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わたくしは何も存じません  作者: 綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢をよろしく


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85.すべては女神様のご意思です

 枢機卿シュテファンは、女神アルティナの像に祈りを捧げる。何も求めず、ただただ信仰を祈りに代えて美しい姿を見上げた。


 あの日、神殿の中で女神様の声を聞いた。悲鳴のように悲しみと痛みを抱えた声が、罪人を断じるのを伏して耳にする。国王グスタフ陛下が亡くなり、王太子だったニクラウス殿下が暴挙に出た。神殿の一部の勢力が勝手に認めた『聖女』と呼ばれる女性とともに。


 大司教セブリアンは、あの頃は枢機卿の一人に名を連ねていた。誰か賄賂を受け取った者がいたのだろう。あっという間に上層部へ食い込み、シュテファンの周囲にいた善良な信者を駆逐した。まるで流行り病のようだ。逃げる間もなく、感染し排除される。


「カロッサの家名を捨てた私ですが……女神アルティナ様へ捧げる信仰と、主君ヴェルナー様への忠誠は一片の曇りもありません」


 祈りの先にある女神像が、僅かに陰った。外から入る陽光が雲に遮られたのだろう。このタイミングで? それこそが女神様のご意思だ。四年を巻き戻されたことは、一つの啓示だった。シュテファンはそう考えている。女神様は聖女の誕生を望んでいない――と。


 女神様の代理人を(かた)り、愛し子であるロイスナー公爵令嬢を殺した。あれこそが女神様への最大の侮辱であると認識している。あの悲劇を避けるため、ロイスナー公爵は国を離脱した。公国として独立し、干渉を退ける手段を選ぶ。


 ならば、神殿が選ぶ道は一つだけ。女神アルティナ様の愛し子の未来を守り、自称聖女の異物を処分する。大司教セブリアンを呼び出し、ひそかに処理する手配もしていた。老シーゲル伯爵の手を汚すまでもない。これが神殿とシュテファンの決断だった。


「枢機卿、お申しつけの通りに……」


「ご苦労でした。すべては女神アルティナ様のご意思です」


 報告に訪れた司祭に微笑んで頷く。シュテファン以外の枢機卿も、今回の処置には納得していた。


「アルティナ様に光を」


 互いに祈りの言葉を交わし、何もなかったように離れた。彼は他の枢機卿にも伝えに行くのだろう。 シュテファンが知っているのは、あのリリーと名乗る異物が適切に処理されたことだけだ。詳細は必要なかった。ただ、処分があったことを知ればいい。


「女神アルティナ様、我らをお守りください」


 シーゲル伯爵領の悲劇まで時を戻してくださったら……そう望むことが不遜と知りながら、シュテファンは声にならない願いを呑み込んだ。過去はもう戻らないと諦めて生きてきた気持ちは、どうして愛し子だけ……と叫ぶ。この感情を沈めることも、神職としての務めと思いながら。


 やはり願ってしまうのだ。救われた者と救われない者の違いを知りたい、と。

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