表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたくしは何も存じません  作者: 綾雅「可愛い継子」ほか、11月は2冊!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/52

08.動き出した歯車は赤く軋む

 騎士団長バーレ伯爵は、鍛錬中だった。昼の鐘が鳴ると同時に、頭痛に見舞われる。刃を潰した訓練用の剣を杖代わりに、ずるずると体勢を崩した。だが膝をつく直前で持ち堪える。


「……なんだ? この記憶は……」


 広場で兄が殺された。義姉や甥、最後に姪も。全員の首が、見たこともない器具で落とされた。地位を追われ、兄への進言も届かない。身に覚えのない横領の罪を着せられ、次は俺の番だったはず。


 叫ぼうとした喉は潰され、ひゅーひゅーと掠れた音を絞り出すのがやっとだ。両肩は骨が砕かれ、脹脛(ふくらはぎ)を切られた。満身創痍の身に、落雷の光が届く。眩しく輝かしい……そこで記憶は途絶えた。いや、誰かの声を聞いた気がする。


 奇跡は一度だけ、と。


 白黒だったバーレ伯爵の記憶が、徐々に色を取り戻した。鮮血の赤、嘲笑う王太子の緑の瞳、不吉な聖女の黒い微笑み……。思い出した記憶が鮮明になるにつれ、怒りで視界が赤く染まっていく。


 ぐっと膝に力を入れれば、足は応える。立ち上がって、手足を確認した。肩は無事で、騎士団が鍛錬をする広場に立っている。己の状態を確認するため、バーレ伯爵は短く声を発した。


「あ、ああ」


 喉も無事だ。


「っ、騎士団長!」


 涙ぐんだ副官の焦げ茶の髪に、ぽんと手を置いた。あれらは夢ではない。だが、ここも現実だ。混乱したバーレ伯爵に、部下の騎士達が駆け寄った。口々に無事を喜び、女神のやり直しの話をする。拾った情報で、バーレ伯爵は事情を理解した。


 女神アルティナ様の恩寵か。膝をついて祈りを捧げるバーレ伯爵の姿に、騎士達は剣を置いて同様に祈りの手を組んだ。やり直せることへの感謝、止められなかった不甲斐なさを詫び、二度と同じ失態をしないと誓う。


「王太子ニクラウスを捕まえろ。『前回』であろうと罪は罪だ!」


「「女神様のご加護を」」


 主君に勝利を、と叫ぶ声が違う言葉を叫ぶ。不敬ではない。王太子より女神を選んだのだ。走る騎士の先頭で、バーレ伯爵は王城内へ踏み込んだ。許可を取る必要はない、誰かに詫びる理由がない。女神への反逆者を捕らえることは、女神への信仰の証でもあった。


 侍従や侍女は道を空け、誰もが涙ぐんだ目元を隠そうとしない。無言で指さす先が、王太子のいる場所だろう。疑うことなく、騎士団は王城を走った。居住区域は奥にある、その一角を目指して進むのみ。途中で合流した近衛騎士が、襟章を引き千切った。


 投げ捨てられた勲章や襟章の転がる廊下の先、ニクラウスは重い剣を引きずって進む。その頃……聖女リリーも動いていた。


「なんてこと! 私が()()()なのに!! こんなの、あり得ないわ。とにかく持てるだけ持って逃げないと……」


 記憶が戻った途端、滞在する部屋から侍女を締め出した。王太子から贈られた宝飾品をかき集める。衣裳部屋の扉を開け、小物を袋に放り込んだ。種類も材質も関係なく、とにかく詰める。ドレスはさすがに持っていけない。縫い付けられた宝石だけでも……。


 よく似合うとニクラウスが褒めたドレスの胸元に、ブローチのような宝石が輝いていた。鮮やかな赤い石は、ルビーだろう。あれだけの大きさなら、逃げた先で贅沢ができる。引っ張るが取れなかった。服を破れば、取れるかもしれない。見回すも、衣装室にハサミや刃物があるはずもなく。


 迷って一旦部屋に戻った。扉が壊れそうな音で開く。施錠した扉を蹴り破ったニクラウスが、血走った目でにたりと笑った。その腕が引きずる剣に気づき、リリーは青ざめる。あのルビーを諦めればよかった。さっさと逃げるべきだったのよ。じりじりと後ろへ下がるリリーは、衣装室の扉を閉める。


 直後、激痛に泣き叫んだ。


「いやぁああああ。いたっ、なんでっ! 痛いぃ」


 鍵のない扉を突き破るのは、刃を潰した剣だ。鋭さの欠片がなくとも、人体を貫く程度には硬かった。腹に剣先を埋めたリリーは、泣きながら床に崩れ落ちる。その惨劇は、まだ序盤だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
時系列的には、公爵家の話から4年前に戻ってる様だが、王が実質幽閉されてから2年後に事件の様だし、異世界から怪しげな女が来て、王太子に取り入り約2年後に、王幽閉計画発動(その頃には自称聖女へ)。徐々に邪…
簡単には殺してはいけない悪魔には死の救済なんて簡単にやるな
簡単には死なせないでほしいですね。 自分の罪を骨の髄まで自覚して殺してくれと懇願するほど後悔してから地獄に落ちる、とかだったらいいな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ