75.貸し借りの清算と愚行の対価
何が悪いの? どうして私を叱るの! カタリーナの感情は高ぶっていた。冷静に考えることなどできない。八つ当たりされるクッションが歪み、綿が飛び出しても離さなかった。何度も叩きつけ、中身がすべて飛び出してようやく止まる。
「なんなのよ! もう!!」
結婚が嫌なことの、何がいけないの。シェンデル公爵夫妻を頼ろうとしたら、国外にいるらしい。いつも姪に甘い二人のこと、きっと匿ってくれる。行き先を確認したら、ロイスナー公爵領だとわかった。国を興したばかりだから、ロイスナー公国ね。
侍女に命じて馬車を用意させ、すぐに飛び乗った。荷物は最小限、シェンデル公爵領へ向かうと書き残している。もちろん、方角は少し違う。
ロイスナー公国へ向かうカタリーナは意識していなかった。豪華な馬車が護衛もなく街道を走る、その意味を。近隣の領主家が慌てて護衛を手配し、こっそり守っていたことも。その陰からの護衛は、己の領地で王族が害されることで余計な嫌疑をかけられたくないからだ。
各地で迷惑をかけながら、国境を越えた。途中の領主達はほっと胸を撫で下ろす。中には、王宮へ何があったのか問いただした者もいた。そのため、ゼークト王国はカタリーナ王女捕獲の騎士団を送り出したばかり。
報告した領主達の領地を辿れば、おのずと行き先は判明する。アードラー王国から独立したばかりの、ロイスナー公国だ。向こうもさぞ迷惑しているだろう。国王は額を押さえ、淡々と「娘を連れ帰ること。ロイスナー公王には書簡を渡してくれ」と伝えた。
書簡には、独立の支援で作った貸しを帳消しにする旨が記載されている。はねっ返り王女の暴走で、ロイスナー公国は面倒を抱え込んだが……作った借りを返すことができた。
カタリーナ王女に関する書簡を手に出発したケヴィンの部下数人は、国境を越えてすぐの町で追っ手と合流する。情報交換を終えた時点で夜が更けていたため、翌早朝の出発として休んだ。
客間のカタリーナはそんな事情を知る由もなく、運ばれた食事を平らげて眠りに就く。一見無謀なだけの王女の家出だが、思わぬ波紋を広げる。顔を合わせる前に逃げられた婚約者に、事情が知られたのだ。国同士の政略結婚、愛を育む幸せな未来を夢見てはいないが、さすがに失礼すぎた。
「花嫁に逃げられるより、マシだったんじゃないかな」
「それより失礼では? 顔も見ていないのに、不要扱いされたんですよ?」
双子の兄弟は軽口を叩きながら、目を細める。互いの口元に笑みは浮かんでいるものの、その瞳は笑っていなかった。




