87.伯父から引き継いだ仕掛け
すべては机上の空論、そう言い切った父が許せなかった。汚い謀略と眉を寄せた母を恨んだ。王侯貴族は策略の上で生きている。兄より優秀だと自惚れる気はなかった。ただ、自分の才能を認めてほしい。
はっと体が揺れて、ローマンは転寝していたことに気づく。大きく吸い込んだ息を、ゆっくりと吐き出した。心臓がどきどきと煩い。父母が夢に出るのは悪夢だ。兄ばかり認め、弟である私を認めなかった。その歪みは今も心を蝕み続けている。
だから、なのか。ローマンは存在意義を確かめるように謀略に溺れた。母が嫌悪した能力で、父が貶した結果を手に入れる。その先など望まない。兄の治世を崩壊させて、自分の能力が勝っていると証明したかった。ローマンに王位を継ぐ気はないのだから。
認めてほしい、褒めてほしい、ローマンの欲求は膨らんだ。
コンツ王国の利用方法を授けたのは、ローマンの伯父だった。ウテシュ王国の第一王子だった伯父は、実母の低い身分ゆえ異母弟に王位を奪われた。裏であれこれと謀略を企てては、小さな波紋を世界に刻む。それが先代王兄の唯一の楽しみで……そんな在り様にローマンは惹かれた。
まるで世界に反逆するように美しい。気高く思えたのだ。
「お前は賢い。だから知恵を授けてやろう。それがお前の未来を切り拓く」
先代王兄はそう口にして、現王弟ローマンへ謀略の仕組みと使い方を仕込んだ。その能力を王となる実兄のために生かすつもりだったのに、ローマンは否定される。その姿に、王兄は満足げに笑って死んだ。役目は終えたと言い残して。
父母に拒まれた日、ローマンは唯一の理解者である師匠も失ったのだ。
「世界は私の復讐を受け入れるべきだ」
女神が作った世界が平和で穏やかなら、そこに波紋を立てるのは私だ。ローマンは異教徒を支援し、伯父が残した謀略で世界を弄ぶ。兄が紡ぐ治世の裏で、ウテシュ王国から種を蒔いた。異教徒を増やす手伝いをし、コンツ王国を焚きつけてアードラー王国の一端を崩す。
簡単なことだ。支援するローマンの言葉を、異教徒は都合よく解釈した。女神信仰の中心であるアードラー王国を崩せ。神はその奇跡で降臨する、と。
大司教セブリアンはその頃、一司祭だった。まだ若く、幼いと言っても過言ではない。シーゲル伯爵領の神殿に勤務し、内側から敵を招いた。女神の象徴である月が陰る日を選び、通用門の閂を抜くだけでいい。内側に入り込まれれば、どれほど堅固な要塞も崩れ去るだけ。
滅びた領地に恨みなどない。ローマンはただ……伯父の残した仕掛けを発動させ、己の立てた理論が正しいことを証明したに過ぎなかった。それが己の命を奪う可能性を秘めていても、ウテシュ王国を滅ぼす危険を孕んでいても。関係ないのだ、もう褒めてくれる人はいないのだから。




