう。覚悟したアードルフに、ヨーゼフは思わぬ話を始めた。


「これを見てくれないか」


 ポケットから取り出したのか、一個の小さな塊がテーブルに置かれる。すっと指で押す仕草に一礼し、アードルフは塊を手に取った。何度も畳まれた紙のようだ。破かないよう注意しながら開き、広げて目を通す。


「これは……」


「誰かが記したリストだ。名前が並んでいるが、王侯貴族ばかりだ。一部に王城の使用人も記されていた」


 ヨーゼフはそこまで語り、眉根を寄せる。半分ほどの名前に横線が引かれ、騎士団長だったアウグストの名も並ぶ。不規則に空欄も残され、その部分が妙に気になる。誰かの名を記すつもりだったとも、役職などで分けた際の目印とも受け取れた。


「一番下にボルマン子爵の名がある。彼は殺された。だが横線で消されていない」


 アードルフは主人の言葉に頷いた。死んだ人のリストではないだろう。まだ生きている人にも横線が入っている。ならば何のリストだ? 誰が何の目的で? 疑問が膨らみ、ふっとアードルフは肩の力を抜いた。


「旦那様、アウグスト様にお見せしてはいかがでしょうか」


「そうだな。そうしよう」


 呼んできますと立ち上がり、アードルフは食堂へ戻る。少し気まずいような感覚を持ちながら、ノックした。応えがなく、もう一度ノックしてから様子を窺う。どうやらいないらしい。そう判断して少しだけ扉を開いた。


 誰もいない部屋にほっとしてしまう。先ほど涙を見られたからではなく、嫌な話をさせたからでもない。淡々と語ったアウグストが少し……怖かった。あのまま壊れそうで、いつもは明るい人が深淵を覗いたように黒く染まっていた。


「女神様、どうぞ哀れな我らにお慈悲を」


 咄嗟に出た祈りに手を組み、アウグストを探すために食堂を出た。その後ろ姿を、執事ブルーノが静かに見送る。女神への信仰が高まる一方、陰で何かが動き出そうとしていた。

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― 新着の感想 ―
破かれた、あのリスト…。裏切った者と思われる相手を書き出したリスト…。何故ここに!? 後、前回を覚えている人で、精神崩壊する人が出てきそうで、不安です!
誰がどこからここまで持ってきた? 新たなる謎が……
 え? 持ち去られた筈のリストをなぜ持ってるんですか?
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