91.あの日の痛みは色褪せない
聞こえた言葉に、ぱちくりと瞬く。アウグストは視線を逸らさず、家令アードルフを見つめた。
「すまん、いま……処刑の話と言ったか?」
「はい、お伺いしたいと申しました」
興味本位で尋ねているのではないとわかるが、アードルフの意図が掴めずに質問が口をついた。アウグストの戸惑う様子に、言葉が足りていないと気づいたアードルフが説明を足す。
記憶の有無を調べていて、光の目撃が多いことに気づいたこと。その光が女神様の選別だったのなら、なぜガブリエルだけが記憶を持たないのか、不思議に思ったこと。その時点で亡くなっていた公爵夫妻やラファエルが記憶を持つことに疑問を覚えたこと。
「ああ、なるほど。わかった」
アウグストは納得して頷いた。それなら疑問に思うのがわかる。詳しい理屈はわからないが、自分も光を浴びていたからだ。アウグストはあの光の中に女神様がいたと考えた。死んでいる兄や義姉が光を浴びて記憶を保持したなら、最後に処刑されたガブリエルが覚えていないのはおかしい。
嫌な記憶だが、あの時のことを詳細に思い浮かべた。
「あのとき、兄上は目を見開いて亡くなった。まるで恨みを訴えるように……」
かっと開いた目は、冤罪の理不尽さに抗議する意図もあったのだろう。妻子を残して先に死ぬことへの怒りもあったように思う。そう話すアウグストの声は、淡々としていた。
「義姉上は軽く目を伏せた感じで……悲しそうな表情だったな」
最後に甥のラファエルだ。両親が殺されて涙するも、悲鳴や嘆願の声はなかった。弟を助けるよう叫んだのは、ガブリエルだ。まだ幼い、と必死で訴えていた。それを転がされた足元で聞くアウグストの気持ちは、張り裂けんばかりだった。
武勇を誇る騎士団長が、手足を奪われ転がるだけ。冤罪で処刑される家族を、ただ見ているしかない。噛み締めた奥歯が砕け、突き刺さって血を流す。それでも足りなかった。先に俺を殺せと叫んだ気もする。そう付け加えて、アウグストは深呼吸した。
「あの子は、最期の瞬間に振り返ろうとした」
残された姉を心配するように、ラファエルは固定される直前に振り返ろうと動いた。けれど押さえ込まれ、無理やり固定され……刃が落ちた。
「あの処刑道具は……ひどいな。人の首を、まるで果物でも割るように斬る。数をこなすための道具だ。人の命を奪う痛みすら感じない刃など、存在してはならないのに」
元聖女リリーが持ち込んだ、別世界の知識。ただ唯一の救いがあるとすれば……失敗して苦しませる可能性が少ないこと。真新しい刃は禍々しく光ったが、お陰で痛みは減らせただろう。そう締め括ったアウグストは、最後に命を奪われたガブリエルについて語らなかった。
他の騎士の記憶も尋ねたらいいと付け加え、それ以上の証言を拒むように目を閉じる。両腕を組んでゆっくりと息を吐いた。アードルフは頬を濡らす涙をそのままに、静かに頭を下げ礼を告げた。




