89.『前回』を知る者の条件は
家令アードルフは、使用人達から聞き取りを行った。『前回』を覚えている者、まったく記憶していない者、人伝に聞いた者。何を覚えているか、誰から聞いたか。そういった情報を集めて、分類していく。
「……あのときの?」
自分自身は『前回』の記憶はあるが、王都の手前までだ。王都の使用人の中には、なんとか救い出そうと駆けつけた者もいた。手が出せずに目の前で失ったと涙を零していた。覚えていない者はほとんどが領地の使用人だ。
思い出したタイミングは全員同じで、あの日の神殿の鐘の音だった。いつもと同じ音で、一瞬にして『前回』の記憶が蘇る。あの瞬間の後悔や悲しみは深く、思い出すだけで苦しくなった。アードルフは書き出したリストの箇条書きをじっと見つめる。
一枚目には記憶のある者、二枚目は覚えていない者、三枚目に人伝に話を聞いた者の名を並べた。さらに追加で、記憶の内容などを足している。覚えていない者に関しては、追加情報がないので机の上で遠ざけた。家令や執事が様々な執務を行う部屋は、今はアードルフ一人しかいない。
「眩しい、光……?」
『前回』を覚えている者が口にした内容に、眩しい光を浴びた。その光の中から女神様の声がした。と記している。つらい記憶を辿ったアードルフは、その光に心当たりがあった。王都の手前、必死で向かう彼の上に注いだ眩しい光から、主である公爵一家の死を知る。
もしかしたら……この光が記憶の有無を左右している? まるで啓示のように閃いた。距離や親しさに関係なく、この光を浴びたかどうかが基準なのでは? そこでまた壁に当たる。
公王となったヨーゼフの話を思い出したのだ。殺された順番はヨーゼフ、ミヒャエラ、ラファエル、ガブリエルだったと聞く。ならば一番最後に亡くなったガブリエルは、光を浴びたはず。条件が違うのだろうか。
亡くなった状況をご一家に聞くのは気が引ける。ガブリエルとラファエルは昨夜、悪夢に魘されたらしい。気づいたミヒャエラが使用人達に指示し、自然に目が覚めるまで起こさなかった。アードルフもこの話は耳にしていた。
他に、殺されたご一家の状況を知っている者……処刑場へ向かい止めようとした使用人か。料理長だった男を思い浮かべたところで、アードルフはもう一人、まだ話を聞いていない人物を思い出した。
「アウグスト、さま……」
分家のバーレ伯爵家を継いだ弟アウグストは、現場にいたが処刑されていなかったと。残酷な状況を聞いてもいいものか……年老いた家令は悩む。『前回』を思い出させることが正しいのか迷った。
突然『前回』と『今回』に境目が出来た。その原因や理由を知らなければ……また同じ事態が起きるかもしれない。興味本位ならやめるが、知っているべきなのではないか。アードルフは覚悟を決めて顔を上げた。




